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光誕祭、四度目

光誕祭の前夜、アルテは眠れなかった。


眠れなかったのは、不安からではなかった。部屋の中が、いつもより静かだったからかもしれない。精霊たちは傍にいた。炉端妖精も、炎の中にいた。でも、何もかもが息を詰めているような、そういう静けさだった。


明日は、成人として初めて臨む光誕祭だった。


そして——フレンツが、王として来る。


アルテは、布団の中で天井を見ていた。四年前の最初の光誕祭を思い出した。礼装が重くて、祈りの言葉を覚えているか不安で、精霊たちに頼んだら応えてくれた。三年前は去年より落ち着いていた。二年前は声で祈れた。去年は——去年は、一人で決意を持って立てた。


今年は、どうなるだろう。


「わからないね」と、精霊たちに話しかけた。精霊たちは、静かに揺れていた。


◆ ◆ ◆

夜明け前に起きた。


成人の聖女の礼装は、見習い時代のものとは違った。白衣の質が違い、金の刺繍の量が違い、帯の幅が違った。同じ白でも、重さが違った。


着替えながら、アルテは思った。


重さが、変わった気がする。十二歳の時は、この重さが怖かった。今は——同じだけ重いが、怖くない。


鏡を見た。


十五歳の自分がいた。三年前の自分と、同じ白衣を着ていた。でも、顔が違った。何が違うかはうまく言えないが、確かに違った。


「行こう」と精霊たちに言った。


◆ ◆ ◆

本堂に入ると、今年はすでに何人かの神官が準備をしていた。


成人の聖女が初めて臨む光誕祭は、神殿としても特別な意味を持つ、とセレーヌ大神官が言っていた。準備の規模が、去年より大きかった。


アルテは、祭壇の前に膝をついた。


大薔薇窓は、まだ暗かった。夜の青の中に、薔薇色のガラスが沈んでいた。もうじき、光が来る。


目を閉じた。


精霊たちが、集まってきた。今年はいつもより、多い気がした。光誕祭のたびに増えていく気がするが、今年は特に多かった。見知らぬ精霊も、いた。どこから来たのかわからない、でも敵意のない気配が、本堂に満ちていた。


——今日も、よろしくね。


精霊たちが、近づいてきた。


◆ ◆ ◆

夜が明けた。


大薔薇窓に、光が差し込んだ。


薔薇色が広がり、金が混じり、本堂の白大理石が染まっていく。アルテは、その光の中に立っていた。


今年は——光がいつもと違った。


差し込む光の量は、同じはずだった。窓も同じ、朝の時間も同じ。でも、光の質が違う気がした。柔らかくて、深くて、遠くまで届くような光だった。


精霊たちが、その光に溶け込んでいた。


アルテは、目を閉じた。精霊たちを感じた。光誕祭のたびに感じる「境界が薄くなる感覚」が、今年は最初から近かった。まるで精霊たちが、もう最初から一緒にいるような。


あ、と思った。


これが——「共鳴」に近いものなのかもしれない、と。


◆ ◆ ◆

式典が始まった。


本堂の扉が開かれ、市民が入ってきた。今年は例年より多かった。外から来た人々も、今年は多く混じっていた。ランテ王国の使節ガレンの姿も、後ろの方に見えた。


そして——正面の来賓席に、フレンツが座っていた。


深緑の正装で、側近を両脇に従えて、背筋を伸ばして座っていた。王として、そこにいた。


でも目が合った時、その目は——ただのフレンツの目だった。


アルテは、少し、うなずいた。フレンツも、うなずいた。それだけだった。


◆ ◆ ◆

ロアン神官の詠唱が始まった。


神官たちの声が続いた。本堂が、祈りで満ちていった。光精霊たちが、いつもより活発に動いた。


アルテは、祭壇の隣に立った。セレーヌ大神官が傍にいた。


詠唱が高まっていく。光が増していく。精霊たちが集まってくる。


アルテは、目を閉じた。


精霊たちに向かって——今年は、お願いではなかった。


——一緒に、やろう。


そう思った。頼むのではなく、一緒に。


精霊たちが応えた。今年の感覚は、去年までとは、確かに違った。力が流れ込んでくるのではなく——二つのものが、ひとつになる感覚だった。


アルテは、両手を広げた。


光が、溢れた。


◆ ◆ ◆

後で、ミラが言った。


「本堂の外まで届いた」


「外まで?」


「石段の下にいた人たちが、急に空を見上げてた。光が、窓から溢れてきたって言ってた。運河まで届いたって言う人もいた」


アルテには、その間の記憶がはっきりしなかった。光の中にいたが、どのくらいの時間だったかわからなかった。ただ、温かかったことは、覚えていた。


「どんな感じだった?」とミラが聞いた。


「一緒にいる感じだった」とアルテは言った。「精霊たちと。頼んだんじゃなくて、一緒に」


ミラは、少し考えてから、「それが成人ってことかな」と言った。


アルテは、うまく答えられなかった。でも、それは間違っていない気がした。


◆ ◆ ◆

式典の後、石段で、フレンツが待っていた。


正式な参列だったから、側近も一緒にいた。でも、石段の端で、少し離れた場所に立っていた。アルテが来るのを、待っていた。


「アルテさん」


「フレンツさん」


側近が少し表情を変えたが、何も言わなかった。


「今年の光は」とフレンツは言った。「去年までとは、違いました」


「どう違いましたか」


フレンツは、少し考えた。


「去年までは——眩しかった。今年は——温かかった」


アルテは、その言葉を聞いて、少し目が熱くなった。眩しさから温かさへ。ミラも、ロアン神官も、同じことを言っていた。でも、フレンツの口から聞くと、特別な重さがあった。


