水の儀式
光誕祭から三日後、水の儀式が行われた。
水の儀式は、ゲルアラント王国の成人の祝いだった。十五歳になった者が、光の大神殿の聖泉の前で祝福を受ける。聖女がいる場合、聖女が祝福を授ける役を担う。
つまり、アルテが祝福を受ける側でありながら、同時に祝福を授ける側でもある。
「変な感じですね」と、前日の夜、アルテはロアン神官に言った。
「変な感じ、というのは」
「自分が祝福を受ける儀式で、自分が祝福する側になるのが」
ロアン神官は、少し考えた。
「聖女の水の儀式は、代々そういうものです」とロアン神官は言った。「聖女は、誰かに祝福してもらうのではなく——精霊との絆の中で、自ら成人することを選ぶ。その象徴として、聖泉の前で宣言する形を取ります」
「宣言?」
「何を宣言するかは、あなたが決めることです」
◆ ◆ ◆
儀式の朝、アルテは早く目が覚めた。
光誕祭の朝と同じように、体が覚えていた。でも今日は、光誕祭とは違う静けさがあった。
水の儀式は、神殿の者だけで行う、小さな儀式だった。大勢の市民が集まる光誕祭とは違う。セレーヌ大神官、ロアン神官、そしてミラ、エラン、ソルテ。それだけだった。
「小さな儀式の方がいいですか、大きな方がいいですか」とセレーヌ大神官が事前に聞いてくれていた。
「小さい方」とアルテは即答した。「大切な人だけで」
◆ ◆ ◆
内陣の聖泉の前に、六人が集まった。
聖泉は、今日もいつもと同じように、静かに湧いていた。透明な水が、石の縁から溢れて、細い水路を伝って流れていく。光の大神殿が建てられる前から、この水は湧き続けていたという。
アルテは、聖泉の前に立った。
精霊たちが、聖泉の周りに集まっていた。光誕祭の名残なのか、それとも今日という日を感じているのか——いつもより多かった。水面に、光の粒が映っていた。
セレーヌ大神官が、アルテの前に立った。
「アルテミア」と、フルネームで呼んだ。
「はい」
「今日、あなたはこの国の成人を迎えます。聖泉の前で、あなた自身の言葉を、語ってください」
◆ ◆ ◆
アルテは、聖泉を見た。
水面に、自分の顔が映っていた。白衣を着た、十五歳の自分。その周りに、光精霊たちが揺れていた。
何を言おうか、前の夜に少し考えていた。でも、言葉を用意してくると、本当のことが言えなくなる気がして、やめた。
だから、今、思うことを、言うことにした。
「わたしは」とアルテは言った。「アルテミアとして、この街に生まれました。光の精霊に選ばれて、聖女と呼ばれるようになりました。でも——ずっと、ただのアルテでもありました」
少し間を置いた。
「十五歳になって、成人します。これから、もっと多くのことを引き受けることになるかもしれません。外の世界が、この街に来るようになっています。それが、怖くないとは言えません」
精霊たちが、静かに揺れていた。
「でも——わたしは、ここにいます。この街にいます。精霊たちと一緒に、頼むのではなく、一緒に。それが、わたしの選んだ場所です」
◆ ◆ ◆
アルテは、聖泉の水に、手を伸ばした。
水は、冷たかった。でも、柔らかかった。何百年も湧き続けてきた水だった。
「精霊たちに」とアルテは言った。「ありがとうを言いたいです。選んでくれたことに。一緒にいてくれたことに。これからも——一緒にいてください。頼むのではなく、一緒に」
精霊たちが、一斉に動いた。
聖泉の水面に、光が溢れた。水から光が滲み出るように、波紋が広がった。光精霊たちが、水の中にも、水の上にも、アルテの周りにも——どこにでもいた。
アルテは、目を閉じた。
温かかった。
◆ ◆ ◆
しばらくして、光が収まった。
アルテは目を開けた。聖泉は、また静かに湧いていた。精霊たちは、いつもの場所にいた。何も変わっていなかった。でも——何かが、変わっていた気がした。
セレーヌ大神官が、アルテの前に立った。
「アルテミア」とセレーヌ大神官は言った。「成人、おめでとうございます」
ロアン神官が、深く頭を下げた。
ミラが、「おめでとう」と言った。声が少し震えていた。
エランが、「おめでとうございます」と言った。いつもより柔らかい声だった。
ソルテが、「精霊たちが、今日は一番丸い気配です」と言った。
アルテは、一人ひとりの顔を見た。
この人たちがいる、と思った。この街がある、と思った。それだけで——十分だと思った。
◆ ◆ ◆
儀式の後、六人で中庭に出た。
春の日が、薬草園を照らしていた。柳の若葉が風に揺れていた。どこかで鳥が鳴いていた。
「お腹空いた」とミラが言った。儀式の厳かな雰囲気が、その一言で、ふわりと解けた。
エランが「不謹慎です」と言った。
「お腹空くのは仕方ないじゃない」とミラは言った。「早起きしたんだから」
ソルテが「わたしも」と言った。珍しく、そういうことを言った。
ロアン神官が、少し口元を緩めた。
「食堂に行きましょう」とセレーヌ大神官が言った。「今日は、少し特別なものを用意してあります」
「特別なもの?」
「成人のお祝いですから」
六人で、食堂に向かった。廊下に春の光が差し込んでいた。精霊たちが、その光の中で、ゆったりと揺れていた。
◆ ◆ ◆
食堂には、いつもより豪華な朝食が並んでいた。
神殿の料理人が腕を振るったらしく、焼きたてのパンに、果物に、蜂蜜、それから南方の香辛料を使ったスープ。ミラが目を輝かせた。
「すごい」
「成人の日に食べるものだそうです」とセレーヌ大神官は言った。「古くからの習わしで」
全員が席についた。
アルテは、一瞬、この景色を覚えようとした。セレーヌ大神官、ロアン神官、ミラ、エラン、ソルテ。春の光の中の、食堂。
三年前の自分には、想像できなかった景色だった。
「いただきます」と言った。みんなで、同じ言葉を言った。
◆ ◆ ◆
食事の後、ミラがアルテに言った。
「さっき、聖泉の前で言った言葉——聞こえてたよ」
「うん、聞こえるように言ったから」
「『ただのアルテでもありました』って言った部分、よかった」
「よかった?」
「うん」とミラは言った。「大神官様の前で、みんなの前で、『ただのアルテ』って言えた。それが、アルテらしくて、よかった」
アルテは、少し笑った。
「ただのアルテは、これからも続くよ」
「知ってる」とミラは言った。「だから、いいんだよ」
◆ ◆ ◆
夜、アルテは紙に書いた。
水の儀式が終わった。聖泉の前で、自分の言葉を言った。「ただのアルテでもありました」と言った。「精霊たちと、頼むのではなく、一緒に」と言った。精霊たちが、水から光を溢れさせた。温かかった。ミラが「よかった」と言ってくれた。セレーヌ様が「成人、おめでとう」と言ってくれた。ロアン先生が頭を下げてくれた。エランが柔らかい声で言ってくれた。ソルテが「一番丸い気配」と言ってくれた。これだけの人たちが、傍にいる。それが、十五歳の始まりだった。
暖炉の炎が揺れていた。
「おやすみ」と言った。今夜は、いつもより長く、その言葉を持っていた。
炎がふわりと揺れた。精霊たちが、静かに光った。
水都の夜が深くなった。聖泉は今夜も、静かに湧き続けているだろう。何百年も、ずっとそうしてきたように。
アルテは、目を閉じた。成人の最初の夜が、静かに流れていった。




