【五十】ワクチン接種 獣人族その二
高大一貫教育の大学三年生になり、実習のために船で離れ小島へ向かっていた主人公は突然の嵐に遭遇してしまう。
気が付くと大学生男子一名、女子七名と女教師二名だけが異世界の孤島に漂着していた。
ここから孤島でのサバイバル生活が始まる。彼、彼女らは専門分野別に集められたエリート達だった。
生活する上で不可欠な拠点造り、食料の調達から始めることになる。
かつての世界の技術力を駆使した武器や輸送手段を筆頭に様々な開発も行うことになった。
最大の問題は武器、輸送機に使用されていた原料がこの世界には存在し無いこと。
新たなエネルギーを得るために悪戦苦闘するメンバー達。
発見された常識を覆す新エネルギーは後の大発明へとつながって行くことになる。
この世界を統治する王国や巨大生物、未知の病などと格闘する日々が続く。
次々と降り掛かる問題を持ち前の技術力と結束力で乗り越えて行く。
自分達の国を創り上げるため奔走する冒険と青春の物語である。
説明を受けたメンバー達は花梨への軽率な批判を詫びた。
「わ、分かって頂けたのなら宜しいですわ・・ですわね、心愛」
「・・ぐぬぬ・・花梨のくせに・・」
「分かって頂けたのですわよね?」
「・・くっ・・分かった・・」
「それならば宜しいですわ」
花梨は更に控えめな胸を張り、心愛は無念と唸るばかりだ。
「そのくらいにしておけ・・では、この後、明日からの準備をして早めに休もう」
勇作の言葉で解散となった。
翌朝、メンバー全員で朝食を済ませ、勇作が割り振ったチームに分かれて作業を開始した。
早苗をリーダーに愛理、志摩の三人は完成しているワクチンを持って獣人族の里を順次回って行く。
前にも獣人族の里を案内してくれた狐獣人のネフェレーが複数の衛兵と接種スタッフを連れて参加してくれた。
ネフェレーは政務官という内政の仕事を一手に引き受けている責任者なのだそうだ。
まず獣人族の中でも最も大きな里を訪れた。
最初にやらなければならないのはワクチン接種自体への理解だ。
注射という身体に針を刺すという行為に免疫が無いことと、ワクチンそのものに対する信用性を得なければならない。
注射自体に危険性が無いことを理解してもらうため、里の獣人達を全員集めた上で、愛理と志摩に生理食塩水を実際に注射して見せた。
そもそも獣人族達は種族上、痛みに強いので大きな抵抗は無いようだ。
ワクチンの信用性については既にレペンディス代表のお墨付きであることをネフェレーから説明してもらった。
一部にはまだ「信用出来るのか?」と疑問を呈する者もいたが、今回の疫病である黒疱病に罹患している獣人達にワクチンを接種した結果、その日のうちに効果が出始めたため疑問を持つ者は皆無となった。
それはワクチン接種して数時間後には病魔の進行が止まり、膿疱がかさぶたとなって次々に剥がれ落ちていった。
また、黒く変色し壊死していた手足が徐々に血色を取り戻していったのだ。
流石にアニメのように欠損した部位が元に戻ることは無かったが。
早苗達はワクチン接種のやり方を獣人族のスタッフ達に繰り返し教えることで、何とか早苗達無しでも進められるようになった。
「ここでの接種の続きは彼らに任せて次の里に行こうかねぇ・・」
「そうやな・・」「分かりました」
まだ、残り十箇所以上ある他の里へ向けて、スタッフ達と移動を開始した。
一方、準備のため早苗達に少し遅れて到着した陽鞠をリーダーに花梨と俺の三人は感染源撲滅のため獣人族の里内にある、事前に調べた疫病発生地域に向かっていた。
そこは貧困層が暮らすスラムの中心部だった。
「ここだよー!・・まずはこの中央広場噴水跡から放射状に繋がっている水路周りが捜索範囲だね!」
「と、とにかく不衛生ですわね・・臭いがキツイですわ」
「確かにな・・さっき花梨から説明を受けた手順で駆除を進めるぞ・・三方向に分かれよう、捕獲中の俺達の護衛は衛兵の人達に頼んである・・準備は良いか?行くぞ!」
勇作の掛け声でバトルスーツに気密フェースマスクに身を包んだ三人は噴水跡を中心に三方向に分かれて駆け出した。
花梨が開発した生体探査装置・・バイオサーチデバイス・・略してBSDは微少な生体反応を軍用特殊電波を使用して捜索する携帯デバイスだ。
アタッシュケースに内内蔵した高密度収束エネルギー電池からの膨大な電力を使用して全方位に特殊電波を射出する。
