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バーティゴの空  作者: 浴衣
2/12

その2

カーヴィナス空軍、新規採用適性試験 試験会場


 空が朱く色付きはじめた頃、試験会場となっていた空軍施設から大勢の受験者が帰ろうとしていた。

 試験の良し悪しに関わらず一つの事を終えたという充足感が気分を浮き立たせていた。

 他には何もないその広がりの中で人の列だけが生きている様に見える。

 夕焼けの赤が、赤土の大地に溶け込み、まばらに生える木々に、葉に、染み込んでいる。

 温かな朱色の中、遥か遠くの山々は冬を待つ儚さの中であっても生命力を示している。

 華麗な秋の色彩が相乗効果をもって目を突き抜けてゆく。


 カーヴィナス首都パーシの西外れにあるその施設は、通常は空軍士官の養成所である。

 小振りな滑走路が数本あり、待機している訓練用軽量ジェット機のハイコントラストで光沢ある表面が夕日に反射している。

 人影は見えなく、シルエットになりかけた機体に、物悲しい哀愁を漂わせている。

 格納庫への収容を待つ戦闘機の開け放たれたキャノピーには、空を染めながら沈んでゆく太陽の細い白色光が虹色のスペクトル模様を伴いながら反射していた。


 コンクリートで申し訳程度に作られた飾り気のない正面門を出て、15分程歩くと首都へと伸びる鉄道の中継場所がある。

 ここより首都とは反対方向となる西側には、国境と国防の要である空軍の最前線基地群がある。

 そこは、立ち入り権限を持たない一般人にとっては未知の領域であり、大方の市民なら行きたいとも思わない危険地帯である。

 ここは、戦場となる中央大平原に向けて段々とレベルの上がってゆく階層的危険地帯の、ほんの入り口ということになる。


 試験の行われた施設は、航空機の操縦技術という特異なものを習得する地理、ならびに安全面での都合上、都市部と前線の間に位置している。

 危険を伴うこの施設の周りには駅ぐらいの建物しかない。

 視界を遮る物の一切無い、赤土の平地が広がる中、駅へとまっすぐ伸びる舗装道の上を人の列だけが進んでゆくのだった。


 ロード・ハーノクスもまた駅へと向かう人の列の一部となっていた。

「は~ぁ。」

 歩きながら小さく抜けるような溜息をつく。

 季節は秋の半ば、夕暮れともなれば袖のある服を着ていても肌寒さは意識される程である。

 鼻から息を吸い込むと、冷たい空気が鼻の奥にぶつかり、ヒィーンと痛む。

 試験のせいで火照った頭にはそれが気持ちよく、周りの広々とした景観とあいまって緊張にも似た感慨を抱かせた。

 体の中に堆積した蒸し暑い淀みを、冷たく清められた秋の空気が洗い流してくれる気がする。


 足をはこぶ心持ちは重いが、歩調は速く、どんどん周りを追い越していく。

 同じ学校から受験に来たのだろう団体がそこら中に見られる。

 一人で来たロードは居心地の悪さもあり、ますます歩調が速くなった。

 空に溶け込むように、遥か北の彼方に万年雪を被る巨大な山脈群が見える。

 感覚が鋭敏になり過ぎていたのだろう、高く朱に染まりかけた空と、手を伸ばしても触れるものない左右に開けた空間は、ロードの背筋を真っ直ぐに伸ばす。


 自然と駅に着くのは早くなり、出発が遅れていた 予定よりも一本早い電車に駆け込む。

