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風待ちの魔女郵便  作者: Loui.Sue
Epilogue 忘れられない手紙
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集合、整列、敬礼

 背中にかかる重さには、もうだいぶ慣れてきた。


 あの後三日ほど寝込んだよね。エルナさんには予想どおりむっちゃくちゃ怒られたし。アデルには、口をきいてもらえなくなって。あれやこれやとご機嫌を窺い、何とか和解にこぎつけた。そうこうしている間に数日が過ぎ、今日になってやっと箒に乗る許可が下りた。その理由が校長先生を風待ちまで運ぶから、なんて、さすがに思ってなかったけど。


「大丈夫そうです? 揺れとか」


「ええ。お気になさらずに」


 うーむ、たいへん気まずい。さっきから話しかけてはみるものの、どこか上の空。こんなにキレのない先生は、やっぱり変で、どこか調子が狂うんだよね~。誰か変わってくれないかな。ほんと。


 支局の空を抜けて、北へしばらく飛ぶと、いつもの谷が見えてくる。谷の手前で現行の風路から外れて、手袋の先に引っかかる古い流れへ乗り換える。最初の頃はここで毎回息が詰まったけど、今はもう、だいたいどこに何があるか手が覚えてる。


 流れが少し曲がるところで身体を傾けた時、先生の外套の襟元から、細い鎖がこぼれて揺れた。


 あの古い観測針。あの遭難事故の後に、ずっとずっと視線を感じて気味が悪かったから、先生に渡してしまった。ニルスさんには返せと言われてないし……、大丈夫、だよね?


 海峡で光を見ていた時の先生の顔を思い出す。私の胸元に目を落として、「そちらでしたか」って呟いた時の声も。


 訊いてみようかな。


 でも、やっぱりやめて、前を向き直した。先生のほうから話してくれる気配はなかったし。あんまり詮索するのはその、なんてーか、好きじゃない。


 霧が薄く出はじめて、谷の底のほうに、見慣れた屋根が見えてくる。


 風待ち郵便局。


 私にとっては、もう何度も通った場所だ。屋根の傾きも、煙突の欠けたところも、発着場の石の継ぎ目も知ってる。フィオナが縫った窓の厚布が、ここからでも少しだけ見える。


 私の腰に回していた腕に、ぎゅっと力がこもる。振り返らなくても分かる。先生は局舎を見てる。近づくほど、腕の力が抜けなくなっていく。ってか、先生力強いな!? 絞まってる、それ。なんか出そう。


「センセ、ちょっと、さすがに」


 返事はないようで。


 ちらっとだけ肩越しに見ると、先生は、瞬きもしないで局舎を見つめていた。唇を薄く開けたまま。どうしてそんな表情をするんだろ、私にはよく分からないや。


 発着場へ降りる。穂先を下げて、石床に靴底をつける。二人ぶんの重さで、いつもより少しだけ鈍い音がした。


 先生は、なかなか箒から降りなくて。うーん、先生と言えども、やっぱ初めての場所は少し怖いのかな。


 やっと地面に足をつけても、そこから一歩も動かない。局舎の正面を、玄関を、窓を、屋根を、順番に見上げている。


 首から下がった観測針が、風に揺れて、外套の上で小さく鳴った。


    


 発着場のほうから、箒の着く音がする。


 ちょうど、仕分け室の作業台で、水を吸って貼りついた便箋の束を剥がしているところだったかなぁ。乾燥布を挟んで、一枚ずつ、ゆっくり。手を離すと端が丸まって、せっかく剥がした隙間がまたくっついちゃう。ホンっとに大変なんだよねこれ。……腕を生やしたくなるくらいには。


 着地の音は、たぶんリンだろうな~。降り方が丁寧すぎて、石を擦る音がいつも長くなるからわかりやすいんだよね。


 リンが来たなら、あとで手伝ってもらおうかな~。とりあえず今は。


「三号、ちょっとここ押さえてくれる?」


 顔を上げて、受付のほうへ声をかけた。


 三号は、もう私の真横にいた。


 いつの間に、と思う暇もなく。三号の両腕が私の脇の下に差し込まれて、身体がふわっと持ち上がる。足が床から離れた。へらが手から落ちて、作業台の上でからんと鳴った。


「ちょ、ちょっと、三号!?」


「作業を一時中断します」


「いや、中断って、これ乾いちゃうんだけど!」


「発着場へ移動します。至急」


「何で!?」


「至急、発着場へ移動します」


 三号の胸元に、青白い文字がものすごい速さで流れていく。もー、なんなのよ……。てか、あんた走れたんだ?


 三号は私を抱えたまま、仕分け室を出た。廊下をまっすぐ、玄関のほうへ。


「おい、何の騒ぎだ?」


 食堂の扉が開いて、ハインさんが顔を出した。片手に匙を持ったまま。お昼の途中だったかな。


「ハインさん、三号が急に――」


 三号の勢いは止まらず。空いていたほうの腕を伸ばして、ハインさんの襟首を掴む。そのまま、引きずるみたいに。


「おい、待て、三号! 痛い痛い!」


「発着場へ移動します」


「先ずは説明をしろよ! 冷めちまうだろ!」


「至急」


 三号には聞こえてないみたい。文字通りハインさんが匙を投げる。


 玄関の扉が開いて、外の光が目に入る。


 発着場にはやっぱりリンがいた。


 箒を片手に、こっちを見てぽかんと口を開けている。そりゃそういう顔にもなるよね。私らですら意味がわかんないもん。


 その隣に、もう一人。


 黒い外套の、女の人。


「……校長、先生?」


 養成学校の、レオナ先生。入学式と卒業式で壇上に立っていた人。色々相談にも乗ってもらった事を忘れた事なんてない。どうして、ここへ?


