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第8話「湯気の中の、無防備な時間」



――交際0日婚ですが、声の人に恋して



「……ねぇ、たまには――一緒に入る?」


その一言は、食後のなんでもないタイミングだった。


テレビの音が流れるリビング。

ソファに座っていた悠人の手から、飲みかけのコップが一瞬、止まる。


「え……い、今のって、その、どういう……」


「そのままの意味よ?」

ほのかは、湯上がりの髪をタオルで拭きながら、いたずらっぽく笑った。


「お風呂、どうせすぐ洗うし。シャワーだって節水になるし。…なにより、あなたの反応が可愛いから」


「か、かわ……!? だ、だって、ほのかの、その、裸が……」


「見たいの?」


「~~っっ!」


顔を真っ赤にして黙り込む悠人。

それを見て、ほのかは肩を揺らして笑った。


「冗談よ。でも、見られて困るほどの体でもないし。……あなたになら、ね」



風呂場。


湯気が天井に立ち昇る中、二人分のタオルが壁に掛けられていた。


「……失礼します……」


浴室のドアをゆっくり開けた悠人の目に映ったのは、湯船に肩まで浸かる彼女の姿。


湯気に包まれたその背中は、柔らかく、白く、そして――綺麗だった。


「……ほのか、すごく綺麗だよ」


「そんなこと言って……まだお湯に入ってもないのに」


「だって、本当にそう思ったから……」


照れながら浴槽に入ると、湯の温度よりも、彼女の隣にいるという緊張が胸を焼いた。


ほのかは、頬をほんのり染めながら、目を伏せて口を開く。


「ねぇ、悠人」


「うん?」


「もし、今後――ドラマや映画で、私がキスシーンを演じることになったら、どう思う?」


突然の質問に、湯気の中で悠人は言葉を詰まらせる。


「……嫌だ、って言いたい。でも……プロだから、仕方ないって、思う」


「そう」


「でも……どんなにリアルな演技しても、“素”のあなたを見せるのは、僕だけでいてほしい」


ほのかは、静かに頷いた。


「私の素肌も、声も、全部――あなたにしか、見せないわ」


そう言って、ほのかはタオルを手放す。

湯の中、全てをさらけ出した姿で、悠人のほうを真正面から見つめる。


「見て。これが、今の私。プロでも、女優でもない、ただの女――“あなたの妻”」


悠人は、何も言えなかった。

ただ息を飲み、彼女のすべてを受け止めるように見つめ返す。


「……綺麗だよ。本当に」


「……ありがと」


そして、彼女がそっと体を寄せる。

肌と肌が、湯の中でふわりと触れ合う。


「ほら……あなたも、ちゃんと寄って」


「……うん」


湯の音すら静まり返る中で、ふたりの心が重なっていく。


「……悠人」


「なに?」


「これから先、何があっても――あなたの隣にいたい」


「……俺も」


そして――

湯気の中で、唇がそっと触れ合う。


決して激しくはない。

けれど、そこには濃密な愛と、無防備な信頼が詰まっていた。


まるで、裸の心を抱き合うような、静かなキス。



湯から上がったあと、ドライヤーで髪を乾かしながら、ほのかが言った。


「ねぇ、悠人。今日の私、どうだった?」


「……正直、ドキドキして心臓止まるかと思った」


「ふふ……じゃあ、合格ね」


「え?」


「あなたにだけ、見せた“今の私”を、ちゃんと受け止めてくれたから」


そう言って、ほのかは――乾かし終えた髪の先で、再び彼の唇に、軽く触れた。


「さっきのお風呂のキスは、“素肌”の私に。今のこれは、“素顔”の私に」


「……ずるい。そんなキスされたら……また好きになる」


「何度でも、好きになっていいのよ? だって私は、あなたの――妻なんだから」



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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