【十九】女子メンバーの気持ち
順調に飛行テストを続け、海上にエルピーダを着水させたメインメンバーは操縦をバックアップメンバーに交代した。
今度は艦長が勇作、操縦士は希美、副操縦士が心愛、機関士は陽鞠、通信士が初音の布陣である。
交代したメンバーが自分の部屋へ戻る中、レストルームに移動した花梨は勇作を呼び出した。
「勇作・・いかがでしたか?エルピーダの出来は?」
「うん、素直に凄い出来だな・・感心したよ、花梨は大したものだ」
「うふふっ・・褒められてしまいましたわ、もっと褒めて下さっても良いのですわよ?」
「はは・・一時はどうなるかとも思ったし、計画は誤りだったんじゃないかと後悔しかけたこともあったけど、良くやり遂げてくれたね・・ありがとう」
「・・」花梨は勇作からの真っ直ぐな言葉に頬を染めて俯いた。
「・・それじゃ俺は指令室に戻るよ」
そう言って指令室に戻ろうとする勇作の背を見つめていた花梨は、突き上げる感情に押し出されるように駆け寄って彼の背を抱き締めた。
「・・!・・花梨?」「もう少しここに居て下さいまし・・」
勇作は花梨の腕を解くと向き合って「どうしたんだ?」と尋ねた。
「・・あ、あの・・勇作に、謝りたくて・・その・・」「・・何をだい?」
「わ、私が・・勇作の言うことを、聞かなくて・・倒れて・・心配掛けてしまった、ことですわ」
「もうあれは済んだことだよ・・花梨が懸命に頑張っていたことは誰より俺が知っている」
「・・でも・・でも勇作に・・要らぬ心配を掛けたこと・・謝りたくて・・本当に、ごめんなさいですわ」
「もうあの時に謝罪はもらったから良いんだぞ、気にしなくて・・花梨だって皆のために頑張ったんだから」
「・・」花梨は俯いたまま顔を上げようとしない。それどころか頬を涙が伝い床に落ちた。
花梨の震える肩に両手を添えて「・・どうしたんだ?」と勇作は彼女の顔を覗き込もうとした。
突然、花梨は勇作の胸に飛び込むと嗚咽を上げた。
抱き締める形になった勇作は事態が把握出来ずに狼狽えた。
花梨からは柑橘系に似た甘酸っぱい香りが漂い、勇作の鼻孔をくすぐった。
「どうしたって言うんだ?・・花梨!」
「・・私は、そんな良い子じゃ無い・・私は皆のために・・頑張ったんじゃ・・無いのですわ」
「・・」
「私は・・私は・・勇作のために・・頑張ったのですわよ」
「・・お、俺のため?」
「そうですわ・・勇作に、褒めて欲しくて・・ただ、それだけのためにですわ・・多分、心愛も同じ・・」
「・・」
「この世界に飛ばされて、最初は動揺していましたわ・・その頃の勇作には正直、良い感情はありませんでした」
「・・確かにあの頃、何かと突っ掛かって来てたな」
「つ、突っ掛かってなんて心外ですわ・・見解の相違ですわよ」
「そんなものか?」
「そうですわ・・それからは皆が勇作に引っ張られるように・・色々なことがありましたわね」
「・・そうだな」
「その内に・・勇作を目で追うようになって・・段々、息苦しくなって・・自分を誤魔化せなくなっていましたわ・・勇作、格好良いんですもの・・恋に落ちても仕方無くてよ?」
「・・ん?恋?」
「相変わらず女心には鈍いのですわね・・ふうっ・・こんな機会もう無いと思いますから・・正直に言います・・私、勇作のことが・・好きです」
最初、花梨から言われた意味が理解出来なかった。
花梨はお嬢様口調で分かるように、かつての世界では誰もが知っているスーパー大企業の社長令嬢だ。
容姿端麗、上品な振る舞い、胸は慎ましいが誰が見ても正統派の美少女だ。
まさか自分が花梨から好意を寄せられているなど、欠片も思っていなかった勇作は返答に窮した。
それを見た花梨の行動は一直線だった。
勇作の首に腕を巻き付けると彼の耳元で「勇作・・好き・・」と囁き、彼のおでこに口づけた。