 外気と遮断されただけで、温かく感じるのは季節のせいだろう。

 受験生は、まだほとんどが着いてはいなくロードと共に乗ったのは10人に満たない。

 電車の中はハープやケーセスなどの前線基地から乗ってきたのだろう、軍関係の制服や作業着を身に付けた人達が多い。

 空いているため、三人分空いている席を見つけてロードは余裕をもって座ることができた。


 窓の外の赤い景色が電車のモーター音に同調して流れ出す。

「ふぅ~。」

 本当に一息つくと、空いていた左隣の席に別車両からやってきた女の子二人組みが座ってくる。

 頭の使い過ぎで、席を一つずれるそれだけの振動で、目の奥が焼きつくように痛む。

 熱をもった瞼が、異常に熱く感じられる。

 今は、ほんの些細なことでもロードにとっては、ストレスとして感じられかねない。

 幸いなのは隣の二人組みが清々しく品がよかったことである。

「わざわざすいません。」

「ありがとうございます。」

 そう言われると疲れた顔に自然と微笑が生まれるから不思議だ。

 赤と蒼、黒に分かれたグラディエーションを反対側の窓に眺めていると、試験の結果はともあれ一応の達成感がロードの疲れを癒してくれる。

 電車が揺れる。

 隣の乗客と触れる腕の温かさが大げさなまでに感じられ、はじめて、秋風で体が冷えてしまっていることにロードは気づいた。

 この時期、まだ電車の暖房は入っていない。

(寒さの感じ方にも趣があるなぁ。)

 などと勝手なことを考える。


「ねえ、テストどうだった。」

 一瞬にして神経が左耳に収束し、電車のモーター音やレールのつなぎ目を越える雑音は意識の集中によって分離され、ロードの耳に届くのは彼女達の声だけとなる。

 隣の二人組みはどうやら、ロードと同じ受験生だったようだ。

「うん、バッチリだったよ。今年は簡単だったんじゃないかな。」

「そうだよねー。」

(え、簡単だったか?)

 ロードの一度浮かびかけた心は、前にも増して沈むことになる。

 一応は全力を尽くしやり遂げたということで、妥協と納得していた問題が、もう一度その言葉で不安の要因として甦ってくる。

 その後も二人は話を続けていたが、既にそれはロードの心に留まるものではなくなっていた。

 それなりに出来た、という感覚はあったが、彼女達の言うような手ごたえはロードには無い。

(ダメだったかな・・・。)

 減速していく車中で、やがて二人は目的の駅に着いたのか、膝に置いていた鞄を脇に抱え直し立ち上がる。

 二人はロードに軽く会釈をするが、返すロードのそれは初めとは違い、作られ引き攣ったものとなる。 それには気づかなかったのだろう、彼女等は笑顔で降りていく。

 閉まる扉からは、夜の湿った冷気が吹き込み、ロードの足元に纏わりつく。

 影は暗く滲み、駅前の商店街には十字に線を伸ばす色とりどりの光源が眩い。

 流れ出した車窓はその景色を後にして進んでゆく。

 知恵熱が引き、体温が下がってゆくのにあわせてロードの頭は氷のような現実に引き戻されていった。



 ロードは首都パーシ東中央部にある家の庭先まで帰り着いていた。

 ドアノブに手を伸ばそうとして、不意にロードが視界を廻らすと、すでに外には星が出ている。ポッカリと空いた秋の空気は、本当に星を瞬かせていた。

(こんな時ほど、目に映るものが美しく見えるんだな。)

