5日目①ひらめき、匂い
窓から差し込む光は、昨日までと何も変わらない。しかし、博の中では何かが決定的に変わっていた。停滞は、死を意味する。このままここに籠城し続ければ、食料が尽きるか、精神が摩耗し尽きるかの、二つに一つだ。彼は壁に貼られたままだった観光地図を、改めて見つめた。
ギフトショップの裏手には、数軒の商店を挟んで、古い住宅街が広がっている。道は狭く入り組んでいるが、それは同時に、多数の死者たちが一度に流れ込みにくいということでもある。家々には、まだ手つかずの食料や物資が残されている可能性が高い。何より、そこは開けた大通りよりも、身を隠す場所が無数に存在するはずだった。目的地は、そこだ。問題は、どうやって店の周りを固める死者の壁を突破するか。
彼は一日中、割れた窓の隙間から、下の群れを観察し続けた。彼らの動きは単調で、予測可能に見える。だが、その数が圧倒的すぎた。陽動も、個別の攻撃も意味をなさないことは、昨夜の実験で証明されている。思考が行き詰まり、時間だけが虚しく過ぎていった。
昼下がり、太陽が最も高く昇った頃だった。博が半ば無意識に通りの向こうに視線を投げていた、その時。建物の影が作り出す深い闇の中に、彼は何か、これまでとは異質な動きを捉えた。
黒く大きな塊。四足で、悠々と力強い足取りで動いている。
熊。数日前、あの保安官が警告していた存在だった。文明の音が消え失せた町に、森の住人が姿を現したのだ。熊は、死者たちの群れには気づいているのかいないのか、通りの端を慎重に嗅ぎ回りながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきていた。
博の脳内で、バラバラだったパズルのピースが、一つの形を成した。音ではない。もっと根源的で、原始的な刺激。匂いだ。
彼は事務所に転がっていたメープルシロップの瓶を三本手に取った。そして、再び割れた窓へと戻る。蓋を開けると甘ったるい、濃厚な香りが立ち上った。彼は息を止め、瓶を傾けて、その粘度の高い液体を、窓の真下の死者たちの頭上へ、熊がいる方角の路上へと糸を引くように撒き散らした。
最初は何も起こらなかった。死者たちは、頭から甘い液体を浴びても、何の反応も示さない。しかし、風下にいた熊は違った。鼻をひくつかせ、明らかに匂いの源を探るそぶりを見せる。するとその巨大な頭が、ぐるりとギフトショップの方を向いた。
本能が、理性を上回った。熊は、そこにいる異形の群れなど意にも介さず、濃厚なカロリーの匂いに引き寄せられるように、まっすぐに店の前へと歩みを進め始めた。
その異常な闖入者に、ようやく死者たちが気づいた。彼らの鈍い知覚が、動くもの、生きているものを捉える。一体、また一体と、熊の方へ向き直る。威嚇するように唸り声を上げる熊に対し、死者たちはただ無言で、その腐った腕を伸ばした。
混沌が始まった。
熊の咆哮が、死んだ町に響き渡る。巨大な前足の一撃が、一体の死者の頭部を叩き潰した。しかし、痛みも恐怖も感じない死者たちは、怯むことなく次々とその巨体に取り付いていく。博は、その凄惨な光景に一瞬目を奪われたが、すぐに我に返った。
今しかない。
彼は背負っていたバックパックのベルトをきつく締め、店の裏口へと続く階段を駆け下りた。店の正面で繰り広げられている、生と死の原始的な闘争が、たった一つの活路を作り出していた。裏口のドアに手をかけ、彼は最後の深呼吸をする。ドアの向こうには、静かになった住宅街が、未知の生存競争が、彼を待っていた。




