ソルテのこと
ソルテ・ナインのことを、アルテはうまく説明できなかった。
一つ年下の後輩で、口数が少なくて、どこかいつも遠くを見ているような目をしている。神殿に引き取られた孤児だと聞いていた。家族のことも、どこから来たのかも、ソルテ自身は話さなかった。聞いても「覚えていないので」と静かに言うだけだった。
嘘をついているとは思わなかった。ただ、覚えていないのだと思った。
見習いの中でソルテに話しかける者は少なかった。悪意があるわけではなく、単純に、どう話しかければいいかわからないのだろうとアルテは思っていた。ソルテの会話は普通なのだが、返ってくる言葉がたまに、予想と少しずれていた。悪い意味ではなく、ただ、少し違う場所から見ているような言葉が来ることがあった。
アルテはそれが、嫌いではなかった。
◆ ◆ ◆
その日の午後、薬草園で作業をしていた時のことだった。
見習いたちは月に数回、神殿付属の薬草園の手入れをする決まりになっていた。雑草を抜き、土を耕し、水を撒く。春の薬草園は青い小花が咲いていて、作業の合間に甘い匂いがした。
アルテが畝の間を歩いていると、隅の石段にソルテが座っているのが見えた。
作業をしていなかった。ただ座って、薬草園の真ん中あたりを見ていた。
アルテは近づいた。
「作業、終わった?」
「まだです」とソルテは言った。「でも少し、見ていたくて」
「何を?」
ソルテは薬草園の中ほどを指差した。
「あそこに、葉陰妖精がいます。三匹」
アルテは指差された方向を見た。葉の茂みの間に、確かに何かの気配がした。光精霊とは違う、小さな、もっと密かな存在感。
「見えるの?」とアルテは聞いた。
「見えるというより」とソルテは少し考えた。「いる、とわかります。形はぼんやりとしか。でも今日は機嫌がいいみたいで、気配が丸い感じがします」
「丸い感じ」
「とがっている時と、丸い時があります。機嫌がいい時は丸い」
アルテは薬草園を見た。葉の揺れ方が、風のない日なのに少し動いていた。
「ずっと感じられたの? 妖精や精霊の気配」
「小さい頃から」とソルテは言った。「神殿に来る前から。名前は知らなかったけれど、何かがいることはわかっていました。神殿に来て初めて、名前を教えてもらいました」
アルテは石段の隣に腰を下ろした。
「怖くなかった?」
ソルテは少し首を傾けた。考えているのか、思い出しているのか、しばらくして言った。
「怖くなかったです。むしろ、一人じゃない感じがして、よかった」
◆ ◆ ◆
二人でしばらく、薬草園を見ていた。
葉陰妖精たちは相変わらずそこにいた。気配が確かに、丸かった。アルテにもそれがわかった。言われてみれば確かに、気配には形のようなものがある気がした。今まで意識したことがなかったが。
「ソルテ」とアルテは言った。「わたしの精霊、今どんな感じに見える?」
ソルテはアルテの周囲を、ゆっくりと見回した。少し目を細めて、何かを読み取るように。
「今日は」とソルテは言った。「落ち着いた光です。金というより、白に近い。あと……少し、嬉しそうです」
「嬉しそう?」
「昨日か一昨日、いいことがあったんじゃないかと思います」
アルテは少し考えた。昨日はロアン神官から本をもらった。一昨日は——特に何もなかった気がするが、図書庫で先代の聖女の記録を読んだ。
「図書庫で本を読んでいて、なんか嬉しくなった」
「それだと思います」とソルテは静かに言った。「精霊は、アルテ先輩が嬉しい時に明るくなります。怒ったり落ち込んだりしている時は、少し遠くに行く。でも離れはしません」
アルテはそれを聞いて、胸のあたりがじんわりした。
離れはしない。
「ありがとう」とアルテは言った。「教えてくれて」
ソルテは首を振った。教えてあげたというより、ただ見えたことを言っただけです、というような首の振り方だった。
◆ ◆ ◆
作業に戻ろうとした時、ミラが走ってきた。
「二人ともここにいた! エランが雑草と薬草を間違えて抜いてて、ロアン先生に怒られてる。見に来て」
「見に行ってどうするの」とアルテは言った。
「慰める用の人数がいた方がいいかと思って」
三人で薬草園の反対側に回ると、エランが膝をついて抜いた草を並べていた。ロアン神官が腕を組んで立っていた。エランの耳が少し赤かった。