 大きく吐き出す息は、さすがに白くはないが、その温かさは同時に辺りの肌寒さを一層意識させる。

「ただいま。」

 ドアを開けると外の風よりも一回り柔らかい空気がロードを包む。

 靴を脱ぐと、ロードは階段を上りそのまま自分の部屋へ向かう。

 異常に足が重く、一段一段足を引き上げるのさえ辛い。

 階段の電気をつけるのさえ面倒で、ロードは真っ暗なままの階段を感覚を頼りに上っていく。


 部屋の電気をつけ、ナップサックを放り出し、ベッドに横になると頭のジリジリする痛みもだいぶ和らぐ。

 そのままの体勢で足だけで器用に靴下を脱ぎ部屋の端に放り投げる。

 何でもない布団が思いのほか暖かく感じられ自然と顔がほころぶ。


 沈む、沈む。


 しばらく何も考えず体の強張りが抜けていくのを感じていると、時刻は8時になるところだった。

 トタトタと、ゆっくりと落ち着いた足音が階段を上ってくる。

 ロードの部屋、外の戸口から声がかかる。

「お帰り。ロード、夕ご飯食べなくていいの?」

 ロードの母親の声・・・。

「あ~、いいよー。いらないや。」

 横になったままドアの向こうに向けて、ロードは答える。

「おにぎりでも持って来ようか?」

「あ、・・・うん。ありがとう、じゃあ、頼むよ。」

 やはり、お腹が空いているかもしれないなと思い直し、珍しい母親の気回しを受けることにした。

トトトトト・・・

 降りていくときの足音は少しリズムが速い。

 体を動かさずにいれば、母が台所でいろいろと動く音が聞こえてくる。

「はぁ・・・。」

 勝手に息が漏れて笑みが浮かぶ・・・。

 そうなってみると自覚された空腹は待っているロードの時間を遅くする。

 しかも疲れは頭だけでなく体にも溜まっていたようで、今この体勢は非常にまずかった。

(眠ってしまいそう・・・。)

バッ!

 いきなり、何の前触れもなく起き上がると、ロードはそのまま机に向かう。

 こういう時、そろそろ起きようかな、などと考えること自体でズルズルと時間が過ぎ、ますます起きられなくなってしまう。

 人から教えられたことの受売りだが・・・ロードの耳には、はっきりとその声が甦る。

「『起きるかどうするかは、起きてから考えなさい。』、だな…。」



 机の上にはモニタとキーボード、そしてフライトシミュレータ用のコントロールスティックとヘッドマウントディスプレイが置いてある。

 ほとんど何もない部屋の中で、机の周辺だけに物が積み上げられていた。

 ベッドと机、本棚だけというような部屋。くつろげるような部屋ではない。

 壁にはポスターの一枚も無く、元々の白一色である。

 机の隣にある棚には、モニタとキーボードの本体となる少し大きめのコンピュータが置いてあった。

 一般に普及している、コンピュータとゲーム機の融合機、その中ではランク的に上の中程度のコンピュータである。

 その中には、ネットワーク経由で対戦が可能な最新型戦闘機フライトシミュレータがインストールされている。

 ロードがモニタの電源を入れキーボードに何事か操作すると、画面はネットワークに接続され他者との対戦にエントリー可能である状況を映し出した。

 このシステムは空軍が開発したもので本物のパイロットが使うシミュレータを元にして製作され、その飛行動作がほぼ完全に再現された、およそゲームとは呼べない代物だった。

 このシミュレータは、民間人レベルでの航空機操縦技術の向上、ひいては軍パイロット自体のレベルの底上げに大いに役立っている・・・らしいのだが、ネットワーク対戦は一昨年から開始されたばかりで実証できる証拠は未だ提示されていない。

 それ自体は空軍のプロパガンダ、人材の募集・育成が目的なのだが、このような軍事秘密の水準に属するものを大々的に公表し運営できるのはこの国独自の特殊な事情によるものだ。

 この国、カーヴィナスにとっての戦闘機とは、全てに於いて中心・優先となる特別な存在なのだ。


「はい、できたよぉ!」

 そこまで進めたところで母親の元気な声が聞こえる。

 トレイで塞がれた手の代わりに足でドアを開けて入ってくる。

 それ自体は子供っぽく危うい行動なのだが、この人がやると妙に落ち着いて普通に見えるから不思議だ。

 そのままにスイスイ歩いて、部屋の真中にあるテーブルにおにぎりを載せたトレイを置く。

 無暗やたらと、おにぎりが大きい。

「ありがと・・・。」

 少し頑張って、珍しく素直に言おうとしたお礼に、たいした反応もなく母親は被せるように言う。

「で、どうだったのテストは。」

 ロードに最後まで言わせてくれなかった母は、笑うでもなく無表情なままテーブルの上のトレイを見たまま問う。

(ん?)