三秒程、口づけて名残惜しそうに花梨は唇を離した。勇作はこの間、硬直したままだ。
「勇作・・キスは初めてかしら?」
「・・?・・あ、ああ・・い、いや、そう言う訳でも無いが・・」
「あら・・それは残念ですわ・・私は初めてですのよ?次はファーストキスを捧げさせて頂きますわ」
「・・俺で良いのか?」
「ええ、勇作じゃなきゃダメですわ・・ライバルが多いので心配していますの・・でも私が一人だけ抜け駆けは良く無いですものね・・ふふっ、覚悟なさいまし・・」
「か、花梨・・俺は・・」
「ストップです・・先程の返事、今は要りませんわ・・今回のは抜け駆けですもの・・皆にも悪いですし・・これからは正々堂々と勝負して私を好きにさせて見せますわ・・理系女子を舐めたらいけませんわよ?覚悟しておいて下さいですわ」
いつも間にか涙の止まった花梨の瞳はキラリと光った気がして、背筋に悪寒が走り勇作は頬を引き攣らせた。
レストルームの入り口から「勇作―!・・仕事だよー、何やってんのー?」と陽鞠の声が聞こえてきた。
「や、やばい・・戻らなきゃ・・話はまた後でな」
勇作は花梨から逃げるように声のした方へ駆け出して行った。
「・・うふふっ・・逃がしませんわよ?・・勇作・・」彼の背を見送った花梨は満足そうに微笑んだ。
「何やってたのー?・・職場放棄だよー!」
「す、すまん・・ちょっと話をしててさ」
「あらあら、どなたとですの?」
「・・」
「あら?答えられない方なのかしら?・・顔が赤いわよ?職場放棄さん」
「・・か、花梨と話をしていただけだよ」
「ほう・・花梨と・・」
「こ、心愛・・顔が怖いぞ」
陽鞠、希美、心愛からジト目で見詰められた勇作は益々顔が火照るのを感じながら先程の出来事を話した。
もちろん花梨が俺にキスしたことは内緒だ。
「なるほどー!・・花梨も大変だったからねー!」
「そうですか・・花梨が・・あら?でも今のお話で何故勇作が赤い顔をしていたのかな?・・かな?」
「・・ギクッ・・」感の良い希美の指摘に目を泳がせる勇作。
「・・勇作?・・」
「・・」
「・・ゆ・う・さ・く!・・」
心愛からの言葉の少ない、でもそれだけに強い追及に勇作は折れた。
「・・か、花梨が俺のおでこにキスしました・・」
「「「「・・」」」」
「花梨が俺のことを・・好きだと言ってくれて・・」
「うわー!・・積極的・・そ、それで勇作はなんて答えたの?」
「返事は待ってくれるよう言おうとしたんだが・・花梨から逆に止められた」
「あらまあ?どうしてかしら?」
「今、返事は要らない・・これから自分のことを好きにさせてみせると言っていた」
「・・花梨・・グッジョブ・・」
「は?・・何がグッジョブなんだ」
「・・勇作には、関係無い・・」
「ぐっ・・」
「あらあら、春なのね・・」「春が来たー!」
その後、勇作は散々三人に弄られ、交代する時には違った意味でへとへとになっていた。
勇作が花梨との秘め事を強制暴露させられてからメンバー全員が集まった指令室で、勇作は一人レストルームへの強制退場を命じられた。
花梨へメンバーからの追求が始まるのではと心配していたが杞憂に終わった。
確かに事の次第を半ば強制的に説明させられた花梨であったが、その後、メンバーから賞賛と嫉妬の声にもみくちゃにされたのだそうだ。
花梨の頑張りは皆分かっているし、勇作のことを好きなことも皆知っている。
女子の勘を舐めてはいけないのだと心に誓う勇作だった。
愛理、心愛、花梨と勇作との浮いた話は概ねメンバーには好意的に受け取られた。
少人数でしかも女子の比率が圧倒的に高く、今までの日常と掛け離れた環境下では恋バナ一つでメンバー間の連帯が失われることは容易に予想出来る。
