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ソルテの告白

その日の夜、アルテは部屋の扉を叩く音で目を覚ました。


夜更けだった。消灯の鐘からもう一刻以上経っている。アルテは寝台から起き上がって、扉を開けた。


ソルテが立っていた。


夜着のまま、ろうそくも持たずに。暗がりの中で、いつもより顔色が白く見えた。


「ソルテ?」とアルテは小声で言った。「どうしたの、こんな時間に」


「……眠れなくて」とソルテは言った。「アルテ先輩に、聞いてほしいことがあって」


アルテは少し驚いたが、扉を大きく開けた。


「入って」


◆ ◆ ◆

二人は暖炉の前に並んで座った。


炎が、消える前の小さな灯りで揺れていた。光精霊たちが、いつもより静かだった。アルテは少し、その静かさが気になった。


「何があったの」とアルテは聞いた。


ソルテは、しばらく黙っていた。膝の上で両手を握っていた。


「……アルテ先輩の精霊たちが、最近、少し変です」とソルテは言った。


アルテは精霊たちを見た。いつもと同じように見えた。


「変って、どんな風に?」


「気配が」とソルテは言葉を選びながら言った。「いつもは、丸い感じです。落ち着いていて、機嫌がいいと丸くなる。今日は——少し、とがってる気がします」


「とがってる」


「怒っているわけではないと思います。でも、何かを警戒しているような感じ」


アルテは精霊たちをもう一度見た。確かに、よく見ると、いつもより光が小さく、固まっているように見えた。


◆ ◆ ◆

「いつから?」とアルテは聞いた。


「三日前くらいから」とソルテは言った。「最初は気のせいかと思いました。でも今日、薬草園で葉陰妖精を見ていたら、妖精たちも同じように、少し落ち着かない感じでした」


「妖精も?」


「はい」ソルテは頷いた。「精霊だけじゃなくて、妖精も。何かが、変わってきている気がします」


アルテは、第七話で聞いた冒険者の言葉を思い出した。エヴァの森の奥から、変な気配がする。普段いない種類の何かが、奥からこっちに来ようとしている感じ。


黒の根域。


「ソルテ」とアルテは言った。「黒の根域って知ってる?」


ソルテは少し止まった。


「……名前だけ。深迷宮の」


「最近、難易度が変わってるって、神殿の会議で話してたのを聞いた。何かが、内部で動き始めてるって」


ソルテは、しばらく考えていた。


「もしかしたら」とソルテは言った。「その『何か』の気配が、ここまで届いているのかもしれません」


◆ ◆ ◆

アルテは、自分の精霊たちをもう一度見た。


そっと、話しかけてみた。言葉ではなく、感覚で。


——何か、気になることがあるの?