「これは薬草ではなく雑草です」とロアン神官が言っていた。「よく見れば葉の形が違う。焦って作業すると間違える。丁寧にやりなさい」
「……はい」
声が小さかった。エランが小声なのは珍しかった。アルテは少し笑いそうになって、こらえた。
ロアン神官が行ってしまうと、エランはしばらくその場にいた。アルテたちが来たことに気づいて、立ち上がった。
「見ていたんですか」
「さっき来た」とアルテは言った。
「笑わないでください」
「笑ってない」
ミラが「葉の形、確かに似てるよね」とフォローした。エランは「似ていない」と言った。「注意して見れば違う。不注意だった」
自分を誤魔化さない人だと、アルテは思った。間違えた時に言い訳をしない。それはエランのいいところだと、最近少しずつわかってきていた。
「間違えた草、どうするの?」とアルテは聞いた。
「捨てます」
「炉端妖精にあげたらどうかな。花とか草とか、好きらしいから」
エランは少し黙った。
「……炉端妖精が実在するという根拠はあるんですか」
「あります。毎晩わたしが確認してる」
「それは根拠になりません」
「なる」
ソルテが静かに口を開いた。
「神殿の暖炉には、います。わたしも感じます」
エランはソルテを見た。それからアルテを見た。それからまた抜いた草を見た。
「……とりあえず、持っていきます」とエランは言った。
ミラがこっそり「ソルテすごい」と囁いた。アルテも同感だった。
◆ ◆ ◆
夕方、見習い棟に戻る途中、アルテはソルテと二人になった。
ミラは先に行き、エランは自習室に寄ると言った。廊下に二人の足音だけが響いていた。
「ソルテ」とアルテは歩きながら言った。「ひとつ聞いてもいい」
「はい」
「精霊の気配が感じられる人って、ソルテの他にも神殿にいる?」
ソルテは少し考えた。
「セレーヌ大神官は、感じていると思います。はっきりとは見えないかもしれないけれど、何かがいることはわかっているはず。それからロアン先生は——」
ソルテは少し口ごもった。
「ロアン先生は?」
「感じているのに、感じていないふりをしているような気がします。理由はわかりません」
アルテはそれを聞いて、少し驚いた。ロアン神官が精霊の気配を感じながら、それを表に出さない——理由は何だろう。
「わからないことを、わからないって言ってくれてありがとう」とアルテは言った。
ソルテはまた首を傾けた。
「わからないことはわからないので」
「そういうことをちゃんと言える人って、あんまりいないよ」
ソルテは少し黙ってから、言った。
「アルテ先輩も、言えていると思います」
アルテは少し考えた。自分が「わからない」と言えているかどうか、正直よくわからなかった。ただ、言えるように、なりたいとは思っていた。
見習い棟の扉の前で、二人は立ち止まった。
「ソルテ」
「はい」
「また薬草園で一緒に妖精を見よう。今度ちゃんと、気配の形を教えてほしい」
ソルテはいつもより少しだけ、表情が柔らかくなった。笑顔というほどではないが、目の奥がわずかに明るくなったような。
「はい」と言った。「喜んで」
◆ ◆ ◆
夜、アルテは歴代聖女の記録の続きを読んだ。
二代目の聖女の章に入ったところで、面白い一節を見つけた。
精霊の気配を感じる者は、精霊使いだけではない。使役はできずとも、感じる者は世に一定数存在する。そのような者たちは精霊使いとは異なる形で、世界の声を聞いている。大切にしなさい。彼らはあなたに、あなた自身が見えていないものを教えてくれる。
アルテは本を閉じた。
あなた自身が見えていないものを教えてくれる。
今日、ソルテが教えてくれたことを思った。精霊が嬉しい時に明るくなる、落ち込んでいる時は少し遠くに行く、でも離れはしない。アルテ自身は気づいていなかったことだった。
大切にしなさい、と書いてあった。
大切にする、とアルテは思った。これからも。
暖炉の炎が静かに揺れていた。今夜は少し形が違う揺れ方をした。細長く伸びて、また戻る。まるで背伸びするように。
「今日もいたんだね」とアルテは言った。
炎がまた、細長く揺れた。
アルテは笑って、「おやすみ」と言った。
光精霊たちが静かになった。ソルテが言っていた通り、今夜も白に近い、落ち着いた光だった。
水都の夜が深くなった。運河が星を映して流れていた。薬草園の妖精たちも、今頃は眠っているだろうかと、アルテはぼんやり思いながら目を閉じた。




