第3話「声優という名前、夫という名前」
――声の人は、僕の妻です。秘密から始まった“結婚生活の真実”
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金曜の夜。
大学からの帰り道、悠人は通学路にあるコンビニの前で立ち止まった。
店内のテレビでは、新作アニメの特集が流れている。
大型スクリーンに映る、声――彼女の声。
『TVアニメ《銀色の契約》、いよいよ今夜放送スタート!
主人公・レーナ役の結城ほのかさんから、コメントが届いています!』
画面の中で語る“ほのか”は、いつもより少しだけ声を張り、笑顔を浮かべていた。
「役を通じて届けたい想いが、きっと皆さんの心にも届くと信じています」
(……この声が、帰ったら“おかえり”って言ってくれるんだよな)
ほんの数秒前までテレビの中にいた女性が、
自分の家ではスウェット姿でじゃがいもを剥いている。
そのギャップに、時々、現実感が揺れる。
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帰宅後。
「今日、コンビニで特集見たよ。もう、あっちこっちで名前が出てるね」
「ふふ、うるさかった? CMも流れてるからね」
「うるさいなんて……むしろ、誇らしいよ。
でもちょっとだけ、寂しくもなる」
「寂しい?」
「うん。“みんなの”ほのか、って感じがして」
テーブル越しに向かい合いながら、悠人は小さく息を吐いた。
「俺だけのほのか、なんて言ったらわがままだけど……
でもやっぱり、たまに不安になるんだ。
いつか“あの声優さんの旦那って誰?”って話題になって、俺の名前が出るのが怖い」
ほのかは、少し目を伏せた。
そして静かに、言葉を選ぶように口を開く。
「……正直、私も怖いよ」
「え?」
「自分が、今の仕事を続けながら“あなたの妻”でいられることが、いつまで許されるのかって。
でも――それでもやめたくない。どっちも、諦めたくないの」
「……うん」
「私は“結城ほのか”っていう声優だけど、
それ以前に、ちゃんと“悠人の妻”でいたいの」
悠人の胸の奥に、その言葉が温かく染み込んでいく。
「ねぇ、悠人。たまに“仕事”と“私”がごちゃごちゃになる時があるかもしれない。
でも、どんなに大きな役をもらっても、
ステージに立って拍手を浴びても、
私が“帰りたい”って思うのは……あなただけなの」
その瞳に込められた誠意に、悠人はまっすぐ頷いた。
「ありがとう……“俺の妻”でいてくれて」
そして、立ち上がった悠人が彼女の頬に手を添える。
「……今だけは、“声優”とか“夫婦”とか、全部忘れて。
ただ、僕の“ほのか”になって」
彼女は、微笑んだ。
「もうなってるよ。ずっと、あなたの“ほのか”だよ」
そして――
ゆっくりと、唇が触れ合った。
テレビの音も、仕事の話題も、何も聞こえないほどに静かなキス。
ただふたりの名前だけが、そこにあった。
⸻
夜。
ベッドの中。
彼女の呼吸が、隣で静かに聞こえてくる。
「“結城ほのか”という名前がどれだけ広がっても……
あなたがそばにいれば、私は迷わない」
彼女がそう呟くように言ったあと、眠りについた。
悠人はその髪をそっと撫でながら、思った。
(声優でも、妻でも――どんな名前で呼ばれても。
僕は、あなたを守れる自分になりたい)
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