精霊たちは、すぐには答えなかった。


少しして、ひとつの精霊が、わずかに動いた。光が、いつもと違う方向を向いた。


北の方向。


正確には、神殿の奥——図書庫よりも、もっと奥。神殿の地下、あるいはその先。


「ソルテ」とアルテは言った。「精霊が、何か方向を示してる気がする」


ソルテは、その方向を見た。


「……わたしも、何か感じます」と小さく言った。「あの方向から、ずっと——小さい音みたいなものが聞こえてくる感じがします」


「音?」


「音じゃないかもしれません。うまく言えない」ソルテは少し、自分の腕を抱いた。「ただ、何かが——呼んでいるような」


アルテは、少し背筋が冷たくなった。


◆ ◆ ◆

「呼んでいる、っていうのは」とアルテは聞いた。「ソルテを?」


「わかりません」ソルテは言った。「わたしは、ただ感じるだけで——使役はできないので」


「じゃあ、誰を」


ソルテは、アルテを見た。


「……アルテ先輩、かもしれません」


アルテは、何も言えなかった。


精霊たちが、その時、一斉に少し動いた。いつもより固まって、アルテの周りに集まってきた。守るような、囲むような動きだった。


「精霊たちが」とソルテは言った。「先輩を、何かから守ろうとしているように見えます」


◆ ◆ ◆

アルテは、深呼吸をした。怖くないわけではなかった。でも、パニックになるべきことではないと思った。


「ソルテ」とアルテは言った。「明日、このことをロアン先生かセレーヌ様に話そう」


「……はい」ソルテは、ほっとしたような顔をした。「一人で考えてると、怖くて」


「一人で持っておかなくていいよ」とアルテは言った。「教えてくれてありがとう」


ソルテは、少し目を細めた。いつもの、表情の薄い顔から、少しだけ柔らかくなった。


「アルテ先輩に話せて、よかったです」


「いつでも来てね。夜中でも」


「……はい」


◆ ◆◆

ソルテが部屋に戻った後、アルテは一人で暖炉の前に座っていた。


炎が小さく揺れていた。


精霊たちは、まだ少し、固まっているように見えた。アルテはそっと、手を伸ばした。触れることはできない。でも、近くに感じることはできた。


「大丈夫だよ」とアルテは言った。「何があっても、わたしは——」


言葉が、続かなかった。何があっても、何ができるのか。アルテにはまだ、わからなかった。


でも、精霊たちは、アルテのそばにいた。


それだけで、今夜は、少し勇気が出た。


◆ ◆◆

翌朝、アルテは朝の礼拝が終わってすぐ、ロアン神官に声をかけた。


「先生、少しお話できますか」


ロアン神官は、アルテの顔を見て、すぐに何かを察したようだった。


「どうしました」


「精霊たちの様子が、変なんです。それと、ソルテも妖精の様子がおかしいって」


ロアン神官は、少し考えた。それから、静かに言った。


「ついてきなさい。セレーヌ様に話しましょう」


◆ ◆◆

セレーヌ大神官の部屋で、アルテとソルテは、昨夜のことを話した。


セレーヌ大神官は、最後まで静かに聞いていた。それから、長い間、何も言わなかった。窓の外、聖環水路を見ていた。


「……やはり」と、しばらくして言った。


「やはり、というのは」とアルテは聞いた。


セレーヌ大神官は、アルテとソルテを見た。


「黒の根域の異変について、冒険者ギルドからの報告が増えています」とセレーヌ大神官は言った。「内部の構造が変化している。攻略ルートが使えなくなっている。そして——以前はいなかった種類の魔物が、目撃されるようになった」


アルテは、息を止めた。


「精霊たちが感じているものは」とセレーヌ大神官は続けた。「おそらく、その変化に関係しています。何が起きているのか、まだわたしにもわかりません。ただ——」


セレーヌ大神官は、アルテを見た。


「あなたの精霊たちが、あなたを守ろうとしているのは、確かなようです」


◆ ◆◆

「怖がらせるつもりはありません」とセレーヌ大神官は言った。「今はまだ、何も決まったことではない。ただ——心の準備だけ、しておいてほしい」


「準備って、何の準備ですか」とアルテは聞いた。


セレーヌ大神官は、少し微笑んだ。優しい微笑みだったが、どこか遠くを見るような目だった。


「いつか、あなたの光が、この街だけでなく——もっと遠くまで必要とされる日が来るかもしれない、という準備です」


アルテは、その言葉を、すぐには受け止められなかった。


「……まだ、わたしは十三歳です」


「知っています」セレーヌ大神官は言った。「だから、今はまだ、考えなくていい。ただ、忘れないでいてほしい」


アルテは、頷いた。


ソルテが、隣で静かに座っていた。アルテは、ソルテの手を、そっと握った。ソルテは少し驚いた顔をしたが、握り返してきた。


◆ ◆◆

その日の夜、アルテはあの紙に、いつもより長く書いた。


ソルテが、精霊や妖精の異変を教えてくれた。黒の根域で何かが起きているらしい。セレーヌ様は「もっと遠くまで必要とされる日が来るかもしれない」と言った。怖い。でも、精霊たちはわたしを守ろうとしてくれている。それがわかったから、少しだけ、心強い。今はまだ、何も決まっていない。だから今は、いつものように過ごす。それでいいと、セレーヌ様も言った。


暖炉の前に座った。炎が、いつもより小さく揺れていた。


「今夜も、よろしくね」とアルテは言った。精霊たちに、炉端妖精に、すべてに向けて。


炎が、ゆっくりと揺れた。


精霊たちが、少しずつ——いつもの丸い気配に戻っていくのを、アルテは感じた。完全には戻らなかったけれど、少しだけ。


「おやすみ」と言った。


水都の夜が深くなった。今夜は、運河の音が、いつもより静かに聞こえた気がした。



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