第1話「誰にも言えないけど、君は僕の“妻”です」
春、新学期。
大学3年生になった神谷悠人は、桜の花びらが舞う構内を歩きながら、胸ポケットの中にしまった一枚の写真をそっと指でなぞっていた。
それは、まだ誰にも見せたことのない“ツーショット”。
白いシャツに身を包んだ自分と、やさしく微笑む女性。
彼の“妻”――結城ほのか。
世間では、“人気声優・結城ほのか”として知られ、主演アニメや吹き替え、ラジオ番組など多岐にわたり活躍している。
だが、彼女の素顔を知っている人間はごく限られていて、
その中でも、“結婚相手”であることを知っているのは――たった数人しかいない。
そう。
ふたりは今も、極秘夫婦。
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「なぁ、悠人。春からゼミ一緒だな!」
「だよな、てかGW空いてる? またみんなでBBQしようぜー!」
「彼女とかまだ作らねーの? お前、妙に“落ち着いてる”って噂だぞ」
友人たちの何気ない言葉に、悠人は愛想笑いで返しながらも、心のどこかが少しだけちくりとした。
(ごめん……言えないんだ、みんなには)
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夕方。
講義を終えた悠人は、大学の正門を抜けると、スマホを取り出してメッセージを確認する。
《ごはんできてるよ。気をつけて帰ってきてね。――ほのか》
思わず頬が緩む。
「ただいま」
ドアを開けると、キッチンからいい匂いが漂ってきた。
「おかえり、悠人。今日もお疲れさま」
エプロン姿のほのかが、木のしゃもじを片手に振り返る。
その瞬間――彼はようやく“日常”に戻ったことを実感する。
⸻
「ねぇ、大学どうだった?」
「ゼミ始まったよ。グループワークとかも始まるし、みんな恋バナばっかり」
「ふふ……まだ“恋人いる”って話してないの?」
「……ううん。“妻がいます”なんて言ったら、大学中に広まりそうだし」
「まあ……それは、まだ無理よね。こっちも事務所には言えないし」
ふたりはテーブルを挟んで、静かに笑い合った。
「でも……それでも、“妻”って言える瞬間があるだけで、俺は頑張れる」
「悠人……」
「ねぇ、ほのか。声優じゃなくて“ほのか”として、俺の前にいてくれてありがとう」
「……言ってくれるね、ほんとに。じゃあ……“妻”として、もっと頑張らなきゃ」
そう言って、彼女はふと立ち上がり、椅子に座る悠人にゆっくり近づく。
そして――
**“ちゅっ”**と、優しく唇を重ねた。
「今日も、おかえりのキス。明日も“夫”に行ってらっしゃいのキス、してあげる」
⸻
夜、眠る前。
ふたりはベッドで隣同士に並び、手を繋いでいた。
「誰にも言えないけど――俺、本当に幸せなんだ」
「ううん。誰かに言えなくても、私にはちゃんと伝わってるよ。
……悠人が“妻”って呼んでくれるだけで、心が震えるから」
静かな灯りの中で交わしたのは、
ただの恋人ではなく、“夫婦”としての確かなぬくもりだった。
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