微量でも生体反応があればケースに内蔵されたレーダーに映し出される仕組みになっている。
陽鞠は朽ちて倒壊寸前の家屋脇を流れる・・実際は汚物が詰まって流れていないが・・水路全体に生体探査を掛けた。
「げっ!!・・」
うら若き乙女の出すものとは思えない声を上げた。
探査したレーダーには水路に無数とも思える蠢く奴らが映し出されていた。
農畜部でこれらの動物類には慣れているはずの陽鞠が引くレベルだ。
陽鞠はホルスターから二丁の収束拳銃を引き抜くと、出力を最低に絞った収束弾を水路に放った。
直後、無数のネズミが飛び出してきた。
その時には既にネズミ捕獲用に開発された電磁捕獲ネット・・エレクトロマグネチックキャプチャネット・・略してMCNが二丁の拳銃から発射されていた。
ネットが膨らみながら地面に着地した瞬間「バリバリ・・」と高電圧が放電され、ネットによって捕獲されたネズミ達は漏らさず黒焦げになっていった。
手早く次弾を装填すると、次々と水路から飛び出して来るネズミに向かってMCNを発射した。
花梨のところでも同様の捕獲、駆除作業が繰り返されていた。
(それにしても数が異常ですわね・・あまりに多すぎますわ)
陽鞠、花梨、勇作の三人が中央広場周りの水路で捕獲、駆除したネズミの数は優に数千匹を超えていた。
この広場にある水路は水路全体の最下流域に位置する。
三人は捕獲、駆除したネズミは即時焼却処分するよう獣人族の派遣スタッフに頼み、水路を遡りながら駆除を続けた。
心愛をリーダーとした希美の二人は衛生対策のため、まずは上下水道の区分、下水処理場の建設に着手することになった。
陽鞠達の駆除が終わったところから水路の確認を行った。
「あらあら、これはひどいわね・・全然流れて無いじゃない」
「・・く、臭い・・」
心愛はあまりの腐臭、汚臭に鼻と口を押さえて目の前でバッテンを出した。
「あら・・流石の心愛もこの臭いにはギブなのね・・私も結構キツイけど・・」
「・・まず、掃除・・」「そうね・・」
バトルスーツは既に着ていたが、気密フェースマスクまで着けて作業を再開した。
衛兵と派遣スタッフに頼んで近隣住民を臨時雇いしてもらい、人員を二手に分けた。
片方は水路の清掃を行い、もう片方は水路から除去した汚物を郊外まで運んで焼却処分して貰う。
水路清掃を行っている人達は下流域から上流域に向かって清掃を続けて貰うことになっている。
心愛達は最悪、飲用しても人体に影響の無い消毒液(早苗に用意して貰った)を希美の指示で希釈後、清掃の完了した水路に散布した。
また、雑菌の除去を徹底するため、水路に紫外線を照射して行った。
最後に大量の水を流してから、有機物を分解する特殊なバクテリアを要所にある枡に投与した。
これら一連の作業を派遣されたスタッフに説明しながら進めて行った。
続けて、心愛は枡から枡までの水路の測量を始めた。
「・・うーん・・」「あら、どうかしたの?」
「・・水路・・このままじゃダメ・・」
「えっ?・・でも掃除して、薬剤で消毒して、紫外線照射して、大量の水で洗い流したのにダメなの?」
「・・すぐ元に戻る・・」「えっ?そうなの?」
「・・下水道勾配・・二パーセントが基準・・」「へえ、そうなの?」
「・・一メートルで二センチメートル・・」「・・なるほど」
「・・でも、一センチメートルも無い・・」「あら、まあ・・」
汚物や汚水が流れて行かない原因で、水路の勾配が適切で無いことが最も多い。
この里も例外では無かった。
「・・仕方無い・・あれを使う・・」
心愛は下水道の見直しを行う上で、水路の勾配を修正しなければならない事態も想定していた。
獣人族で使用している水路は専用のスコップで半円状にただ掘っただけのものだ。
中には石を詰めて作ったものもあるが、今回のような里では希だ。
使用したスコップが全て同規格であったため、都合の良いことに水路の寸法はほぼ統一されていたのだ。
心愛はシステア共和国への依頼を受ける前からローマ時代のコンクリート(ローマコンクリートと呼ぶ)再現に取り組んでいた。
これはかつての世界でも未だに詳しい製法が分からない海水等に対する耐候性がずば抜けて良いものなのだ。
二千年近く経過したローマ時代に作られたコンクリートが現存していることからもその強度と耐久性が分かる。
