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夏の大祭

夏の大祭の朝は、音から始まった。


夜明け前から港湾区で太鼓が鳴り始め、それが街に伝わって、鐘楼の鐘が応えた。アルテが目を覚ました時、外はまだ暗かったが、街はすでに動いていた。見習い棟の窓から見ると、聖環水路に松明を乗せた舟が連なって流れていた。水上パレードの先導だった。


今日一日、街全体が祭りになる。


神殿は午前中に簡単な祈祷式をするだけで、あとは見習いも含めて自由だった。年に一度の完全な自由。アルテはそれが、子どもの頃から楽しみだった。


服を着替えながら、精霊たちに言った。


「今日は一日、一緒に歩こう」


精霊たちが、いつもより元気よく光った。


◆ ◆ ◆

祈祷式が終わると、ミラがすぐに走ってきた。


「行こう。もう幹線運河に人が溢れてる」


エランも珍しく待っていた。腕を組んで、少し硬い顔で立っていた。


「エランも来るの?」とアルテは聞いた。


「……大祭の雑踏を一度ちゃんと見ておく必要があると思って」


「勉強のため?」


「記録のため、です」


ミラがアルテに耳打ちした。「楽しみたいけど言えないんだよ」。アルテは聞こえなかったふりをした。


ソルテも来るかと思ったが、見習い棟の前にいなかった。後で聞いたら「人が多い場所は気配がうるさくて少し苦手なので、神殿の中庭にいます」と言っていた。ソルテらしかった。


三人で神殿丘を下りた。


◆ ◆ ◆

幹線運河沿いは、すでに人で埋まっていた。


ゲルアラントの人間だけではなかった。背の高い北方の男性、色鮮やかな布を纏った南方の女性、子どもを肩車した父親、老人の手を引く孫。言葉が混ざって、匂いが混ざって、音が混ざっていた。どこかで楽師が演奏していて、その音が建物に反響して、どこから来ているのかわからなくなっていた。


アルテは圧倒された。毎年来ているのに、毎年こうなる。


光精霊たちが、少し縮こまった。


「今年は特に多い気がする」とミラが言った。


「外から来た人が多いんだと思う」とアルテは言った。「先週から船が増えてた」


「戦争のせいかな」とミラは小声で言った。


アルテは少し黙ってから、「かもしれない」と答えた。戦争という言葉を、ミラが口にしたのは初めてだった。ミラも感じていたのだ、街の変化を。


エランが前を向いたまま言った。


「いろんな国から来ていることは、記録しておく必要がある」


二人は黙って頷いた。今日だけは、それ以上言わないことにした。


◆ ◆ ◆

水上パレードが始まった。


幹線運河に、花で飾った大きな舟が次々と現れた。楽師が乗った舟、踊り手が乗った舟、神殿の紋章を掲げた舟。岸から人々が歓声を上げ、花びらを投げた。花びらが運河の水面に広がって、流れていった。


