【十八】発進エルピーダ
巨大海洋生物に遭遇、討伐というアクシデントはあったものの、その他には大きなトラブルも無くオケアノスはエルピス島から三十キロ付近の海底に辿り着いた。
深度は九百五十メートルにまで達していた。
「海底に着いたか・・総員警戒を続けながら、艦内各部のチェックを頼む」
「「「「了解!」」」」
メンバーは予め決められていた役割を果たすため各所へ散って行った。
指令室には勇作と愛理、初音、花江が残った。
「それにしても生徒達は優秀ね・・もう優秀とかのレベルでは無いけれど」
初音は艦内を見回しながら言った。
「本当にそうね・・元々、優秀な生徒達が集まってはいたけど、これほどとは・・」
「先生、まだ驚くのは早いと思いますよ・・今、メンバーの中では開発フィーバーですから」
「勇作くん・・それちょっと古い」「・・あ、あはは・・」
ひとしきり笑って緊張が解れたら腹が減ってきた。
「先生、少し早いですけど昼飯にしませんか?」
「そうね、お腹も空いてきたし・・」「ちょうど良いかもしれないわね」
「じゃあ、私も手伝います・・勇作くんはここで監視していてね?」
「はは・・了解!」
三名の女子達は艦後部にある調理室へと向かった。
少しすると心愛が戻ってきた。
「心愛か・・問題は無さそうか?」「うん・・問題無い・・」
「そうか、今、昼食を頼んだから・・食事後には最高深度まで行くんだろ?」
「・・そのつもり・・」
暫しの沈黙の後、勇作は艦内を見回しながら「心愛・・大変だっただろう・・良く頑張ったな」と心愛を心から賞賛した。
「・・う、うん・・頑張った・・勇作に、褒めてほしくて・・心愛、頑張った・・それに、この間はごめん・・」
心愛は堰が決壊したかのように心の声を吐露した。
勇作に認められたい。褒められたい。凄いぞと頭を撫でられたい。
そんな邪とも言える理由で心愛は頑張ってきた。
この世界に飛ばされて皆が不安に圧し潰されそうになっている時、今を生きる力をくれたのは勇作だった。
いつの頃からか心愛の中で勇作の占める割合が膨れ上がっていった。
勇作を恥じらいながら上目遣いで見つめる心愛の瞳には涙が流れ落ちていた。
「・・心愛・・」「・・勇作・・」
心愛は不意に椅子から立ち上がると、勇作の胸を目掛けて飛んだ。
「・・!」咄嗟に心愛を抱き止めたものの、どうして良いのか分からない。
心愛からはミルクに似た甘い香りが勇作の鼻孔をくすぐった。
「・・褒めて・・頭、撫で撫でして・・欲しい・・」
小柄な心愛を抱き締めたまま、勇作は苦笑いしながら「分かった・・」と答え、艶やかな心愛のショートボブヘヤをそっと撫でた。
「心愛が誰より頑張り屋さんであることは知っている・・高い目標を建てて実現させるだけの実力を持っていることも知っている・・だから・・つい心愛には無理をさせて来てしまった・・本当に申し訳ないと思っている」
一旦、言葉を区切ると濡れた心愛の瞳を真っ直ぐに見て言った。
「ありがとう・・こんな言葉では言い表せられないぐらい感謝してる・・心愛がいてくれなかったら皆の笑顔は無かったと思っている・・もう一度言わせてくれ・・本当にありがとう・・これからも頼りにしてる」
勇作はそう言うと心愛をきつく抱き締めた。
「・・うぐっ・・ま、任せて・・う、嬉しい、けど・・苦しい・・」
「あっ・・すまん」
抱き締めていた腕を解いて心愛を床に降ろしたところで心愛からもう一つお願いがあるという。
「何だい?大抵のことなら何とかするが・・」
「・・キス・・して・・」「はっ?・・い、いや、さすがにそれはちょっと・・な?」
「・・おでこ・・チュッ?」「・・?・・あ、ああ、おでこにな・・でも良いのか?」
「・・うん・・ご褒美・・」「・・良く理解出来んが・・分かった」
心愛は幼女体型で胸も慎ましいが、頭脳明晰でその方面の性癖が無くとも抱き締めずにはいられない抜群のロリ美少女だ。
