絡み合う
「ローズの傷が、これ以上、広がらないよう治癒魔法をかけてもらってもいいですか。ラドクリフ様」
「……ああ」
ゴードンは腕から、そっとローズを横に寝かせた。
ラドクリフは横たわるローズの側に行くと、胸元の広がる赤い染みが目に入った。
それに相反するように、己の胸の傷の痛みが柔らかくなっている。
一刻も争うのは目に見えたので、直ぐ様ラドクリフは治癒魔法を唱えた。
だが、ローズの胸元に広がる赤い染みは広がる一方。
「治らない……」
「これは禁術の一種です。貴方を救いたいというローズの強い願いと偶然が重なって出来たものかもしれません」
「ローズをこのようにして、お前の呪いと、どう関係がある?」
「僕の呪いとローズの魔術が、絡まった糸のように交わっています。僕の呪いだけ取り除くのは不可能に近いでしょう。ローズが自分自身に掛けた魔術を解くには魔力を枯渇させなければいけません」
「だから心臓を狙ったのか」
魔法使いの魔力の源は心臓から作られる。
魔法使いと対峙するときは心臓を狙うよう教えられ、戦争の続く時代では皆が当たり前に知っていた事だった。
「呪いを解くだけなら、ローズを拐って、こんな無茶をしなくても良かっただろう? わざわざ、こんな王城の地下で」
ゴードンがローズを隠していた場所は王城の閉じられた地下室だった。
戦争時に城に攻撃を受けた際、逃げ込めるよう入り組んだ地下迷宮になっていた。
今、彼等がいるのは終戦と共に閉じられ使われなくなった、魔法使いを幽閉するための部屋であり、逃げ出せないよう魔術によって作られた防御壁と、魔法使いの魔力を使わせない為の魔力吸引装置が当時そのままに残されていた。
「ワホロの組織がローズを狙い、爆弾にしようとしていたのを知ってますか」
「爆弾?」
「極限まで魔力酔いを起こし、その人間をギリギリまで押さえつけ好きな場所で開放する。無理矢理押さえ付けた栓を、いきなり手を離せば、どうなるか予想がつきますよね。ローズの魔力なら王都を簡単に吹き飛ばせます」
「だからローズか」
ワホロの組織はラドクリフが部隊を結成した頃から、目的の為ならば手段を選ばないやり方だった。
だが終戦から十年経っても彼等は進歩がないらしい。
誰も寄り付かないはずの地下室に、ぞろぞろと向かってくる人間の足音がした。現れたのは意外な人物だった。
「アーロン国王?」
「遅くなった」
数人の家臣を連れたアーロンは彼等に指示を下している。
アーロン国王という繋がらないはずの線が交わっている事にラドクリフは困惑した。
何故アーロンが、ここに現れたのか聞きたくて仕方がないラドクリフの様子にアーロンは気付いている。
「説明は後だ。彼女を治療室に連れていく」
ゴードンはアーロンが現れた事に驚いた素振りもなく、始めからアーロンが来ることを知っているようだった。
アーロンの連れた魔法士にローズの治癒魔法を任せ、騎士が丁寧にローズを抱え連れていく。
「来てくれ」
アーロンに別の部屋へと案内され、ラドクリフも付いていくが、ゴードンはその場から動かない。
「どうした? お前も来ないのか」
ゴードンは困ったように笑いながら「はい」と答えた。
「ゴードン・レイニーはワホロの者に監視されている。監視の目を欺けるのは、古来より特殊な防御魔法を施された、この部屋しかできない」
「僕の事は気にせず、どうぞ行ってください」
ゴードンは、にっこりと微笑んだ。
ゴードンの様子からは腑に落ちない物を感じたが、ラドクリフはローズの元へ急いだ。
ベッドの上に丁寧に寝かせられたローズの顔色は、血の気が失せて青白くなっている。
国王に仕える魔法士が必死で治癒魔法を掛けているが、いい結果は見られない。
「アーロン国王、ゴードン・レイニーとの事は、一体どういうことですか?」
「ゴードン・レイニーから取り引きを持ち掛けられた」
「は?」
「ワホロの反乱組織が近々、襲撃を計画してるという密告を彼は私にしたのだ。信憑性がある話ならば立場上、無視する訳にはいかない。そう見越した上で私に密告してきたのだろう。我々にとっては危機を回避できて利があるが、結果的に彼の取り引きに応じなければならない。あれは大した青年だよ」
「取り引きとは?」
『ローズ・テンの呪いを消すのに、協力して頂けますか? 民を想う国王様には理解できないと思いますが、僕のような人間は、国や里なんてどうでもいいんです。大切な人に心穏やかに生きてほしい。それだけです』
「その取り引きが終わったらゴードン・レイニーは……」
「ワホロの元へ戻れば命がないかもしれない」
ゴードンと別れる時に、ラドクリフは妙な物を感じたが、その理由が分かった。
あの時のゴードンの表情には見覚えある。戦場で何人も見てきた。
これから死を覚悟した人間の顔だ。
「そこの君、治癒魔法を止めてくれ」
「え? は、はい」
ローズに治癒魔法を掛けていた魔法士を下がらせると、ラドクリフはローズに手をかざし魔術を唱えた。
その様子を端から見た魔法士が、みるみるうちに驚きの表情に変わる。
「す、素晴らしいです! このような魔術を扱えるとはラドクリフ様は、さすが英雄でいらっしゃる!」
傍目ではローズの姿に変化が見られず良く分からないが、同じ魔法使いの目から見れば、ラドクリフの掛けた魔術には直ぐ気付いた。
「何を、したんだ? ラドクリフ」
「ローズの肉体の時を止めました」
「時を、だと?」
時を止める魔法は熟練の魔法使いでも会得できないほど難しい魔術である。
それをラドクリフは、片手間にやってみせてしまった事で、それを見ていた魔法士が驚きに興奮してしまっていた。
「短い時間しか止めていられません。陛下、僕が戻るまでローズを、お願いします」
「私の立場上、お前に兵を出すことができない。一人で行かせる事になる」
「僕からしたら足手まといになります。一人の方が好都合です」
「そうか。ならば必ず戻ってくるように。命令だ」
「……はい」
ラドクリフは国王への最大の敬意を示し深々と頭を下げ、その場を後にした。




