ゴードン・レイニー
『これはお前の為だ』と言いながら僕を痛め付ける父には、うんざりしていた。
父はワホロの民として生まれ生きた事に誇りを持っていた。
ワホロの民というのはワホロの里と呼ばれる深い谷に住む民族だった。
里が谷にあり他の町に行き来しづらい立地から、里の中で小さな社会が出来上がり独自の文化も出来上がった。
ワホロの民は男女共に背が高く美しい者が多い。
手先も器用で頭も良く、彼等は同じ国民でありながらも他の民とは違うという誉れがあった。
だが、その誉れは、いつしか驕りとなり国家を我の物にせんと計るようになってしまい、ワホロの民を危険視した国家は彼等の里を奪った。
終戦後、戦争は終わったのにも関わらず『ワホロの里を奪い返す』と掲げ、過激な反乱を起こそうと父親も含め大人達が躍起になっていたが、元はと言えば国家に仇なそうとするものを国が返り討ちにしただけの話。
狭い世界でしか生きてこなかった大人達の狭い価値観を、信念と勘違いし次々と死人を増やす行為に、いささか疑問が沸いた。
そういった態度に大人は過敏で、父親からしたら反抗的で思い通りにならない息子に無性に腹が立ったのだろう、教育、反省、躾という名の暴力を与えられた。
生まれた時から戦争は当たり前にあった世界が、やっと平和になったとしても反乱組織に属していれば常に血生臭い毎日。
何かが自分の中で死んでいくようだった。
そんな日々の中でラドクリフ・ブッセンに出会った。
ワホロの反乱組織にとって目の敵である、ラドクリフ・ブッセンが王家の名の元に組織した対反乱組織殲滅部隊に、まだ少年である自分が一番怪しまれないだろうと潜入を命じられた。
終戦に貢献した偉大なる魔法使いは、どんな凄い人かと思っていたが、蒼白い髪と透き通るような白い肌にワホロの民でも見たことがな程ラドクリフを美しい人だと思った。
戦いの場で見るラドクリフは、飛び散る血を浴びなからも顔色ひとつ変えず容赦なく敵を殲滅していく。
死神のようにゾッとする程美しかった。赤黒く汚れた世界に降り立つ、死の天使のように。
だけど、それ以上に興味を引いたのはラドクリフの瞳の奥に見える酷く冷たい眼差しだった。
彼の冷めた瞳には、自分と似た物を感じた。平和な世界では到底生きていけない人種。父親もラドクリフも自分も、平和に適合できない人間の匂い。
馬鹿馬鹿しく見えた。
一体こいつらは何の為に戦ってるのか。
そう思いラドクリフを殺そうと思っていたが、気が変わった。
『もしかして、死にたいの?』
そう問いかけたらラドクリフは笑った。
僕に背中をナイフで刺され頭を踏みつけられているのにも関わらず、僕に向かって笑ったのだ。
気付いてしまった。
戦争が終わり時代の変化が訪れようと、どうでもいいのだ。
僕達のような人間は、これからの時代に合わないまま苦しみながら生きる方が辛い。死ぬ方が楽なのだ。
そんなラドクリフに、彼が死に場所を求めている事に僕は気づいてしまった。
僕はラドクリフの思い通りになるのは癪だった。
『あなたを生かしてあげる。これから、あなたは僕の事を全て忘れると思います。でも僕は、あなたを見ていましょう』
僕の声など、もう聞こえていない。
意識の無くなったラドクリフの頭を鷲掴みにし、記憶を操作する魔術を唱えた。ついでに呪いも掛けよう。
『せいぜい苦しみながら生きてください』
ラドクリフの瞼を無理矢理開かせ眼球にも魔術を施した。
彼の瞳を通してラドクリフの見る世界を、自分も覗き見ることか出来る魔法だった。
ほんの気紛れに出来心。