もう一度、心愛を抱き上げると前髪を上げて目を瞑ったまま、まだかまだかと待っている彼女のおでこに「チュッ・・」とキスをした。
頬を真っ赤にして硬直している心愛を床に降ろしたところでメンバー達が指令室へ次々と戻ってきた。
「収束エンジン問題無しだよー!」「収束砲も特にダメージは無かったねぇ・・」
「艦外センサやロボットアームも異常ありませんわ」「艦内機器も異常無かったわ・・あら?」
「舵、バラストなんかも問題無しやで・・?・・どないしたん、心愛?・・顔が真っ赤やで」
「・・!・・何でも無い・・」「ほんまか?」「・・本当・・」
皆の視線が一斉に勇作へ向けられた。何があったのかと。
「・・ん?・・何かな?」「「「「・・」」」」
勇作はメンバー全員からのジト目を避けるように「ゴホン、あ、愛理と先生達が食事の支度をしてくれているから・・そろそろ出来た頃だと思うんだが・・」と食堂へ逃げ出した。
「あらあら、勇作、逃げちゃったわね」「怪しいー!」「バレバレだねぇ・・」
「心愛・・白状しなさいですわ」「そうやな・・気になるし」
皆の視線が再び心愛に集まる。「・・ふっ・・秘密・・」「「「「・・」」」」
勝ち誇ったかのような心愛の微笑みに皆の額に青筋が立った。
「皆さーん、ご飯の準備が出来ましたよ・・食堂に集まって下さーい」
愛理から艦内アナウンスが入り、心愛への追及は渋々お開きとなった。
「「「「絶対に後で聞き出してやる(のですわ)・・」」」」他のメンバーは心に誓うのであった。
その後、三日間の試験航行を無事に済ませた勇作達は拠点へと戻った。
オケアノスの試験航海成功後、二日を空けて今度は大型飛行船の試験飛行を行うことになった。
今回もメンバー全員が参加しての試験飛行になった。
拠点地下三階から螺旋階段を上がって滑走路に出た。
目の前には堂々たる雄姿の「エルピーダ」(ギリシャ語で希望)が佇んでいた。
外装を白色で統一し、横腹と垂直尾翼には白旗に富士山、頂上に日の丸の勇作達拠点のマークが描かれていた。
これは拠点外で活動する際に、所属を明確にすること、勇作達は独自領を持っていることを諸外国に表明することが目的だ。
このマークはホバー、カーチス、オケアノス全てに描かれている。
「さあ、皆さん、搭乗下さいませ・・」
薄い胸を精一杯強調するように胸を張って搭乗用タラップを降下させた。
機体の大きさはジャンボ機には及ばないものの、墜落事故で有名だったオス〇レイより一回り以上大きい機体だ。
この大型飛行船は速度よりも長距離移動の際の居住環境に拘った。
先般、王都までホバーで移動した際には片道で五日間以上を必要とした。
しかし、エルピーダであれば一日程で王都に移動できる。
胴体はかなりの寸胴で輸送機と言った方がしっくりくる形状だ。
機内は三階構造になって最上階から三階が作戦指令室や操縦室、レストルーム、キッチン、バス、トイレなどが配置されている。
要人を輸送することも考慮してレストルームの隣には寝室も用意してある。
指令室と操縦室はレストルームとは別空間になっていて、メンバー以外には入室できないようセキュリティを掛けてある。
二階はメンバーの居住空間になっていて一人一室、計十室が中央通路の両側に整然と並ぶ。
操縦には常時三名必要なので、交代して休憩を取る場合には好都合である。
この階には本格的なバス、サウナ、化粧室なども配置されている。
三階のキッチンとは別に二階にもメンバー専用のキッチンが備わっている。
一階は機関室と武器・弾薬室、貨物室が配置されている。
エンジンや各機器、収束機関砲などの整備はここで行う。
貨物室にはホバーとカーチスが搭載出来るようになっている。
よく積めるものだと感心する。
各設備や部屋を確認し終わったメンバーは指令室へと集まった。
「では、これよりエルピーダの試験飛行を行う・・日程は二日・・と言いたいところだが、あまり目立ちたく無いから丸一日とする・・後は愛理、頼む」
