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ミスカトニック大学留学記  作者: 里見さと子


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5日目②逃走、そして……

 裏口のドアを静かに閉め、博は背後で繰り広げられる死闘の音から逃れるように、住宅街の影の中へと身を滑らせた。心臓が肋骨を激しく打ち、肺が灼けるように痛む。数ブロックを、息を殺して駆け抜け、手当たり次第に民家のドアノブに手をかけた。三軒目。古びた木製のドアが、軋みもせずに内側へ開いた。彼は転がり込むように中へ入り、背後で静かにドアを閉めた。



 そこはどこか、生活の匂いが残る家だった。博は音を立てないように二階へ上がり、通りに面した寝室の窓から、カーテンの隙間を通して、遠ざかってきたギフトショップの方角をうかがった。



 熊の咆哮とそれに混じる不気味な呻き声は、まだ微かに聞こえてくる。最初は、熊の圧倒的な力が優勢に見えた。なぎ倒され、引き裂かれる死者の体。しかし、その暴力に対して、死者の群れは数を減らすことなく、まるで無限に湧き出てくるかのように熊の巨体に取り付いていく。一体が倒されても、二体がその隙間を埋める。痛みも恐怖も感じない敵の、無尽蔵の物量戦。やがて、あれほど猛々しかった熊の動きが、徐々に鈍くなっていくのが遠目にも分かった。そして、ついにその巨体は、おびただしい数の死者の下に沈み、動かなくなった。



 博は息を詰めて、その光景を見守った。これで終わった、と思った。だが、数分後、死者の山の中から、あの黒い塊が、生物には不可能な角度に関節を曲げながら、ゆっくりと起き上がった。その動きは、もはや森の王者としての力強さも、生命のしなやかさも失っていた。ただ、他の死者たちと同じ、ぎこちなく、目的のない徘徊を始めるだけだった。



 動物も、感染する。



 その事実は人類以外の生物圏もまた、この災厄と無縁ではないという、絶望的な世界の法則を彼に突きつけた。彼はノートパソコンを取り出し、この衝撃的な観測結果を、震える指で、しかし冷静に打ち込んだ。『警告。動物も感染源になりうる。大型の捕食動物が感染した場合、その脅威は計り知れない』



 投稿した後、彼はしばらくの間、数少なくなった他の生存者たちと、途切れ途切れの近況報告を交わした。ロッキー山脈の山小屋にいるという男。ミシシッピ川のボートの上で暮らす家族。彼らの存在だけが、この孤独な戦いの中で、彼がまだ人間であることの証だった。



 その時だった。



 静寂を切り裂き、階下からけたたましい電話のベルの音が鳴り響いた。博の心臓が、凍りついた。音。この死の世界で、最も忌むべきもの。彼は階段を駆け下り、リビングの隅で鳴り続ける黒い固定電話へと飛びついた。外の死者たちに気づかれる前に、音を止めなければ。彼は乱暴に受話器をひったくった。



「……!」



 声を出さず、ただ息を殺す。受話器を耳に当てると、ザーというノイズの向こう側から、まだあどけなさの残る、少女の声が聞こえてきた。



「もしもし……? スミスさんですか……? 私、サラです。隣の……」



 その声は、この崩壊した世界にはあまりにも不釣り合いなほど澄んでいて、怯えていた。博は息を吸うことも吐くこともできず、ただ硬直したまま、その声が紡ぐ次の言葉を待っていた。

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