アルテは橋の上から見ていた。


光精霊たちが、花びらと一緒に水面の上を飛んでいた。舟の灯りと混ざって、どれが精霊でどれが灯りかわからなくなっていた。


隣にミラがいた。目を輝かせて舟を見ていた。エランが少し後ろに立っていた。腕を組んだまま、でも目は舟を追っていた。


アルテは欄干に手を乗せて、下を見た。


水面に自分の顔が映った。神官服を着た、十二歳の自分。白衣ではなく普段の紺の服だったから、今日は聖女ではなくアルテだった。それが嬉しかった。


そのまましばらく、舟が通り過ぎるのを見ていた。


◆ ◆ ◆

昼過ぎ、三人は市場区の奥の広場に来ていた。


広場では武芸大会が開かれていた。冒険者や兵士崩れや腕に覚えのある者たちが、木剣で立ち合う。見物人が輪を作って囲んでいた。


ミラが「見ていこう」と言って、人混みに割り込んだ。アルテとエランも続いた。


輪の中では、二人の冒険者が立ち合っていた。一人は背が高くて手足が長かった。もう一人は小柄だったが動きが速かった。木剣がぶつかる音が、広場に響いた。


エランが、少し前のめりになっていた。


「エラン、剣に興味あるの?」とアルテは聞いた。


「……少し」エランは前を向いたまま言った。「神殿の見習いになる前に、少しだけ習ったことがある」


「そうなんだ」


「家の決まりで、神官の家の子どもでも基礎だけは学ぶことになっていて。でも神殿に来てからは練習する時間がない」


アルテはエランの横顔を見た。武芸大会を見る目が、神学書を読む目と少し違った。羨ましそうな、懐かしそうな目だった。


「また習えばいいのに」


「神殿の見習いが剣を習う必要はない」


「必要かどうかじゃなくて、やりたいならやればいいのに」


エランは黙った。それからまた立ち合いを見た。


「……考えます」と言った。


またその言葉だった。アルテは少し笑った。エランの「考えます」は、半分くらい「そうするかもしれない」という意味だと、最近わかってきた。


◆ ◆ ◆

夕方、三人は運河沿いのベンチに落ち着いた。


疲れていた。楽しく疲れていた。ミラは買ってきた串焼きを食べながら、足をぶらぶらさせていた。エランは背もたれに少し体を預けていた。いつもの姿勢の良さが、今日だけは少し緩んでいた。


夕陽が運河を橙色に染めていた。水上パレードの舟はもう引き上げていたが、花びらがまだ水面に浮かんでいた。


アルテは対岸を見ていた。


人混みの中に、見覚えのある後ろ姿があった。


茶色の上着だった。


一瞬だけ目が合った気がした。こちらに気づいたのか、その人物が少し立ち止まった。アルテは手を上げた。小さく、ただ挨拶のように。


向こうも、小さく手を上げた。


それだけだった。人混みがまた動いて、後ろ姿は見えなくなった。


「誰?」とミラが聞いた。


「フレンツさん」とアルテは言った。「光誕祭の時に話した人」


「来てたんだ」


「また来年も来るって言ってたから」


「覚えててくれたんだね」とミラは言った。嬉しそうに。


アルテは運河を見た。精霊が一つ、対岸の方向に飛んでいって、また戻ってきた。


来年も来る、と言っていた。


その言葉を、フレンツは守った。それがただ、嬉しかった。


◆ ◆ ◆

日が暮れると、街の灯りが増えた。


夏の大祭の夜は、運河に沿って篝火が焚かれる。橙色の炎が水面に映って、街全体が揺れる光に包まれた。楽師の音楽があちこちから聞こえた。橋の上で踊っている人たちがいた。


三人はまだ運河沿いにいた。帰る気になれなかった。


ミラが言った。「毎年この祭りが終わると、少し寂しくなる」


「わかる」とアルテは言った。


「来年も三人でいられるといいね」


エランが少し黙ってから、「来年もいるつもりです」と言った。


ミラが「わあ、珍しく素直」と言った。エランが「うるさい」と言った。


アルテは二人を見て、笑った。笑いながら、この景色を覚えておこうと思った。篝火の光と、運河の揺れと、ミラの笑顔と、エランの少し赤い耳と。


精霊たちが、篝火の光の中で踊っていた。大祭の夜だから、いつもより多く集まっていた。名前も知らない精霊たちが、どこからか来て、光の中にいた。


今夜だけの光景だった。


アルテは目を閉じて、もう一度開いた。覚えるために。


◆ ◆ ◆

神殿に戻ったのは、消灯の鐘よりずいぶん後だった。


ロアン神官に怒られるかと思ったが、廊下で会った時「今日は大目に見ます」とだけ言われた。それが意外で、アルテはしばらくその言葉を頭の中で転がした。ロアン神官も、今日という日を少しは特別に思っているのかもしれなかった。


部屋に入ると、すぐに暖炉の前に座った。疲れていたが、すぐに眠る気にもなれなかった。今日一日の色と音が、まだ体の中にあった。


炎が静かに揺れていた。


「ただいま」と言った。


「おやすみ」ではなく、「ただいま」だった。自分でも気づかずにそう言っていた。


炎がふわりと揺れた。まるで「おかえり」と言うように。


アルテは少し笑った。精霊たちも、少し落ち着いた光になっていた。一日中外にいて、疲れたのかもしれなかった。


「お疲れ様」と今度は精霊たちに言った。


それから、「おやすみ」と言った。


炎が、最後にもう一度揺れた。


水都の夜が深くなった。篝火はまだ街のどこかで燃えていた。遠く、音楽の音がかすかに聞こえた。夏の大祭の夜は、まだ終わっていなかった。


アルテはそれを聞きながら、目を閉じた。


今年も、いい祭りだった。

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