「分かりました・・全員の着席を確認・・シートベルト着用確認・・では、発進して下さい!」
「了解ですわ・・エルピーダ、発進!」
艦長が愛理、操縦士は花梨、副操縦士が志摩、機関士は早苗、通信士が花江という布陣だ。
「エルピーダ・・発進や!」
志摩が操縦桿を握り、スロットルを徐々に開いていった。
「ツインサブエンジンの出力は安定してるねぇ・・」
滑走路を滑るように走り出した機体は急激な加速に移って機首を上げた。
「エンジン、フルスロットルですわ」
「了解!フルスロットルや!」
「OK!エンジン全開だねぇ・・」
エルピーダは推進用メインエンジンを機体中央後部に配置し、主翼の端部には左右一基ずつサブエンジンを搭載している。
三基のエンジンが火を噴いた。
機体が爆発的な加速を始め、一瞬の溜めを経て地上を離れた。
メンバーは漏れ無く加速Gによってシートに縫い付けられることになった。
「高度五千メートルに達したで・・」
「メインエンジン停止、サブエンジン安定飛行に移行ですわ・・」
「了解だねぇ・・メインエンジン停止、OK・・サブエンジン、安定稼動OK」
エルピーダ級の大型飛行船ともなると最も難しいのは機体を浮かせる離陸である。
主翼に各一基搭載したサブエンジンは収束エネルギーを応用したエンジンであり、かつての世界のオス〇レイのようにエンジンの噴射方向を三百六十度変更することができ、垂直離発着も可能で飛行速度を考えず安定飛行を続けるだけであればサブエンジンだけでも可能だった。
だが、滑走路を使用した離陸や飛行速度の確保を考えるとどうしても推力が不足していた。
花梨が悩んでいたのもこの点だった。解決方法が見つからないまま悶々とした日々を送っていたある日、海岸で海面が異様に光る現象を目にした。
メンバーの協力を得て海底にある特殊な結晶を発見することができた。
夥しい数の白い蟹達に守られた結晶は地底からの莫大な火山エネルギーを蓄えていた。
花梨はこの結晶を更に高密度化し、そのエネルギーを取り出すことに成功したのだった。
この結晶の難点と言えばそのままではエネルギーが自然放出してしまうので特殊な容器が必要であること、即時危険と言う訳では無いが放射線を放出していることである。
かつての世界のウラン等を利用した原子力エンジンにも似た管理が必要である。
また、結晶からエネルギーを全て取り出してしまうと、ただの結晶に戻ってしまうために有限であることも問題点の一つであった。
再度、結晶にエネルギーを充填することは可能だが設備上の問題から拠点で無ければ出来なかった。
このため海底エネルギー結晶を利用したメインエンジンは使用タイミングを見極める必要があった。
通常のヘリコプターで最高飛行速度は時間当たり約三百キロメートル、オス〇レイ(汎用型)で時間当たり約五百五十キロメートル、汎用爆撃機で時間当たり約六百から七百キロメートルと言われている。
エルピーダの場合、三基のエンジン全開飛行で時間当たり約八百キロメートル、メインエンジン一基では約五百キロメートル、サブエンジン二基だけでは約三百キロメートルの飛行速度が出せる。
機体重量はかつての世界の同系統機が三十トン超えであるのに対して、エルピーダでは約十トンに抑えられた。
軽量化は性能向上に直結するが、強度不足にも直結してしまう。
花梨はモノコック構造部にチタン合金より軽く強度に優れた特殊合金をふんだんに使用して強度を確保した。
他の部分には鉄に匹敵し、加工が容易で重量がアルミ合金の十分の一である檜木材に似た木建材を多用した。
これらの軽量化は飛行速度の確保とエネルギーの節約のために行ったものであったが、考えもしなかった副産物が生まれた。
機体が軽く垂直離発着が可能なため、海上で浮くことが可能であったことだ。
さすがにホバーのような軽快に海面を走ることは難しいが、フロートで浮いている状態なので滑るように移動することは可能だ。