粉末状にした石灰石を焼成すると生石灰が出来、火山灰を混ぜながら海水で練るとローマコンクリートが完成する。
海水の分量や海水の中で寝かせると強度が上がる等、実際には細かな工夫は必要だが。
かつての世界の街で良く見掛けた道路脇に金属の網状の板が乗っていた下水路があった。
その土台がU字溝といわれる汚水を流す水路の役目をするもので、心愛はこれを今回の水路に使用しようと急遽、大量に製作したのだ。
製作が間に合ったU字溝は総計二千本。
追加分は獣人族の宮殿経由で職人達に製作を発注済みだ。
心愛は一メートルで二センチメートルの勾配尺を作って、派遣スタッフ達に頼んで水路の勾配を修正して行った。
この際、U字溝を設置しながら行ったのは言うまでも無い。
また、最下流水路と河川(今までは汚水をそのまま河川に放流していた)の間に大規模な沈殿槽と生物槽を建設した。
沈殿槽は時間を掛け、汚水中の固形物を沈下させて分離するものだ。
これら固形物は定期的に抜き出して・・実際には栓を開けるだけで圧力で押し出されてくるのだが・・焼却処分することにした。
この槽の上澄みが生物槽に入り、大量に投入されたバクテリアによって有機物が分解されて綺麗になった上澄みが河川に放流される仕組みだ。
この下水処理施設は一ヶ月以上前から建設が始められ、膨大な人員を投入したことでこの度、完成、お披露目、運転開始となったわけだ。
獣人族の下水処理は基本的にここで行う。
一部、ここから離れた里については小規模の施設を建設して近くにある河川に処理水を放流する予定だ。
拠点に残った花江と初音はワクチン製造を行いながら、メンバー達の仕事をサポートする。
花江と初音は大学こそ違えど、教師になってから同期として共に過ごしてきた。
先輩教師達からのイジメや生徒の問題、時には恋の悩み等、互いに打ち明け、共に悩み、励まし合ってきた親友の仲だ。
おっとり系の花江に対してツンデレ系の初音は性格こそ違えど、良い感じに自分達の欠点を補いながらやってきた。
「今頃、勇作くん達、頑張ってるかな?」
「頑張ってると思うわよ?・・彼の事だし」
「ふふっ・・そうね」「な、何よ?」
「何でもないわ」「な、なら良いんだけど・・」
花江の天然ツッコミに初音が慌てて応える・・いつもの日常だ。
二人は勇作から頼まれたワクチン製造に精を出した。
陽が傾き始め、花江達はエルピーダのキッチンで夕食の準備に取り掛かった。
突然、エルピーダの警報が鳴り響いた。
「えっ?・・何?」「警報?・・衛兵さん達は?」
警報を止めて、恐る恐る開け放たれている扉から外を見ると、七、八人の男達が衛兵二名を殴り倒しているところだった。
「えっ?・・」「な、何が起きてるの?」
すぐには状況を飲み込めない花江達に、衛兵達を排除した男達の視線が集中した。
「ひっ・・」「な、何よ!」
良く見ると男達は皆、虎獣人のようだった。
「今、例の奴らは出払っていてこいつらしかいません」
「おう、こいつらが頭の言ってたユウサクとか言う奴の連れだな?・・中々どうして人族の割に良い身体してるじゃねえか」
男達の中で最も身体の大きい虎獣人はそう言うと花江達を嘗め回すように見た後、手招きをした。
「おい、女共!こっちに来い・・可愛がってやるからよ」
ここで男達の目的が自分達を襲うために来たのだと理解した花江達だったが、突然のことに脚が震えて身動きが出来ない。
拠点であるエルピーダには自動迎撃システムが搭載されている。
しかし、敵地でも無い獣人族の拠点で、衛兵達に警護されている状況下だったためこの機能はキャンセルしていた。
「何だ?怖くて動けねえのか?・・異世界人だって言うからどんな奴らかと思って来たが拍子抜けだな・・おい、こいつらを連れて来い!」
恐怖に声も出ない花江達を男達は、エルピーダから少し離れた木陰へと連れて行こうとした。
「い、嫌です・・」「くっ・・離せ!」
抵抗する花江達の頬に男の平手打ちが鳴った。
彼らからすれば軽く張っただけだが、体重の軽い花江達は数メートル吹っ飛ばされた。
「ううっ・・」「あうう・・」
「素直にしてりゃ痛い目を見ないで済んだのによ・・まあこれはこれで有りだがな」
男達は花江達に群がると衣服を毟り取っていった。
(勇作くん・・助けて!)(いや!・・助けて、勇作くん!)




