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エランの文

エランからの手紙は、旅立ちから一月半後に届いた。


宛名はアルテとカトの二人になっていた。カトが先に受け取り、アルテに持ってきた。封を開けたのはカトで、アルテはその隣で読んだ。


手紙は短かった。エランらしく、無駄のない言葉で書かれていた。


師のもとに着いた。思っていたより元気だった。わたしが来ることを、待っていたらしい。理由は聞かなかった。


稽古を再開した。初日は腕が動かなかった。二日目から少しずつ戻ってきた。師は何も言わなかったが、三日目の朝に茶を出してくれた。たぶん、それが師の言葉だ。


セイのことを、師に話した。師はずっと黙って聞いていた。それから「お前が来たから、わしも安心した」と言った。意味はよく分からなかったが、少し楽になった。


ゲルアラントに戻るのは、夏の終わりになると思う。街によろしく伝えてくれ。


読み終えて、二人はしばらく黙っていた。


「師匠も、待っていたんですね」アルテは静かに言った。「エランが来るのを」


「そうだな」カトは短く答えた。「セイのことを、師も背負っていたはずだ。同じ師に学んだ弟子が死んだのだから」


「だから安心した、という言葉が出たのか」


「もう一人の弟子が、ちゃんと生きていた。それだけで、十分なことがある」


アルテはカトの言葉を、静かに受け取った。ロアンの弟が「生きているか」と書いてきたことと、同じ種類の重さがあった。長い間、誰かの安否を静かに案じながら、それでも言葉にできずにいた人が、やっと問える時が来る——そういう時間が、世界のあちこちにある。


「返事を書く」カトは手紙を折り畳みながら言った。


「何と書きますか」


「街は変わりない、とだけ」


「それだけでいいですね」


カトはアルテを横目で見た。「お前も書くか」


「書く」アルテは迷わず言った。「一言だけ」


◆ ◆ ◆

その日の午後、アルテは手紙を書いた。短く、一文だけ。


シロに名前をつけた。セレーヌ様と一緒に会いに行った。また根域へ行く時は、帰ってから一緒に行こう。


書いてから、一文ではなかったと気づいたが、まあいいかと思った。エランに読んでほしいことは、全部入っていた。


カトの返事と合わせて、翌日の北向きの便に乗せた。


◆ ◆ ◆

夕方、ナヤが来た。今日は珍しく、エダ老婆と一緒ではなく、一人で来た。正門の前でいつものように少し迷い、それから入ってきた。


「一人で来たんだ」アルテは驚いて言った。


「エダばあさんが、一人で行けって言った」ナヤは素っ気なく言った。「もう慣れたろ、って」


「慣れた?」


「慣れた」ナヤは短く言った。その言い方に、誇りに近い何かがあった。


今日のナヤは薬草園ではなく、神殿の中庭に行きたいと言った。珍しいことだった。中庭に入るのは、いつも少し遠慮がちだったから。


二人で中庭の石畳に並んで座った。春の夕陽が回廊の柱の影を長く伸ばしていた。光芒妖精が三体、尖塔のまわりをゆっくり旋回している。ナヤはその動きを目で追いながら、しばらく何も言わなかった。


「光芒妖精」やがてナヤが言った。「あの三体、いつも同じ動き」


「そう。あの子たちは、この神殿をずっと見ている」


「飽きないの?」


「飽きないんだと思う。精霊は——好きな場所に、ずっといられる」


ナヤはそれを聞いて、少し黙った。それからぽつりと言った。「うらやましい」


アルテは少し驚いて、ナヤを見た。ナヤは尖塔の方を向いたままだった。


「好きな場所に、ずっといられることが?」


「うん。——わたし、難民区があと何年あるか分からない。いつかここを出ていかないといけないかもしれない。どこへ行けばいいか、分からない」


その言葉は静かだったが、重かった。アルテはすぐには答えなかった。


「ナヤ」アルテはゆっくりと言った。「精霊たちは、好きな場所にずっといられるけど——精霊使いは、そうじゃない。わたしも、いつかここを出ることがあるかもしれない」


「アルテも?」


「うん。大陸共有化案という話もあったし、いつかどこかへ行くことを求められる時が来るかもしれない。——でも、帰る場所があれば、どこへ行っても戻れる」


「帰る場所」ナヤは繰り返した。


「ナヤにとって、ここはどう?」アルテは尋ねた。「難民区じゃなくて、この街全体。水都が」


ナヤはしばらく考えた。長い間、石畳を見ていた。


「……嫌いじゃない」ナヤはやがて言った。「精霊がいっぱいいる。根守りが返事をくれる。炉端妖精が夜来る。——名前を覚えてから、この街が前と違う見え方をしてる」


「それは、帰る場所になりかけてる、ってことかもしれない」


ナヤは返事をしなかった。ただ、また尖塔の光芒妖精を目で追い始めた。その横顔が、来た時より少しだけ穏やかだった。


◆ ◆ ◆

ナヤが帰る時、中庭の出口でソルテとすれ違った。ソルテはナヤを見て、小さく頷いた。ナヤも頷いた。二人はそれだけで、また別々の方向へ歩き出した。


アルテはそれを見ていた。言葉がなくても、挨拶が成立していた。精霊の気配を感じる者同士の、独特の距離感だった。


ソルテがアルテの隣に来た。


「ナヤ、今日は一人で来た」


「うん。慣れたって言ってた」


「うん」ソルテは短く言った。「気配が、前より落ち着いてる。この街に、なじんできた」


「そう感じてた?」


「うん。——根守りが、ナヤを覚えた。最近」


「根守りが?」


「何度も呼ぶと、覚える。ナヤは毎日呼んでるから」ソルテは薬草園の方を向いた。「根守りが誰かを覚えるのは、珍しい。その場所に根を張ってる、って意味だから」


アルテはその言葉の意味を、ゆっくりと受け取った。根守りがナヤを覚えた。この街の土が、ナヤを覚えた。それは、ナヤがここに帰る場所を作り始めている、ということだった。


夜、アルテは手記を開いた。


「エランから手紙が来た。師匠に茶を出してもらったと書いてあった。それが師匠の言葉だ、とエランは言っていた。言葉にならない言葉が、ちゃんと届いている。


ナヤが、根守りに覚えてもらったとソルテが言った。根守りが誰かを覚えるのは、その場所に根を張ってる、という意味だと。ナヤはまだ、帰る場所という言葉を自分に使えていない。でも、土はもう覚えている。土の方が、先に知っていた」


炉端妖精がいつものように現れた。今夜の妖精はいつもより早く来て、アルテが手記を書き終わる前からそこにいた。アルテはその揺らぎを見ながら、囁いた。


「おやすみ。——エランが夏の終わりに帰ってくる。楽しみにしてていいよね」


妖精はひとめぐりして、暖炉の奥へ消えた。春の夜がゆっくりと更けていった。

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