行方
そのまま、その足でラドクリフは王城に向かった。
何か危険が迫っている。
そんな予感がしたからだ。
その懐中にゴードン・レイニーが関係しているというラドクリフの確信に近い勘が、そう告げている。
戦争が終わり戦後の国の在り方に不満を抱く人間を、ラドクリフは多く処理してきた。
戦時中の因縁を忘れられない者、新国王の即位に納得いかない者、政治を担う者達への不満を抱く者。それ以上に不満や憤りが過ぎると過激な者も現れだした。
革命の名の元に王家や政治に関わる者達の命を狙い、その国民を狙う危険な集団が現れだした。
ラドクリフは、そういう者達を秘密裏に処理する組織を作り、任務を担っていた過去があった。
二度と戦争を起こしてなるものかと平和の為に幾人もの反乱分子を壊滅させてきた経験のあるラドクリフにとって、ゴードンに対する己の勘が、ただの勘で終わらない程にラドクリフは優秀すぎた。
「私の講義を受ける受講生の中からゴードン・レイニーという名前を調べてくれ」
王城では門を過ぎると受付を担当する者が、王城に入る者を記名させる。
受付の女性にゴードンの事を調べてもらうようラドクリフは頼み込んでいた。
「……そのような方は一度も、ここにはいらした事はありませんね」
「そうか……」
やはり予想通りだった。
先程のゴードンの住まいでも同じ事が起きている。
一度もラドクリフの講義を欠かした事もなく、最優秀と言われてきたゴードンの名前が帳簿に載らないはずがない。
ゴードン・レイニーは高度な魔術を扱える事を隠し、今になって、その魔術により自分の存在の痕跡を消しているのは明らかだった。
「無理を言って、すまない。見せてくれて感謝する」
ラドクリフは、この上ない極上の笑顔を女性に向けた。
「い、いいえ。ラドクリフ様の為ならば……」
ぽーっとした女性はラドクリフにメロメロになっていた。
ラドクリフは、この時ほど自分がイケメンに生まれてきた事を本当に良かったと、つくづく思う。
もう少しゴードンの事を調べる為に王城を後にしようと思った矢先、ラドクリフの元へ極秘の連絡を司る鳥が現れた。
魔術によって形作られた鳥は雀ほどの大きさで、王家の紋章が体に刻まれている事から、王家からラドクリフへの極秘の知らせなのは分かった。
ラドクリフが鳥に人差し指を差し出すと、止まり木にとまるように鳥はラドクリフの指に降り立ち、その瞬間、鳥は弾けるよう消えてなくなった。
だが、その瞬間に知らされた内容を知ったラドクリフは顔を青ざめると急いで城を後にした。
ハッキリしない意識でローズは目が覚めた。
頭がぼーっとするので身体が起き上がらない。
自分が横たわる場所は寝心地が悪く地面のように固いのは分かった。
「ローズ」
少し離れた場所から聞こえた優しげな声の主は良く知っている人間の声だ。
「ゴー……ドン、な、の? 私、どう、した、の?」
ローズが覚えている最後の記憶は、ハンナに会いに孤児院に行こうとして、ゴードンと途中まで一緒に帰っていたのが最後。
なのに何故、自分が冷たい地面の上で横たわっている状況になったのかローズは訳がわからない。
「目が覚めたみたいだね。具合はどう?」
全体的に部屋が薄暗くゴードンの顔が良く見えない。
起き上がる為に身体を起こそうとした瞬間、シャリンと重さのある音が響いた。
「え? 何……これ」
その音の正体は鉄の鎖だった。
ローズは自分の状況が分からなすぎて混乱している。
カツンと靴音がするとゴードンはローズの側まで近づいていた。
「僕の手作り拘束具なんだけど、どうかな?」
見上げる形でゴードンを見たローズは恐怖心に駆られた。
両腕が両足が鉄の腕輪に拘束され、腕輪に繋がれてる鎖の先は地面に固定されている。この暗い部屋から一歩も出られないのは明らかだった。
なのにゴードンは、こんな異様な状況下で、いつもの爽やかな笑顔を浮かべながら、まるで世間話をしているかのようだ。
「ラドクリフ様の講義で受けた魔術を応用して、その拘束具に特別な魔術を組み込んでみたんだ。君は今、魔力が安定しないだろう?」
「な、にを、言ってるの?」
まるで子供が、自分の作った物を誉めてほしくて自慢するような口ぶりだ。
「拘束を解こうと下手に魔法を使ったら魔力が暴走するよ。君ほどの魔力だったら、街一つ吹き飛ぶから気を付けてね。ローズ」
「どうして? どうして、こんな事をするの? なんで?」
友人として付き合ってきたゴードンが、こういう事をするとは思いもしていなかった。
一緒に過ごしていた間は、とても優しい青年であり、ローズを友人として敬い助けの手を差しのべてくれるような、ローズにとって初めての友人と呼べる大切な人間の一人だったのに。
ローズは涙が溢れて仕方がなかった。
「泣かないでローズ」
ゴードンはローズの頬に手を添え唇を近づけると、涙の溢れる目尻に口付けた。
そっと触れるような優しい口付けだった。
「僕はワホロの民と呼ばれてた一族でね」
ワホロの民
かつてワホロの里と呼ばれた谷に住む民族と聞いたことがある。
「でもワホロの民は……もう、存在しないはずしゃ……」
「そう、この国に虐殺されてね」
「虐殺?」
「ローズは知らないか。でも、きっとラドクリフ様なら知ってるかなあ」
「師匠が……?」
「もう少し待ってて。君のヒーローは、たぶん遅れてやってくるよ。オジサンだから、もたもたしちゃうかも」
ローズの涙を、そっと拭いながらゴードンは離れた。
「ローズは可愛いね。外の世界を、なんにも知らないまま鳥籠の中で育って、きっとラドクリフ様は、穢れ一つない真っ白で綺麗なローズが大切で仕方ないみたいだ」
「ゴー……ドン?」
ローズはゴードンの言ってる事の意味が分からなかった。
そしてゴードンは人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。
「辛いだろうけど、ちょっとの辛抱だから」
そのまま部屋を出ていくゴードンは、ローズに振り返ることはなかった。




