第6話「姉貴ふたりは、何も知らない」
3月下旬。
大学の卒業式が終わり、悠人は東京都内の新居へと引っ越していた。
新生活の拠点は、少し古い2LDKのマンション。
そこには――彼の“同居人”がいた。
姉×2。しかも双子。
名前は、美琴と詩織、29歳。
ふたりは揃って大手企業に勤める会社員で、私生活は自由気まま。
結婚願望はまるでなく、いつもこう言っていた。
「家で男がごろごろしてるとか無理。風呂もトイレもシェアとか絶対イヤ」
「結婚して家事が増えるくらいなら仕事してる方が楽」
その双子の姉たちと――悠人は今、一緒に住んでいる。
就職先が偶然にも姉たちの会社だったことから、部屋を間借りする形になったのだ。
だが。
この部屋には、悠人が決して言い出せずにいたことがある。
それは――
「自分は結婚している」
「相手は、声優の結城ほのか」
「しかも、交際0日で結婚した」
⸻
ある日曜の午後。
リビングのソファでコーヒー片手に寛ぐ姉たちを前に、ついに悠人は決意した。
「……あのさ、話あるんだけど」
「なに? 就職初日で辞めたいとか言わないでよ?」
「違う。もっと……個人的な話」
ふたりが揃ってソファに座り直す。
「実は俺、大学のとき――結婚してたんだ」
「……」
「……は?」
「マジで言ってる?」
「うん。卒業式の日に、プロポーズして、籍入れて」
「ちょ、ちょっと待って。急展開すぎて頭ついてかないんだけど! 」
「誰よその人!?」
「……結城ほのか、っていう……声優さん」
「……は???」
「テレビで観たことあるはず。主演アニメとか、ラジオとか出てる」
姉たちの表情が凍りつく。
そのあと――数秒間の沈黙。
そして、
「「……結城ほのか!? あの!? あの結城ほのか!?!?!?」」
リビングが爆発した。
「は!? 待って!? あの“癒しボイスの女神”が!? 弟の嫁!? 嘘でしょ!?ドッキリ!?ねぇ!?」
「ていうか交際0日って何!? 令和の恋愛ってそんなシステム搭載してんの!?」
「私まだ彼氏いないのに!!???」
ふたりの姉が、左右から同時に詰め寄る。
「いつ!? どこで!? どうやって知り合ったの!? 説明しなさい!」
「高校のときにファンレターを出してて……それがきっかけで」
「いやいや、ファンレターから結婚する人この世に存在する!?!? 幻想じゃなくて現実???」
「紹介しなさい!! 今すぐ!! 今日ここに呼んで!!」
「いや、それはさすがに心の準備が……」
「私らにはなかったのに!?!」
⸻
数時間後。
姉ふたりはワインを片手に、ようやく落ち着いていた。
「……ま、でも」
「テレビに出てる有名人と結婚してるっていうのは、ちょっと……自慢したくなるよね」
「そうそう。“私の弟、実は芸能人と結婚してるんだ~”とか言えるの、ちょっと痛快」
「……紹介、楽しみにしてるからね?」
「うん。ちゃんと挨拶するから」
「それにしても……悠人も成長したね」
そう言って、美琴がふと真顔で言った。
「でもね、悠人。結婚って、毎日“好き”って言い続ける努力がいるんだと思う」
詩織が続けた。
「結婚しない私が言うのも変だけど、
“好きな人を守る”って覚悟だけは、持ち続けなさいよ」
悠人は、静かにうなずいた。
「ありがとう。……俺、ちゃんと、妻を守るよ」
姉たちの顔が、少しだけ和らいだ。
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