光誕祭、二度目
二度目の光誕祭の朝も、同じように始まった。
夜明け前に目が覚め、白衣に着替え、誰もいない本堂で一人、夜明けを待つ。去年と同じ手順、同じ時間。でも去年とは違う気持ちで、アルテはそこに立っていた。
去年は、できるかどうか不安だった。
今年は、不安がないわけではなかったが、違う種類のものだった。去年は「自分が何かをしなければ」という焦りがあった。今年は——精霊たちと一緒に、ここにいるという感覚があった。
祭壇の前に膝をついて、目を閉じた。
精霊たちが集まってくる気配がした。去年より、少し多い気がした。
——今年もよろしくね。
そう伝えた。精霊たちは答えなかった。ただ、近づいてきた。
◆ ◆ ◆
大薔薇窓に光が差し込んだ。
薔薇色と金が、本堂を満たしていく。去年と同じ光景なのに、去年より少し、自分の中に余裕があった。光の美しさを、ただ美しいと感じる時間が、少しだけ長くなった。
式典が始まり、人々が本堂に入ってきた。
アルテは祭壇の隣に立った。セレーヌ大神官が傍にいた。ロアン神官の詠唱が始まった。光精霊たちが集まってきた。
去年と同じ瞬間が来た。
——お願いします。
精霊たちが応えた。今年の感覚は、去年より滑らかだった。境界が薄くなる感覚に、もう驚かなかった。慣れた、というより——信頼が増した、という感覚だった。
光が溢れた。
◆ ◆ ◆
光が収まった時、本堂は静かだった。
去年と同じ静寂。でも今年は、アルテも静かに、その静寂の中にいられた。涙ぐむこともなかった。ただ、満たされた感覚があった。
「ありがとう」という声が、あちこちから上がった。
アルテは目を開けて、本堂を見た。人々の顔が見えた。去年見た顔もあれば、初めて見る顔もあった。後ろの方に、ベルトの姿があった。クレイン修道士の隣に立って、こちらを見ていた。
目が合った。ベルトが、小さく頷いた。
アルテも、小さく頷いた。
◆ ◆ ◆
式典の後、石段でミラとエランが待っていた。
「今年もすごかった」とミラが言った。「去年よりも、なんか——落ち着いてた、気がする」
「落ち着いてた?」
「うん。去年はすごく眩しくて、ちょっと圧倒される感じだったけど、今年は……あったかい感じがした」
エランも頷いた。
「精霊との連携が、去年よりスムーズだったように見えました」とエランは言った。神学的な言い方だったが、言葉の選び方に前より柔らかさがあった。
「ありがとう」とアルテは言った。二人とも、見ていてくれたのだと思うと、嬉しかった。
石段の下から、ベルトが上ってきた。
「アルテ」とベルトは言った。「美しかった」
「ありがとうございます」
「去年見た者から聞いていたが、本物は違うな」ベルトは少し笑った。「来てよかった」
アルテはその言葉を、もう一度聞いた気がした。フレンツが去年言った言葉と、同じだった。
「来てよかった」と言ってもらえることが、こんなに嬉しいことだとは、去年は気づかなかった。
◆ ◆ ◆
夕方、灯籠流しの時間になった。
運河に光灯籠が浮かび始める頃、アルテは橋の上にいた。去年と同じ場所、同じ時間。フレンツとの再会を期待していたわけではなかった。ただ、約束をしていたから、来てくれるかもしれないと思っていた。
橋の反対側に、見覚えのある後ろ姿があった。
茶色の上着——いや、今年は少し違った。同じ茶色だが、布の質が違う気がした。やはり遠目では確信が持てなかった。アルテは橋を渡って近づいた。
「フレンツさん」
声をかけると、その人物が振り返った。
フレンツだった。一年ぶりに見る顔は、少し変わっていなかった。でも何かが——アルテにはうまく説明できないが、少し違っていた。
「アルテさん」とフレンツは言った。「また会えました」
「来てくれましたね」
「約束しましたから」
アルテはフレンツの隣に並んだ。運河に灯籠が増えていく。光精霊たちが灯籠の間を飛んでいた。
◆ ◆ ◆
「今年の式典、見ましたか」とアルテは聞いた。
「見ました」とフレンツは言った。「去年より——落ち着いて見えました」
ミラと同じ言葉だった。アルテは少し驚いた。
「みんなそう言います」
「みんな、ですか」
「ミラもエランも、そう言いました」
