対峙
王家からの極秘報告の内容は、孤児院の少年を人質にしたものだった。
人当たりの良さそうな青年が孤児院に現れ、その孤児院の少年にシスターの元へ案内してくれと頼み連れて行かれた隙に、少年は首輪を付けられて戻ってきた。
魔術によって施された魔法具の一つで、契約を破ると首が吹き飛ぶ仕組みらしい。
少年は今、保護されているが首輪を外す術はない。
もしローズの失踪と少年への人質の一環が全てゴードンによるものだとしたら、あちこちに魔術を施した痕跡が残されている事にラドクリフは違和感を覚えて仕方がなかった。
ローズを捕らえ人の記憶を操る魔術を扱える者が、そう易々と痕跡を残すような真似をするのだろうか。
数々の痕跡が、まるで見つけてくれと言わんばかりに、あえて残している気がしてならない。
その考えが正しければ、次に痕跡を残す場所にラドクリフには思い当たる所があった。
ラドクリフは急いで自宅に戻り自分の部屋に、ある物を探しに籠った。
ラドクリフの魔術を施された魔法具の一つ、ローズが魔力酔いを起こした事によってゴードンに上書きされてしまった腕輪。
ゴードンの手が付けられた事が癪に障り破棄するつもりだったが、目につくのも腹立たしかったので、つい投げ棄てていた物。
ラドクリフは、それを探していた。
性格上、破棄するにも自分でやらないと気が済まない質であり、尚更、ローズの為に造り上げた物を赤の他人に上書きされたとならば、何がなんでも自分で処理しなければ気が済まないのは当然。
見つけた腕輪を手に持ち、ラドクリフは施された魔術を破棄する呪文を唱えだした。
幾重にも重ねられた魔術を一つ一つ、神経質なまでに痕跡も残らない程に破棄していく。魔術の破棄が進んでいくと腕輪を形成する金属まで溶け腕輪の形が消える。
ラドクリフは、まるで恨みをぶつけるように腕輪の物体さえ残さない。
消え行く腕輪を眺めながらラドクリフは、ある考えが過った。
ゴードンはこうなる事を見越し計画していたのではないかと。
ゴードンという青年の思考を考えれば考える程、ゴードンはラドクリフの性質を良く知っている人間に思えてならなかった。
師匠と弟子の枠をはみ出る事のないラドクリフとローズの関係性をゴードンには、きっと分かったのだ。
ラドクリフが何よりもローズを大切に想っている事を。
最後に残った欠片が消えて無くなりそうになった瞬間、ゴードンの魔力の痕跡が現れた。
ラドクリフの思った通り、その魔力を辿れと言わんばかりに色濃く痕跡が残されている。
狙いは僕か?
誘い出されている気がしてならないがラドクリフは受けて立つつもりだった。
ラドクリフが狙いならローズを拐ったのは失敗だったと犯人に、きっちり教え込まなければならない。
手に持った腕輪は跡形もなく消えた。
このラドクリフ・ブッセンを怒らせた事を後悔させてやる。
「ローズ」
夢の世界に浸っていたローズをゴードンの声が呼び覚ました。
「意識がハッキリしないようだね。大丈夫?」
優しげな声で気遣っているように見せているが、一体、誰のせいで、こんな状態になってると思ってるんだとローズは内心毒づいてるせいでゴードンを睨みつけた。
意識が朦朧とし夢か現かの境目で身体を動かせない状態の魔力酔いを強制的に起こしたのは、目の前の本人である。
そんなローズの様子を見てゴードンは申し訳なさそうな笑みを浮かべた。
「そんなに睨まないでよ。ローズも怒る顔を、するんだね。可愛いなあ」
こんな状況なのにゴードンは怖いくらいに、いつも通りだとローズは思った。
友人として過ごしていた頃はローズの言動にゴードンは良く笑っていた。
何が面白いのか分からなかったが、笑い合える友人が出来た事にローズは嬉しくて堪らなかった。
「ラドクリフ様が、やっと気づいたみたいだから来るよ。良かったね、ローズ」
「ラ、ド……クリ、フさ、ま?」
