冬の終わりに、また
祝福祭から数日、アルテは言われた通り、ゆっくり過ごした。
講義を休み、医療棟の手伝いも控えた。ミラが代わりに様子を伝えに来てくれて、エランは「休んでいる間に進んだ講義の内容」をまとめた紙を、毎日こっそり部屋の前に置いていった。アルテはそれを見て、エランらしいと思って笑った。
四日目の朝、アルテは久しぶりに礫拝に出た。
ミラが嬉しそうに駆けてきた。
「もう大丈夫?」
「うん。もう平気」とアルテは言った。「ありがとう、いろいろ」
「エランの紙、見た?」
「見た。すごく丁寧だった」
「あれ、毎日書いてたんだよ。律儀すぎるよね」とミラは笑った。
◆◆◆
その日の午後、雪が降った。
水都アルテミアでは、雪が降ることは滅多にない。降っても、すぐに溶けてしまう、ほんの少しの雪だった。それでも、街の人々は喜んで外に出た。子どもたちが、運河沿いで雪を見上げていた。
アルテは、ミラと一緒に、鐘楼に上った。
鐘楼の窓から、雪が降る街を見た。白い粒が、ゆっくりと運河の水面に落ちて、消えていく。光精霊たちが、その雪の中で、楽しそうに揺れていた。
「めずらしいね、雪」とミラが言った。
「年に一回あるかないか、くらいだよね」
「去年は降らなかった」
「うん」とアルテは言った。「今年は、降った」
◆◆◆
二人は、しばらく雪を見ていた。
「アルテ」とミラが言った。「この一年、いろんなことあったね」
「うん」
「ベルトさんと会って、エランと喧嘩して、ソルテが教えてくれて——祝福祭も、去年と全然違った」
アルテは、頷いた。
「フレンツさんにも、二回会えた」
「そうだね」とミラは言った。「来年は、どうなるんだろう」
「わからない」とアルテは言った。「でも——」
アルテは、窓の外の雪を見た。
「どうなっても、ミラがいてくれるなら、大丈夫な気がする」
ミラは、少し驚いたような顔をして、それから、にっこりした。
「わたしも、そう思う」
◆◆◆
夕方、雪は止んだ。
運河は、雪の名残で少し白く縁取られていたが、すぐに元の景色に戻っていくだろう。アルテは、ミラと一緒に鐘楼を下りた。
回廊で、エランとソルテが待っていた。
「雪、見ましたか」とエランが言った。
「見た」とアルテは言った。「鐘楼から」
「わたしも見ました」とソルテが言った。「精霊たちが、雪に触れようとしてました。妖精も」
「触れられるの?」
「触れられないと思います。でも、近づこうとしてました。楽しそうに」
四人は、しばらく回廊で雪のことを話した。たいした話ではなかった。どんな形だったか、どのくらい降ったか、来年も降るだろうか。それだけの話だった。
でも、アルテは、その時間が、とても大切だと感じた。
◆◆◆
夜、アルテは久しぶりに、歴代聖女の記録を開いた。
三代目の聖女の章は、もう読み終わっていた。四代目の章に入っていた。四代目の聖女は、文章が少し気まぐれで、日記のような書き方をしていた。
ある一節が、目に入った。
今年も雪が降った。三年連続だ。神官たちは「珍しい」と言うが、わたしにとっては、もう三回目の冬になる。一年経つごとに、何かが変わる。去年できなかったことが、今年はできる。去年わからなかったことが、今年は少しわかる。それの積み重ねが、聖女としての時間なのかもしれない。来年の冬、わたしはどうなっているだろう。それを知るのは、来年のわたしだけだ。
アルテは、本を閉じた。
来年のアルテは、どうなっているだろう。
十四歳になる。第三章が、始まる。何が起こるかは、まだわからない。でも——今年一年で起こったことを思えば、来年も、きっと何かが変わるのだろう。
それは、怖いことではなかった。
◆◆◆
暖炉の前に座った。炎が揺れていた。
精霊たちの気配は、すっかり丸くなっていた。あの異変のことは、まだ解決していない。黒の根域のことも、まだ続いている。でも、今夜は、それを背負っているという感覚ではなかった。
「今年も、ありがとう」とアルテは言った。
炎が、ふわりと揺れた。
アルテは、あの紙を出した。一年分の紙が、少し厚くなっていた。最初に書いた日のことを思い出した。難民の女の子と出会った日。あれから、ずいぶん時間が経った。
今日は、何を書こうか、しばらく考えた。
十三歳の冬が終わる。雪が降った。ミラと一緒に見た。エランがこっそり紙を置いていってくれた。ソルテが、雪に近づく精霊たちのことを教えてくれた。一年前のわたしは、まだ何も知らなかった。今のわたしは、少しだけ知っている。来年は、もっと知るのかもしれない。それが、怖いことじゃなくて、楽しみなことだと思える。それが、一番嬉しい変化だと思う。
書き終えて、紙を閉じた。
「おやすみ」と言った。
炎がふわりと揺れた。精霊たちが、静かに光った。
水都の夜が深くなった。雪の名残が、まだ運河の縁に少し残っていた。明日には、きっと溶けているだろう。
でも、今夜のこの景色を、アルテは覚えていようと思った。