 ロードは何か違和感を覚えるのだったが、母の質問はロードにとって痛いところを突かれた答えづらいものだった。

 違和感が気になりつつも、ごまかす言葉を探すために、他のことまで頭が回らなかった。

「ん・・・と、なんか出来たような、出来なかったような・・・。

 何しろ、バカでかいハンデがあるし、予測がつかないよ。」

 自信なく、はぐらかすようにロードは答える。

 母はそんなことお構いなしに続ける。

「ロード・・・、本当に大丈夫だったら2回もおっこちたりしないでしょ?」

「はい、その通りでございます。」

 ロードは、かしこまるしかない。

 そこには、少しの苛立ちという先程の反動も混じるが、それをわざと、おちゃらけて言ってみせる。


「・・・でもよかったじゃない、今年からは実技が加わったんでしょ。

 それで挽回しましょう!」

「そ、そうだよ!

 実技にはちょっと自信あるんだ!」

 そう言って立ち上がると、拳に力を込め無理やり意気を奮い立たせる。

 繊細さと単純さを併せ持ち、それらを使い分けるのは容易ではない。

 一気に気分を転換させられるそれは、ロードの才能だ。

「じゃ、がんばってね。」

 ロードの大げさな盛り上がりをよそに、そういって母親がそのまま部屋から出て行く。

 ロードは、もそもそとおにぎりを食べ始める。


 何か違和感があった。

 いつもの母のように、明るくサバサバしているように感じるのだが、何か、実がない。

(試験のことがそれほど気になるのだろうか?)

 ロードには、それも違うような気がした。

 しかし、おにぎりは美味しいからよしとする。

「ん? 珍しく具が入ってるし・・・。」

 一人、笑いながら呟く。

 3つあった不格好で妙に大きいおにぎり食べ終え、指に付いたご飯粒も丁寧に食べる。

 トレイにあった布巾で、その手を拭きコンピュータディスプレイに向かう。

「さてと、一つ行ってみようか。そーれ、ポチッとなー。」

 青い半透明強化プラスチック製のHMD・ヘッドマウントディスプレイをかぶり、参加エントリーにかかる。

(僕には、これしかできることもないからな。)


 ディスプレイには、高い青空の背景に現在対戦可能なエントリーネームの一覧表が表示されている。

 勝利数・全対戦数・勝率などが一人ずつについて記載されていた。

 この情報は空軍のデータベースによって一括して管理されていて参加人数はなんと、全国民数を上回る。というのは、同一人物が複数のエントリーネームを作る例があるためだが、それにつけてもこのシステムの規模の大きさが伺える。

 上位では総合ランキング2~5位が現在参加し、対戦相手を探していた。

 画面上の変化はないが上位陣に対戦希望が殺到しているはずだ。

 おそらく、希望者の属するランキングレベルを考慮して対戦を見合わせているのだろう。

「うわっ!凄いなー、今日は。5本指が総出演だし!」

 ロードはひとり言を呟きつつ、キーボードの操作を続ける。


『どなたへの対戦を希望しますか?』

 続いて対戦のためのウィザードが重ねて表示される。ロードはそれを慣れた手つきで進めていく。

「No.2 T.REXさん、よろしくねっ、と!」

『No.2 T.REX に対戦 申し込みをします。』

 ロードはそこでエンターキーを押ししばらく待つ。

 その間に画面の右側は、文字データに埋め尽くされてゆく。

 それは、ロードとの対戦を希望する者達からの対戦申し込み通知である。

『対戦が決定しました。対戦フィールドに移行します。』

「よし。」

 画面が切り替わり、機種選択や諸設定などのキーボード操作を終え、ロードはスティックへ手を移動させる。

 スティックを強く握り締め、それを自分の体の一部・意識の通ったものにしてゆく。

 液晶ディスプレイは対戦開始までのカウントダウンを始める。

 このディスプレイが、飛行計器を表示し始めるときが対戦開始である。

 T.REXにもロードと同等の対戦希望者があったはずである。

 その中から選ばれたにしては、ロードの待ち時間は異常に短い。


 ロードは沈黙するディスプレイに向かい、静かに開戦を待つ。

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