第2話「今日からふたり、誰にも言えない生活が始まる」
――交際0日婚ですが、声の人に恋して
⸻
「ここが……僕たちの家」
悠人が鍵を開けたその先は、1DKの小さなマンション。
駅から少し離れた場所にあり、芸能人や関係者が住むような派手な場所ではない。
でも彼にとっては、この空間が世界でいちばん尊い場所だった。
なぜなら、そこに――彼女と、ふたりで住めるから。
「狭いですけど、よければどうぞ」
靴を脱ぎながら、おずおずとほのかに道を譲る悠人。
彼女はその姿を微笑ましく見つめながら、部屋に足を踏み入れた。
「ふふ。案外、綺麗にしてるのね」
「え、あ、昨日徹夜で掃除して……!」
「……あら。掃除も料理もできる新卒の夫なんて、なかなか貴重かも」
冗談めかして微笑むほのか。
それだけで、悠人の顔は一気に真っ赤に染まる。
荷物はまだ少ない。
彼女も、最小限の着替えと化粧道具、そしてタブレットだけを持ってきていた。
「ここなら、しばらくはバレずに暮らせるかもね」
そう言ってソファに腰を下ろした彼女は、ひとつ深く息を吐く。
「こうして一緒に住むの、信じられない…」
彼女がぽつりと漏らした声は、嬉しさと、不安と、照れくささが混ざっていた。
「僕も……夢みたいです。まさか、本当にこうなるなんて」
「ねぇ、悠人くん」
「はいっ」
「呼び方、変えない?」
「えっ」
「“結婚した”ってことは、もう“くん”付けじゃないでしょ?」
「じゃあ……悠人?」
「は、はい……ほのかさん」
「……“さん”は、いらないわよ。夫婦なんだから」
そう言って、ほのかはすっと彼の隣に座る。
距離は、10センチもない。
心臓の音が、壁を叩くように高鳴っていく。
「……なんでそんなに緊張してるの?」
ほのかが微笑む。
そして、そっと指を伸ばして、悠人の頬に触れた。
「え……?」
そのとき――
ふいに、ほのかが顔を近づけた。
ほんの一瞬、ためらい。
けれど、次の瞬間には――
“ちゅっ”
やわらかくて、温かくて、軽やかで。
まるで挨拶のように、それは彼の唇に触れた。
「……っ!!」
まるで電流が走ったかのように、悠人の体が硬直する。
彼の瞳が、ありえないものを見たように大きく開く。
「な、な、な、なにを……い、今のって……」
「キス、でしょ? 新婚さんらしく、ね」
にこ、と。
茶目っ気を浮かべて微笑む彼女。
「だ、だって、僕、キスなんて……!」
「知ってる。だから、最初は私から。
……あなたの“初めて”をもらった責任、私にもあるでしょ?」
そう言いながら、彼女は悠人の頬にそっと指先を滑らせた。
彼の赤くなった耳たぶに触れて、くすっと笑う。
「…可愛い」
「…………っ、反則です」
「ふふ。結婚したんだから、少しくらいは反則させて」
⸻
夜、ふたりで食事をとったあと。
テレビをつけるでもなく、ゲームをするでもなく――ただ、同じ空間で呼吸をしていた。
「これが“夫婦”なんですね」
「うん。きっと、これが“始まり”」
そして、その“始まり”は、まだ誰にも知られていない。
この家の中だけの、極秘の夫婦。
交際0日婚から始まったふたりの生活が、静かに、確かに動き出した。
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