フレンツは少し微笑んだ。
「では、本当にそうなのでしょう」
灯籠が運河を流れていく。アルテは水面を見た。
「フレンツさんは」とアルテは言った。「この一年、どうでしたか」
フレンツは少し考えた。長い間。アルテは急かさなかった。
「いろいろなことがありました」とフレンツは言った。「いいことも、難しいことも」
「難しいことって、どんなことですか」
フレンツはアルテを見た。少し迷っているようだった。それから、静かに言った。
「外から来る人が増えている、という話を聞きました」
アルテは少し驚いた。
「神殿にも、来ています」とアルテは言った。「ベルトさんという方も。ミルヴァから」
「ミルヴァ」とフレンツは繰り返した。表情が、少しだけ硬くなった。「その方は、今、お元気ですか」
「元気です。今日も式典に来ていました」
フレンツは少しほっとしたような顔をした。それから、運河を見た。
「これからも、増えるかもしれません」とフレンツは静かに言った。「この街に来る人が」
「フレンツさんは、それを知っているんですか」
フレンツは少し止まった。
「……ある程度は」
◆ ◆ ◆
アルテは少し、フレンツを見た。
この一年、何があったのだろう。フレンツが「ある程度は知っている」と言うほどのことを、知る立場にいるのは、どんな仕事なのだろう。
聞いてみようかと思った。でも、なんとなく——今は聞かない方がいい、という気がした。
「フレンツさん」とアルテは言った。「もし、この街に困っている人が増えたら、わたしにできることはありますか」
フレンツは少し驚いた顔をした。
「今、何かできることがありますか」とアルテは続けた。「精霊に頼んで、病気を治すこととか。話を聞くこととか。何でもいいんですけど」
フレンツはアルテを、しばらく見ていた。
「あなたは」とフレンツは言った、「もう、十分やっていると思います」
「十分かどうかは、わかりません」
「医療棟で手伝っていることは、知っています」
アルテは目を丸くした。
「どうして知ってるんですか」
フレンツは一瞬、言葉に詰まった。それからゆっくりと言った。
「……噂が、わたしのところまで届きます」
「噂?」
「神殿の見習いが、外から来た人々に親切にしている、という噂です」フレンツは言った。「珍しいことではないかもしれませんが、少なくとも——わたしの耳にも、届くくらいには」
アルテは少し戸惑った。自分の行動が、神殿の外まで伝わっているとは思っていなかった。
「特別なことはしていません」とアルテは言った。「ただ、知らないふりをしたくなかったので」
「それが」とフレンツは静かに言った、「特別なことです」
◆ ◆ ◆
灯籠の数が、最大になっていた。
運河全体が光に満ちていた。光精霊たちが、灯籠の光と混ざって踊っていた。アルテはそれを見ながら、ふと思った。
「フレンツさん」
「はい」
「来年も、来てくれますか」
フレンツは少し時間をかけて答えた。
「来られるように、します」
去年の「約束します」とは少し違う言い方だった。アルテは少し気になったが、それ以上は聞かなかった。
「来られるように」という言葉の中に、何か事情があるのかもしれない。でも、来たいという気持ちは変わっていない。それで十分だと思った。
「待ってます」とアルテは言った。
フレンツは静かに笑った。
「待っていてくれる人がいるのは」と言った、「いいことです」
◆ ◆ ◆
その夜、フレンツは早めに帰っていった。「夜遅くまでは、いられない」と言っていた。アルテは特に気にしなかった。
神殿に戻る道で、アルテは灯籠の光をもう一度見た。運河全体が、まだ光を抱いていた。
部屋に戻って、暖炉の前に座った。
今日一日のことを、振り返った。式典、ベルトの「来てよかった」、フレンツとの会話。すべてが繋がっている気がした。光誕祭という一日の中に、いろんな人の「来てよかった」が詰まっていた。
炎が揺れていた。
「今年もありがとう」とアルテは精霊たちに言った。
精霊たちは、優しく光っていた。
「おやすみ」と言った。
炎がふわりと揺れた。
水都の夜が深くなった。運河の灯籠は、まだいくつか流れていた。光が、街の中をゆっくりと巡っていた。