この方面に疎い勇作ではあったが、その程度の知識は持っていた。
だからこそ自分以外の女子メンバーとは一定の距離間を持って接してきたつもりだった。
しかし、結果としてこの体たらくである。
勇作とて健康な二十一歳の大学生である。
女子のことは普通に気になるし、エッチな妄想もする。
だが、この世界に飛ばされてきてからというもの、徹底的に自分自身を律してきた。
メンバー間のいざこざは互いの信頼関係を損なうだけで無く、日常の生活を送ることすら危ぶまれる事態に発展してしまうこともある。
拠点の設営に始まり、異国との交渉、島々との交流、巨大海洋生物の討伐、王都招待とこの一年はかつての世界では絶対に有り得ない濃密な日々だった。
当然、メンバー間のコミュニケーションには特別な注意を払って来たし、メンバーの安全を第一に考えて作戦も練ってきた。
その間には様々なイベント事があって、メンバーとは個々に付き合いが生じていたことは否めない。
それでも恋愛感情に発展するような事態にはならないよう気を付けてきたつもりだったのだが・・。
一時間程経過して、勇作は指令室に呼ばれた。
何か悪いことをした者が尋問に掛けられる心境とはこのような気持ちなのかと勇作は溜息をついた。
指令室に入るとメンバー全員が円卓の座席に腰掛けて勇作を待っていた。
メンバーを見渡すと愛理、心愛、花梨の顔が赤い。他のメンバーも少し上気しているようだ。
勇作が座席に着席するのを待って、志摩が話を始めた。
「勇作・・いくつか確認したいことがあるんや・・嘘偽り無く正直に答えて欲しい」
「ん?・・何か分らんが、分かった正直に答えよう・・約束する」
「約束をした・・女性とかおるんか?」
「約束?・・婚約って意味か?・・かつての世界には将来一緒に歩みたいと思う女性はいたな」
「そ、そうなんか・・勇作は・・今もその女性のこと好きなんか?」
「・・は?・・まあ当然好きだったし逢いたいとは思うが、現実的にどうにもならないからな・・それがどうかしたのか?」
「い、いや・・そんならそれでええんや・・」
志摩は質問を一旦止めて一度深呼吸すると、頭の上に??が並んでいる勇作をスルーして言った。
「勇作・・皆の、メンバー全員の気持ちなんや・・聞いて欲しい」
「うん?・・分かった、聞こう」
「愛理と心愛、花梨は先に自分の気持ちを伝えてしもうたけど、他の皆も私も勇作のことが・・好きなんや」
「・・ん?・・はぁ?・・何を言って・・」
「あ、あのな・・テンパる気持ちは分かるんやけど、こっちもテンパっているんや・・本当に皆、勇作のことが好きなんや」
「・・」
普段、何事においても冷静さを失わないよう、あの災害以降、自分を厳しく律してきた勇作だった。
しかし、あまりにも唐突なメンバーからの告白に戸惑い、思考が停止してしまった。
「志摩が俺のことを?・・希美、早苗、陽鞠・・お前達もなのか?」
真っ直ぐに勇作を見つめる彼女達は上気した顔で頷いた。
「まさか・・初音先生、花江先生達も?」
二人の女教師は他のメンバーより頬を染めて頷いた。
「ごめんね、先生の立場でこんなこと言っちゃだめよね・・でも、志摩さん達が遠慮しなくて良いって言ってくれたから・・私も勇作くんのことが好きよ」
花江らしいおっとりとした口調で告白すると、顔を真っ赤にして俯いた。
「わ、私も勇作くんのことが気になってて・・でも私は教師の立場だし、あまり皆の役にも立てなくて・・そんな私のことを志摩さん達は応援するって言ってくれたの・・自分達も同じ気持ちだから苦しいだろうって・・ごめんなさい、本当はダメなんだろうけど言います・・私は勇作くんのことが好きです」
花江に続いて初音までもが告白を行った。
勇作は目を見開いて身動ぎ一つ出来ずにいた。




