↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/79

7日目②信号音

 ソーラーパネルを屋根から取り外す作業は、博が想像していたよりも遥かに簡単だった。感電しないようにパネルを遮光して、固定ボルトをいくつかレンチで外し、コネクターを外すだけ。日中のうちに、彼は数枚の大きなパネルをスミス家のガレージまで運び込むことに成功していた。問題は、その先だった。どうやって、これを車の屋根に固定するか。ロープで縛り付けるだけでは、走行中の振動や風圧による揚力ですぐにずれてしまうだろう。もっと確実で、恒久的な固定方法が必要だった。



 夜になり、博はサラの家のリビングで、その一点について頭を悩ませていた。思考が行き詰まった時、彼は気分転換に家の中を探索し始めた。サラの父親は電気技師だったらしい。彼の作業部屋には、博にも見慣れた工具やポータブル電源、コンバーターやインバーターなどの電力変換装置が整頓されて並べてあった。しかし、それらはインフラが崩壊しつつある今、ほとんど役に立たない代物だった。



「とは言え、EV用の充電器を丸ごと取り外してくる手間は省けた」


 これで必要なのはソーラーパネルを固定する方法と、自動車のバッテリーに充電を行うための通信モジュール回路の部分だけになった。



 博は作業部屋でコンバーターを吟味した。この昇圧装置は、低電圧であるソーラーパネルと、高電圧の電気自動車のバッテリーとを電気的に接続するのに使えそうだった。万が一コンバーターでうまくいかなくても、ポータブル電源を経由して充電すればいい。電力変換効率は落ちるが、博の知る限り、それも理論的に可能なソーラーパネルとバッテリーとを接続する手段の一つだった。



 そして、二階の奥の部屋で、サラの祖父の趣味だったであろう一角を見つけた。壁には鹿の首の剥製がかけられ、隅には空になったガンロッカーが置かれている。サラの言った通り、祖父は銃を持って外へ出たのだろう。その隣の机の上に、博は数種類の古い無線機――車載式のものやハンディタイプのもの――が置かれているのを見つけた。



 狩猟仲間との連絡用に使われていたものだろうか。博はふとサラから聞いた「爆発音」のことを思い出した。彼は無線機の電源を入れ、ダイヤルを回して周波数を探り始めた。ほとんどの帯域は、死んだ世界を象徴するような、意味のないノイズで満たされている。しかし、サラが指し示した森の方角へアンテナを向け、ダイヤルをゆっくりと回していくと、ある一点でノイズの質が僅かに変わった。



「……ツー……ツー……ツー……」



 それは微弱だが、明らかに人工的な、周期的な信号音だった。航空機の救命無線機か、あるいは何らかの救難信号か。博の心臓が、微かな期待に高鳴った。



 彼は窓からその方角を見つめた。町の外れ、深い森が始まる手前の一帯だ。夜間に外出するのは狂気の沙汰だ。それでも、この信号が、この膠着した状況を打破する鍵になるかもしれないという予感が、彼を突き動かした。



 サラに「すぐに戻る」とだけ言い残し、彼は闇に紛れて家を出た。死者たちの間を縫うようにして進む足取りは、この数日間で嫌というほど身についていた。信号の発信源に近づくにつれて、焦げ臭い匂いが鼻をつくようになる。



 そして、彼はそれを見つけた。森の境界線、木々が薙ぎ払われたように開けた場所に、黒い残骸が横たわっていた。軍用のヘリコプターだった。機体はひしゃげ、激しい炎に焼かれて骨組みを晒している。サラが聞いた爆発音の正体は、これだったのだ。墜落の衝撃と火災が、周囲にいたであろう死者たちを一掃したのか、残骸の周りは不気味なほど静まり返っていた。



 博は残骸に恐る恐る近づいた。生存者や死者の気配はない。しかし、彼の目は、別のものに釘付けになっていた。剥き出しになった機体のフレーム。バッテリーから伸びる、焼け焦げた太い銅線。それから頑丈な金属製の固定具の数々。



 閃きが、脳を貫いた。これだ。この金属片を加工すれば、ソーラーパネルを車のフレームに直接固定できる。加えてこのヘリのバッテリーとケーブルを使えば、簡易的なアーク溶接機を作り出せるかもしれない。工学部の教科書で読んだ知識が、現実のサバイバル技術として彼の頭の中で結実した。



 博は使えそうな金属部品を、持ち運べるだけ拾い集めた。ずしりと重い金属の感触が、彼の手に確かな希望の重みとして伝わってくる。彼は再び闇の中を慎重に引き返し始めた。その背後で、墜落したヘリの残骸は、まるで太古の獣の骸のように、静かに夜空の下で沈黙していた。計画の最後のピースは、文明の死骸の中から見つかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。