情報収集するにも王国側に近い人間が都合いいという名目で別の人間の人生を、なんとなく覗いてみたかった好奇心に、生きることに苦しむ人間は僕だけじゃないという気休めを得たかったのかもしれない。
しかし僕にとって予想外だったのはローズ・テンだった。
意識を取り戻し目覚めたラドクリフが、その瞳に最初に映した姿はローズの涙に濡れた顔だった。
泣きじゃくる彼女の頬に流れる涙が溢れ落ちる。ラドクリフが生きてて良かったと微笑む彼女は何故か、とても綺麗で頭から離れなかった。
その後、父が死んだ事でワホロの民を纏める別の長が就いたが、あまりにも無能すぎたので長の補佐という名目で実権は僕の物となり、ワホロの組織を導く立場に就いた。
当然、平和なんてものとは縁遠い生活だ。
そんな日々の中で情報収集と言いながら、気紛れにラドクリフの目を通して彼の人生を覗き見る。
彼は戦いの一線を退き、誰かの為に生きる人生を選び、平和な世界に溶け込んでいた。
暖かいベッドで目覚めれば、ラドクリフを起こす為に掛けられるローズの声。
少食の彼女の為にラドクリフが初めて振る舞った手料理を『美味しいです』と言いながら笑顔を見せ食するローズ。
彼女の誕生日にはラドクリフが初めて作ったケーキに『嬉しいです』と涙ながらに喜びを示したローズ。
ラドクリフの人生にはローズが居る。
大切な人が側に居て、お互いに笑い合える毎日が平和というなら、なんて素晴らしい世界なんだろうと思った。
世界が輝いて見えた。
ラドクリフにはあって自分にはないものに羨む気持ちも知った。
時が過ぎて、ラドクリフが魔法を学ぶ者の為に王城で講義を開くことを知り受講生の中に紛れ込むのは簡単だった。
いざラドクリフと対面しても案の定、僕の事を一切、覚えていない。
記憶を消したのだから当然だが、ラドクリフの受講生の中にローズの姿があった事には歓喜した。目立たないようローブを頭からすっぽりと被る彼女の姿でも、僕にはすぐ分かった。
ローズが王立図書館に良く通っている事を突き止め、偶然を装いながらローズに近づき親交を持ち仲良くなる。
警戒心のない彼女と友人になるのは容易だった。
ローズは良く図書館の端の席で町を窓越しに見ていた。
そこからは商店街が見え賑わう人々と子供が駆け回る声も響き、その光景を見ながらローズは笑みを浮かべる。
彼女は、きっと平和を愛しているのだろう。
ローズと言葉を交わし彼女の微笑みをラドクリフ越しではない、自分の目で見たとき、あまりにも綺麗で無性に泣きたくなった。
彼女が心穏やかに暮らし微笑んでいられる世界は、ワホロの里という故郷よりも価値あるものに感じた。
ある日、ローズが魔力酔いを起こしてしまった事で部屋に送る事になった。
安静をとってベッドで寝る為に、邪魔になるからと身体全体を覆うローブを彼女が脱いだとき、上下に別れた服の裾から覗くローズの脇腹に、ある傷を見つけた。
嫌なものが過った。
僕自身が掛けた呪いだ。直ぐに気付いた。ラドクリフを刺した、あの時の傷と一緒だと。
だが、何故ラドクリフに付けたはずの傷がローズにあるのか。
僕の呪いは、どんなに治癒の魔法を掛けても治るはずの時間が経とうとも癒えない傷。
傷の場所と女性の身体の事を考えたら子供を産む幸せは、とうの過去に捨てたことになる。
傷口が塞がることなく毎日のように痛みが彼女を襲った事だろう。
正に苦しみながら生きるように。
僕のせいで苦しみに喘いでいただろうローズの数年間を考えたら、悔いる気持ちに強い後悔を味わった。
僕が蒔いた種だ。僕が根本から刈り取らなければならない。
呪いを、解かなければ。




