ローズ・テン
『ラドクリフ・ブッセン』
今まで覚えてきた名前の中で、言葉にするだけで、こんなにも胸が高鳴る名前なんて他に知らない。
弟子にしてもらえると聞いてローズは嬉しかった。
幼い身体に膨大すぎる魔力によって日に日に蝕まれいく身体。
友人と外で駆け回る事もできずベッドの上で過ごす時間が増えていく日々。
そこに舞い込んだ、ラドクリフの弟子になる事によって魔力酔いを治す提案。
ローズは直ぐ様、快諾した。
ローズにとっては今まで苦しみを耐えてきた自分への、神様からのご褒美だと思った。
過去に、木の上から降りられなく恐怖で涙するしかなかったローズを救ってくれた天使のように美しい彼が、また苦しくて仕方ない日々から救ってくれる。
ローズは堪らなく嬉しかった。
『君は僕の弟子になったんだ。気安く僕の名を呼ぶな。師匠と呼びなさい』
だが美しすぎるラドクリフの顔は忌々しげにローズを見下ろしていた。
ローズは聡かった。
ラドクリフにとってローズを弟子にするのは不本意だと、理解してしまった。
ほどなくして、ローズはラドクリフの屋敷へと住まいを移された。
貴族であるラドクリフの屋敷では、使用人に食事や身の回りの世話をしてもらい、学習する内容によって教師を変え、一流の家庭教師達と一日中屋敷で過ごしていた。
ラドクリフは屋敷にローズを閉じ込めようと意図した訳ではなく、十を過ぎた子供に何が必要か知らないラドクリフが、充分な生活と教育を与えれば、それでいいと思っていたのである。
孤児院のベッドに寝たきりだったローズが連れられた世界は屋敷の中しかなかった。
屋敷の使用人達はラドクリフに与えられた仕事として割り切っているのか、ローズに対して丁寧に接していたが仕事以上の関わりは持たぬよう線引きを、されていた。
多忙が重なってラドクリフは家に寄り付く事は、ほとんどなかったが、半年に一度はローズの魔力酔いを起こさないよう、魔力をコントロールする為に与えれた腕輪の術を直しに必ずローズの元に、やって来る。
たとえ忌々しく思われようと、孤独な屋敷の中で半年に一度は会えるラドクリフをローズは心の支えにしていた。
何をすればいいか分からない中で与えられた事を真面目に頑張れば、ラドクリフにとって役にたつ弟子にでもなれるなら、もしかしたら、あの美しい笑顔を、また見せてくれるかもしれないと。
ローズの望みはラドクリフの笑顔だった。
『君は僕がいないと生きていけない』
腕輪の術が完成しローズの魔力を更にコントロールしやすくなり、これでラドクリフに、あまり迷惑をかけなくて済むようになったと喜んだ矢先、忌々しげにラドクリフから告げられた言葉だった。
ローズは理解してしまった。
ラドクリフは優秀な弟子が欲しい訳でもなんでもない。
この先ローズの魔力がコントロール不能のままなら、ラドクリフは一生ローズの為に術をかけ直さなければならない。
人生を縛り付けるローズの存在がラドクリフにとって疎ましくて仕方がないのだとローズは理解してしまった。
そのまま互いに心許すような事もなく、毎日のように家庭教師を付けられ勉学に励む日々が当たり前に過ぎ、五年の歳月が過ぎた頃、ローズの元にラドクリフが瀕死の重体である事が耳に入った。
ローズはいてもたっても居られず、ラドクリフが治療を受ける王城に出向いた。
ラドクリフの弟子であることが幸いし、直ぐ様ラドクリフの所まで案内され、部屋の中央のベッドで治療を受けるラドクリフの姿があった。
案内をしてくれた人間に、そこでラドクリフがどのような仕事をしていたかローズは初めて聞かされた。
戦後、反乱を企てる人間を秘密裏に処理する仕事。
厳密には国に仇なそうとする者を暗殺、組織を抹消する仕事であり、血生臭いものだった。
その部隊を結成し指揮していたのがラドクリフであり、その部隊の兵士に後ろから刺され、その兵士は未だ、行方不明であると説明された。
説明を旨く飲み込めないローズは、ふらつく足取りでラドクリフの眠るベッドまで足を進めた。
久しぶりに会えたラドクリフは眠ったままで血の気のない青白い顔色だった。
ローズは何故か、とても穏やかな寝顔だと思った。
それからローズは王城の者にラドクリフの看病をしたいと頼み込み、ラドクリフの側で寝泊まり出来るよう手配してもらった。
かれこれ一週間以上、側で看病するもラドクリフは目覚める気配がない。
眠るラドクリフ側で椅子に腰掛け、今までにないくらい穏やかに見える顔をローズは静かに見守っていた。
ふと、そんなラドクリフの姿にローズは、ある考えが過った。
ローズとラドクリフが互いを知る機会は皆無だったが、端から見る限り終戦に貢献した英雄ラドクリフには、戦争が終わっても彼の戦場は無くならなかったのだろう。
常に人と関わりを持たず、ローズに対して自分が死んでしまった時の事を考え、ラドクリフが死去した場合の屋敷の管理や処分の事を教えこまれている。
彼は、もしかしたら、いつ死んでもいいと思ってる?
いつ死んでもいいと思っている人間が生きる気力を持つだろうか。
だからラドクリフは目覚めないのだろうか。
そう思ってしまったら、ローズは涙が止まらなくなった。
たとえ自分よがりと罵られても、ラドクリフに死んでほしくなかったからだ。
ローズは願った。
彼の傷みを請け負いたいと。