 先生は、私たちではなくて、ずっと局舎を見ていた。


 玄関の上の、古い看板のあたり。その顔が、なんだか、すごく痛そう。どこか怪我をしてるみたいな。首から、古そうな観測針が下がっていて、それを片手でぎゅっと握りしめている。


 先生、と声をかけるより先に、三号が私を地面に降ろした。ハインさんの襟首も放す。


 それから三号は、リンのほうへまっすぐ歩いていって、リンの腕を掴んだ。


「うえっ!?」


「整列します」


 三号は、私とハインさんとリンを、発着場の真ん中に横一列に並べる。


 私の肩を掴んで、半歩右へずらす。ハインさんの背中を叩いて、まっすぐにさせる。リンの顎に指を添えて、少し上げさせる。私のつま先の向きまで、三号の足で、こつんと揃えられた。


「間隔、修正。包装係、半歩右。臨時保全管理人、背筋。ファルン、顎」


 三号は一歩下がって、私たち三人の前に立った。胸元の文字が、一行ずつ、ゆっくり流れる。


「手順を確認します」


 三号は、右腕を上げた。


「集合」


 腕を下ろして、足を揃える。


「整列」


 それから、右手を額のところまで、きっちりと持ち上げた。


「敬礼」


 三号は、その手順を、もう一度だけ繰り返して見せた。


 集合、整列、敬礼。


「以上の順で実施してください」


 私はリンを見た。リンも私を見た。リンの顔にも、何これ、って書いてある。ハインさんは眉間に皺を寄せたまま。


 でも、三号が、あんまりにも真剣だったから。いつもだって真剣なんだろうけど、今日のは、なんというか、違った。胸元の文字が、一回も途切れずに流れ続けている。


 まぁ、こういうのは聞いとかないとね。


 気をつけ。顎を引く。三人で、ちょっとずつ、ばらばらに。


 視界の端で、校長先生が動いた。局舎から、私たちへ視線を移す。三号を見て、私たちを見て、また三号を見る。


 さっきまでの痛そうな顔が、少しずつ、崩れていく。


 眉が下がって、唇が震えて。何かを堪えるみたいに、一度、ぎゅっと目を閉じて。


 開けた時には、目の端から、涙がひとつ落ちていた。


 何も言わずにただ。口の端が持ち上がって、目尻に皺が寄って、それでも涙は止まってない。困ったみたいな、呆れたみたいな、どうしようもなく嬉しいみたいな。


 何が起きてるのか、ちっともわかりません!


 先生は、すっと息を吸った。


 背筋が伸びる。肩が下がる。顎が引かれる。壇上に立っていた時とも、違う。もっと、ずっと前から身体に染みついてたものが、勝手に出てきたみたいな、すごく自然な姿勢。


「集〜〜合!! 整列、敬礼ッ!!!」


 よく通る声! この辺りは変わらないなぁ。発着場の石に跳ね返って、局舎の壁まで届くくらい。


「現況報告!」


 三号が、動いた。


 私たちが慌てふためいている間、三号はもう完璧な敬礼をしていた。迷いなんかない。号令がかかるのを、ずっと待ってたみたい。


 先生は、ここに来るのは初めてのはずじゃ? 三号だって、先生に会うのは初めてのはずだよね?


 なのに、先生は三号の手順を知ってる。三号は、先生の号令を、当たり前のものとして受け取ってる。


「報告します」


 三号の声は、いつもと同じ、抑揚のない声で。


「風待ち郵便局、現況。局長、配達よりいまだ帰局せず」


 帰局せず?


「他局員四名、無断欠勤継続中」


 無断欠勤?


 ハインさんの喉が、なんでかごくりと鳴るのが聞こえた。


「現在、当局は非常時運用中。運用人員、三名」


 三号の胸元に、文字が一行ずつ流れていく。


「臨時保全管理人、ハイン・ローデン。局舎維持、転送枠管理、継続中。休暇申請、なし」


 ハインさんは、何も言わず。敬礼したまま、まっすぐ前を見ている。


「リネット・ファルン。外部帰路、接続を確保。搬出、継続中」


 リンの肩が、少しだけ揺れた。


「包装係、フィオナ・レイ。未配達郵便物保全作業、継続中」


 自分の名前が呼ばれて、思わず背筋が伸びた。


「以上、三名により、業務を継続しています」


 先生は、笑ってた。涙はまだ頬に残ってる。拭こうともしない。


 うん、うん、って、小さく頷きながら聞いている。まるで、その報告がどういう意味なのか、最初から全部知ってるみたい。


 リンも何も言わなくて。ハインさんも。


「現況報告、以上です」


 三号が、敬礼の手を下ろした。


 一拍。


 発着場を風が抜けていって、先生の首の観測針が、外套の上で揺れる。


 三号が、姿勢を正した。


 その視線……というか、顔が、まっすぐ、先生のほうを向く。三号は右手をもう一度、額まで上げた。


「そちらからもご報告をお願いします。ノエル副局長」

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