9日目①陽動
朝日は決行の合図のように、町の東の空を静かに白ませていった。博はバックパックに最小限の道具を詰め、耳には無線機からのイヤホンを装着した。サラは通りの見える窓辺に陣取り、片手に無線機のマイクを、もう片方の手にはラジコンの送信機を握りしめている。
作戦が始まった。
「サラ、聞こえるか」
『聞こえる。いつでもいいよ』イヤホンから、少し緊張したサラの声が響く。
博は家の裏口から、音を立てずに外へ出た。ギフトショップの方角へ向かって、建物の影を縫うように進む。数分後、目的の通りが見える角まで辿り着いた。そこには、案の定、おびただしい数の死者が、そしてその中心には、ひときわ巨大な黒い影――感染した熊が、緩慢に徘徊していた。
「位置についた。頼む」
『わかった。……行くよ!』
博の合図と共に、サラが角の向こうから、通りの反対側へ向かってラジコンカーを走らせた。ノイズを撒き散らす小さな機械は、挑発するかのように、死者たちの群れの前を横切っていく。
最初は、どの死者も反応を示さなかった。彼らの鈍い知覚は、その小さな侵入者を認識できないかのようだった。博の心臓が、焦りと不安で締め付けられる。
だが、ラジコンカーが熊の近くを通り過ぎた瞬間、変化が起きた。獣の本能が、動くもの、音を発するものに反応したのだろうか。熊は、その巨大な頭をゆっくりとラジコンカーに向けた。それから、その動きに釣られるように、周囲の死者たちも、一体、また一体と、ノイズの発生源へと向きを変え始めた。
『ヒロシ、効いてる! みんな、ラジコンの方へ行ってる!』サラの興奮した声が、イヤホンを震わせた。
「よし!」
博は、死者たちの注意が完全に逸れたのを確認すると、壁際を疾風のように駆け抜けた。心臓が破れそうなほど激しく脈打つ。
『そのまま、まっすぐ! 次の角、右! その先に、二体いる!』
サラの的確なナビゲートが、彼の進むべき道を照らし出す。彼女の目は、文字通り、彼の命綱となっていた。死角から現れる死者を間一髪で避け、時には息を殺して物陰に数秒間身を潜める。数分間の、しかし永遠のように感じられる緊張の末、彼はついに錆びついた「JOE'S AUTO REPAIR」の看板が掲げられた、目的の整備工場に辿り着いた。シャッターは半分だけ開いており、彼はその隙間から、音を立てずに中へ滑り込んだ。
埃と鉄と、長年染みついた油の匂いが、暗い工場の空気を満たしていた。入ってすぐに修理中らしいトラックが見えた。部屋の奥にはエンジンがチェーンブロックで高く吊り上げられたまま放置されている。作業員は出社前だったのだろうか、死者の姿は見受けられない。
壁際の棚に、彼は探し求めていたものを見つけた。ボール紙の箱に無造作に突っ込まれた、数種類の溶接棒。彼はそれを、歓喜と共にバックパックへと詰め込んだ。
任務は、完了した。後は、無事に帰るだけだ。彼が安堵の息をつき、無線機に「成功した。これから戻る」と伝えようとした、その時だった。
『ヒロシ、だめ! 動かないで!』
イヤホンから、サラの切羽詰まった、ほとんど悲鳴に近い声が響いた。
『熊が……! 熊が、そっちに行く!』
ラジコンのノイズに飽きたのか、あるいは彼の侵入を嗅ぎつけたのか。あの黒い死の塊が、今、この整備工場へ向かって、まっすぐに近づいてきているという。博は息を飲んだ。シャッターの隙間から差し込む光が、檻の格子のように感じられる。
彼は完全に閉じ込められてしまった。