「ありがとうございます」とアルテは言った。


「礼を言うのはこちらです」とフレンツは言った。「来られてよかった」


◆ ◆ ◆

「来年も」とアルテは言った。「来ますか」


フレンツは、少し笑った。


「来ます」と言った。今年は、迷わなかった。「来年も、その次も」


「王として?」


「王として。でも——できれば、また、少し工夫して」


アルテは、笑った。


側近が「陛下、そろそろ」と言った。フレンツは、うなずいた。


「アルテさん」


「はい」


「成人、おめでとうございます」


アルテは、少し、驚いた。誰もが「おめでとう」と言ってくれたが、フレンツの口からその言葉を聞くのは、特別だった。誕生日の夜に、鐘楼から手を振り合った時から、ずっと言いたかったのかもしれなかった。


「ありがとうございます」とアルテは言った。「来てくれて、ありがとうございます」


フレンツは、もう一度、うなずいた。それから、石段を下りていった。


◆ ◆ ◆

アルテは、その背中が見えなくなるまで、石段の上から見ていた。


ミラが、隣に来た。


「フレンツさん、かっこよかった」とミラは言った。「正装姿、初めて見た。王様だった」


「王様だよ」とアルテは言った。「でも、やっぱりフレンツさんだった」


ミラは、少し笑った。


「それでいいんだね」


「それでいい」


エランが来て、「今年の光誕祭は、記録に残る規模でした」と言った。「外の来賓の数も、例年の三倍以上です」


「それは——これから、もっと増えるってこと?」とアルテは聞いた。


「おそらく」とエランは言った。「でも——それを考えるのは、わたしの仕事です」


「ありがとう、エラン」


エランは、少し照れた顔をして、前を向いた。


◆ ◆ ◆

ソルテが、静かに近づいてきた。


「アルテ先輩」


「うん」


「今年の精霊たちは、式典が終わった後も、まだ本堂にいます」とソルテは言った。「帰らないで、揺れています」


「帰らないの?」


「なんか、名残惜しそうです」とソルテは言った。「今日が、特別だったんだと思います」


アルテは、本堂の方を見た。扉は開いたままで、市民がまだ出入りしていた。その中に、確かに、光の粒がいくつか残っているのが見えた気がした。


「後で、会いに行く」とアルテは言った。「ありがとうって、言いに」


ソルテは、静かに頷いた。


◆ ◆ ◆

夜、アルテは本堂に戻った。


日が落ちて、式典の人々は帰っていた。神官たちが片付けをしていた。本堂は、朝より静かだったが、まだ何かの気配が残っていた。


大薔薇窓は、今は暗かった。昼間の光は消えていたが、窓のガラスが、ろうそくの光を受けて、かすかに色づいていた。


アルテは、祭壇の前に立った。


光精霊たちが、まだそこにいた。ソルテが言った通り、名残惜しそうに揺れていた。


「今日、ありがとう」とアルテは言った。「一緒にやってくれて」


精霊たちは、答えなかった。ただ、少し、近づいてきた。


アルテは、手を伸ばした。触れることはできない。でも、近くに感じた。


「これからも」とアルテは言った。「一緒にいてね。頼むんじゃなくて、一緒に」


精霊たちが、ゆっくりと揺れた。


それが、答えだと思った。


◆ ◆ ◆

部屋に戻って、暖炉の前に座った。


炎が揺れていた。今夜は、いつもより長く炎を見ていた。


あの紙の束を出した。四年分の記録。最初の一枚から、今日の一枚まで。これだけのことがあった。


新しい紙に、書いた。


四度目の光誕祭。成人として、初めて。精霊たちと「一緒にやろう」と思ったら、去年までと違う感覚だった。光が本堂の外まで届いたらしい。フレンツさんが「温かかった」と言ってくれた。眩しさから温かさへ。それが、三年分の変化だと思う。エランが「外の来賓が例年の三倍」と言っていた。これから、もっとこの街に人が来るかもしれない。怖いけど——今日の光があれば、大丈夫な気がする。精霊たちが「一緒にいる」から。


書き終えた。


「おやすみ」と言った。


炎がふわりと揺れた。精霊たちが、静かに光った。今夜は長く、揺れていた。


水都の夜が深くなった。今日という日が、少しずつ、遠くなっていった。でも、忘れないと思った。十五歳の、最初の光誕祭。精霊と「一緒に」やった日。


アルテは、目を閉じた。



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