使節の目
その来訪者たちは、夏の大祭の少し前に、神殿の門前に現れた。
四人の一行だった。質のいい布の旅装、馬車には見たことのない紋章が描かれていた。先頭の男性が、神官に何かを告げると、すぐに大神官室への取り次ぎが行われた。
アルテは、講義の合間にその様子を見かけた。ミラが小声で言った。
「あれ、誰だろう。すごく身なりがいい」
「商人かな」
「商人にしては、なんか——格式張ってる」
その日の午後、アルテはセレーヌ大神官に呼ばれた。
◆ ◆ ◆
「ランテ王国からの使節です」とセレーヌ大神官は言った。
アルテは、その名前を覚えていた。図書庫で読んだ大陸の地図にあった。一神教光明派の大国。七か国戦争に参加している国のひとつ。
「戦争をしている国の、使節ですか」とアルテは聞いた。
「そうです」セレーヌ大神官は、静かに言った。「正式な外交目的ではないと、彼らは言っています。巡礼者として、光誕祭——いえ、今回は別の機会に、この神殿を訪れたいということでした」
「別の機会、というのは」
「あなたに、会いたいそうです」
アルテは、少し緊張した。
◆ ◆ ◆
大神官室で、アルテはランテ王国の使節と対面した。
先頭の男性は、四十代くらいの落ち着いた人物だった。名はガレンと名乗った。光明派の高位聖職者であり、王の使者でもあるという。
「聖女アルテミア様」とガレンは言った。深く頭を下げた。「お会いできて光栄です」
アルテは、少し戸惑いながら、頭を下げ返した。
「なぜ、わたしに会いに来られたんですか」
ガレンは、少し微笑んだ。
「噂を、聞いておりました」と言った。「南の辺境に、光の精霊と深く結ばれた聖女がいる、と。光明派の中でも、その噂は——ある種の、希望として語られています」
「希望?」
「戦争が長く続いています」ガレンは、静かに言った。「正統派、浄化派、刷新派——一神教の宗派同士が争う中で、光明派は、精霊との共存を説いてきました。でも、その正しさを、戦場で証明することは難しい。剣と剣のぶつかり合いの中で、教義の正しさは、なかなか届きません」
◆ ◆◆
アルテは、その言葉を、慎重に聞いていた。
「あなたの存在は」とガレンは続けた。「精霊との共存が、間違いではないことの——ひとつの証だと思っています」
「わたしは」とアルテは言った。「証明のために、ここにいるわけではありません」
ガレンは、少し驚いたような顔をした。
「もちろんです」とガレンは言った。「失礼な言い方をしました。申し訳ありません」
アルテは、セレーヌ大神官を見た。セレーヌ大神官は、静かに頷いた。続けていい、という合図だった。
「わたしは」とアルテは、もう一度言った。「ここで、この街の人たちのために、精霊と一緒に生きています。それが、誰かの希望になるなら、嬉しいです。でも——わたしを、何かの『証拠』として扱われるのは、少し違う気がします」
◆ ◆◆
ガレンは、しばらく、アルテを見ていた。
それから、深く頷いた。
「おっしゃる通りです」とガレンは言った。「わたしの言い方が、軽率でした」
「いいえ」とアルテは言った。「来てくれたことには、感謝します。ただ——わたしの存在を、戦争の道具にしないでほしいです」
部屋に、少しの沈黙が落ちた。
ガレンは、少し考えてから、言った。
「約束します」と言った。「光明派が、あなたを政治的に利用することは、わたしの立場で、できる限り防ぎます」
「できる限り、ですか」
「正直に言えば」ガレンは言った。「わたし一人の力では、すべてを止められません。あなたの存在は、すでにある程度、噂として広がっています。光明派の中にも、あなたを大義名分として使いたいと考える者がいるかもしれません」
アルテは、少し息を呑んだ。
◆ ◆◆
「だから」とガレンは続けた。「今日、わたしがここに来た理由のひとつは——あなた自身の言葉を、直接聞いておきたかったからです。噂ではなく、あなた自身の口から」
「わたしの言葉?」
「あなたが、どんな人間で、何を望んでいるか」ガレンは言った。「それを知っていれば、もし誰かがあなたを利用しようとした時、わたしは——間違った形でそれが行われないよう、力を尽くせます」
アルテは、その言葉を、ゆっくりと受け取った。
「……ありがとうございます」とアルテは言った。
「お礼を言われることでは」ガレンは、少し微笑んだ。「むしろ、わたしの方が、感謝しています。あなたが、はっきり意志を伝えてくれたことに」
◆ ◆◆
使節たちが帰った後、セレーヌ大神官は、アルテに言った。
「よく言いました」
「……あんな言い方で、よかったんですか」とアルテは聞いた。「もっと、丁寧に言うべきだったかもしれません」
「丁寧さより」とセレーヌ大神官は言った。「正直さが、必要な場面でした。あなたは、それができました」
「不安です」とアルテは言った。「これから、もっと——いろんな国の人が、わたしに会いに来るんですか」
セレーヌ大神官は、少し間を置いた。
「来るかもしれません」と、正直に言った。「あなたが、十五歳の成人を迎える頃には、もっと増えるかもしれない」
アルテは、少し息を吐いた。
「怖いです」
「怖くて、いいんです」セレーヌ大神官は言った。「怖さを感じないことの方が、危険です。ただ——あなたは今日、怖がりながらも、自分の言葉で話せました。それが、何より大切なことです」
◆ ◆◆
夕方、アルテはエランを見つけて、今日のことを話した。
エランは、真剣な顔で聞いていた。
「ランテ王国」とエランは言った。「光明派の大国です。記録によると、戦争には消極的に参加させられている、という見方もあります」
「そうなの?」
「正統派との対立で、巻き込まれた側面が強いようです」エランは言った。「ガレンという人物が、王の使者として来たということは——王宮の中でも、信頼されている人物なのでしょう」
「エラン、もう調べたの?」
「少しだけ」とエランは言った。「あなたが、こういう人々と会うようになるなら——わたしも、もっと知っておく必要があります」
アルテは、少し笑った。
「ありがとう」
「お礼を言われることでは」とエランは、ガレンと同じような言い方で言った。アルテは、それに気づいて、また笑った。
◆ ◆◆
夜、アルテは紙に書いた。
ランテ王国から使節が来た。ガレンという人。わたしの存在が、戦争の中で「希望」として語られていることを知った。怖かった。でも「証拠にされたくない」と言えた。セレーヌ様は、それでよかったと言ってくれた。これから、もっといろんな国の人が来るかもしれない。怖い。でも、今日、自分の言葉で話せたことは、忘れないでいたい。
暖炉の炎が揺れていた。
「今日は、緊張する一日だった」とアルテは言った。
炎が、少し小さく揺れた。慰めるような揺れ方だった。
「おやすみ」と言った。
炎がふわりと揺れた。精霊たちが、静かに光った。
水都の夜が深くなった。今夜は、運河の音が、いつもより遠くに聞こえる気がした。