ラドクリフの事を聞いた瞬間、ローズは動かない身体を奮い立たせ繋がれた鎖を力任せに外そうと、もがき始めた。
ゴードンの思惑がなんにせよ自分を助ける為にラドクリフに危害が及ぶかもしれないのはローズには我慢ならない。
「妬けるなあ。そんなに暴れたら死んでしまうよ」
ゴードンが指で一振りするとローズの首と四肢に繋がれた鎖に重さが加わり、その重さに耐えられずローズはドサリと倒れこんだ。
「ゴー、ドン! な、に、を……!」
「君を傷付けるつもりはないんだ。大人しくして」
「なにを、するつもり?」
ゴードンはローズの頬に手を添えると顔を上に向かせた。
まるで口付けするかのように耳元へ唇を寄せる。
「僕の弟子を拐って手を出そうとは、いい度胸だな」
水を指すように発せられた、聞き慣れた声の主はラドクリフだった。
「師匠!」
ラドクリフはゴードンの背中に向かって剣を突き付け、顔には強い怒りが表れていた。
ゴードンはチラリと後ろのラドクリフの姿を確認すると、ローズが声を出せないようローズの唇に人差し指をあて魔術をかけた。
「ーーーーー!」
途端に魔術を受けたローズは口をパクパクさせて声ひとつ出せなくなった。
そんなローズの姿に怒りを煽られたラドクリフは感情のままに剣を振り下ろしゴードンの身体を貫いた。
「容赦がないのは相変わらずで、いいですね。だけど」
ゴードンは剣に貫かれたのにも関わらず、血ひとつ流さず笑顔を浮かべる始末。
ラドクリフが気づいた時には剣を貫かれたはずのゴードンの身体が石に変わり、ラドクリフの剣は抜き取る事も出来ず共に石になった。
「やっぱり歳取りました?」
ラドクリフの後ろからゴードンの声が響いた。
そこにはラドクリフの背後に剣を突きつけるゴードンの姿があった。
「身代わり人形か。ここまで精巧に作るのは僕以外に居るとは思わなかった」
「お褒めいただき、ありがとうございます。ラドクリフ様の教えの賜です」
「フン、心にもない。こんな事をして目的は、なんだ?」
「過去に、あなたが死にかけた時の事を覚えていますか? ラドクリフ様」
「それと何の関係が?」
「僕は呪いを解かないといけない」
「呪い?」
ローズの方へ目を向ければ声なき声で必死に何かを叫んでいる。
ゴードンは哀れむような、笑み以外の表情を初めて見せた。
ゴードンの隙を伺おうとラドクリフが後ろを気にかけた瞬間、目の前から矢が飛んできたが予想外の事に躱すことが出来ずグサリと矢がラドクリフの胸に刺さった。
「な、に!?」
苦しさから地に膝をついたラドクリフの前に回り、ゴードンはラドクリフを見下ろす。
「剣や魔法では貴方に敵うかどうか自信がありませんでした。僕の取り柄は魔法の正確さぐらいなので正攻法じゃ貴方を傷付けられません。色々、用意させて貰いましたが、早くすんで助かります」
刺さった矢に手を伸ばし、ゴードンはラドクリフの胸から躊躇いもなく引き抜いた。
「ぐあっ!」
引き抜かれる痛みが胸に広がった。
刺さった場所が場所だけに心臓が止まるまで、そう時間は掛かるまい。
最後を覚悟しなければならないかとラドクリフは己の死が過ったが、何故か妙な違和感が広がった。
「ローズ!」
ゴードンは急いでローズの元へ駆け寄った。
ローズを繋いでいた鎖を全て外し、ゴードンはローズをそっと抱き起こした。
「喋れる?」
「う、うん……」
ローズの胸元に血の染みが広がり、ゆっくりだが徐々に濃くなっている。
ラドクリフは目の前で起きている光景に動けずにいた。
己の胸元の痛みが徐々に引いていき思ってるよりも出血しない傷口。
違和感を感じた事が目の前のローズと関係しているならば、それがラドクリフの思い当たる物だとさしたら非常にまずい状況である。
「ゴードンは、何故、知っていたの?」
ゴードンは慈愛を込めた眼差しで、腕の中のローズを見下ろした。
にっこりと微笑む表情は酷く悲しげである。
「君の事は前から知っていたんだ」
ゴードンは静かに語りだした。




