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バーティゴの空  作者: 浴衣
1/12

その1

パイロット

 水先案内人。航空機操縦者。


 しかし、戦闘機パイロットはその中でも更に特殊である。

 虚空にあり、音を超える速度で飛行し、陸上での何倍ものGに耐えながら己の持てる技の限りを尽くす。全ては敵機を撃墜し、敵国の脅威から自国を守るために。

 頭脳的にも身体的にも厳しい訓練と評価を乗り越え戦闘機に搭乗する資格を得ても、待ち受けているものは危険を内包する任務の連続である。


 誇り高き大空の住人。

 骨は軋み、血液降下による意識喪失の恐怖と戦いつつ、黒く塗り潰されてゆく視界の中、一線を見極め限界まで歩を進める。





「01より全機、ウィング大隊これより交戦する。

 各機、エレメントを維持しつつ陣形ハイ・ローで散開せよ。

 2、3、ドライパワーで7,000まで上昇。ついてこい。」

 イヤホンからは呼吸補助マスクを付けているため篭ったような息づかいが聞こえてくる。

 空飛ぶ作戦司令基地、AWACSからの通信が割り込む。

『アウルより全機。再度確認、敵機数13、大隊規模。』

『距離180km。』

『ブレイク!

 敵セミアクティブ・レーダーミサイルの発射を確認!

 回避する!!』

『アウルより各機、ウィング3の回避に合わせて指向性ジャミング発振。

 周辺機、注意せよ。』

 最前方を飛行していた味方のV-53戦闘機が、銀色にチカチカと太陽光を反射させる、コーティング処理された無数のガラス繊維を放出し、進行方向左下へ降下旋回してゆく。

 レーダー波撹乱物質を散布することで、レーダー探知型ミサイルに錯覚を生じさせ、追尾を振り切るためである。

 比べる物のない空中に舞う、反射元である大小さまざまなチャフは、はらはらと銀色に輝き揺れながらその場に漂っているように見える。


 一瞬ノイズとともに、レーダー画面が真っ白に変わる。

 すぐにもとの背景色に戻り、敵機を示す光点も復活する。

 味方機を狙って発射されたミサイルは、進路を変えず元々V-53のいた場所へ。今はチャフの舞う空間へと直進してゆく。

 チャフを突き抜け、目標を失い地面に向けて落下していくミサイルは、V-53の回避動作が成功したことを告げていた。


 13機いるT.REX達ウィング大隊は、三次元的に距離を取っているため、他の機は直進するだけで先頭の機が回避した流れ弾をやり過ごし、T.REXは足元で目標を見失ったミサイルと交差する。

最早“死んだミサイル”だとはいえ、本来なら大地のあるべき足下を通過する死の矢に、絶対の支えを壊される思いがして冷や汗が噴き出す。

 空っぽの空間には、支えとなるものなどどこにもないのだ。


 敵機大隊は、これらの戦闘機が有するレーダーミサイル撹乱用・対電子装備の威力を知っており、それ以上無駄になるミサイルは撃ってこない。

 それは、T.REXにとってはありがたいこと。

 何故なら、いかに優秀なECMを装備していようと100%の回避成功が確証されている訳ではないからである。


 音速を超える速度同士で接近する両編隊の距離は瞬く間に消滅してゆく。

 敵機が目視で確認されてしまうこの距離は、格闘戦…ドッグファイトの間合いである。

「やはり、フェザー大隊か。いくぞ!」

 ヘッドアップディスプレイに正面敵機の情報が表示される。

『エルドシン フェザー11』

『チクショウ、今日は厄日だ、フェザー 11を確認。

 大隊全機へ、“ジュラーヴリク”を確認!!

 警戒せよ!』

 その通信に、T.REXは静かに空気を体の中に貯めこみスロットルレバーを握り直す。

 機体の傾きを示すウィスキーマークと、機体の未来位置を示すベロシティベクトルが目標と重なり、T.REXは目指す敵機と結ばれた直線の上をまっしぐらに突き進んでゆく。

 赤外線追尾ミサイルの射程内に敵機を捕らえるが、正対したこの状態では2機の相対速度が速すぎる。

 このミサイルの性能では敵機を追尾し切れない。

 T.REXは撃たない。

『T.REX、ヴリクは任せた。』

「任せろ。流れ弾を喰らうなよ、コミ。」

『他は俺達に任せろ。』

 目指す敵機の下を取るように、T.REXは機体を沈み込ませる。

 6枚の翼面がうごめき、翼端からは細い筋雲・ベイバーが置き去られる。

 T.REXら編隊機は蒼き空塊に上下の高度差をもって敵機と擦れ違うのだった。

 T.REXは素早く首を廻らせ、視界に背後へと消えようとする敵機を捕らえ続ける。

 光を映しこみ、歪むキャノピー越しの視界。

 小型の敵EN‐65戦闘機は、その中ですぐさま黒い点に変わり始める。


 現状を把握するためにT.REXの意識は、無線通信に向けられる。

『アウルより、4。

 インターセプト・FOX-1! 十時上空だ。』

 一機の翼下から突如ミサイルが分離、瞬間磁石のように真横に方向転換して飛び出す。

 AWASCSによる間接制御により、隊機のセミアクティブレーダーミサイルが発射されたのだ。

 隊機に優位となる旋回に入っていた敵機が、発射諸元を確認し即座に回避行動に入っていた。

『すまん!助かった。』

『アウルより、6。

 敵機、正面下方。上から狙え。』

 即座に、ウィング6が横転し、背面状態から地上にむけて機首を向ける。

 双方の背後を狙い合う敵味方の軌跡を正面に捉える。

『Caution!!

 7、撃墜警告!

 敵機、2エレメント!』

『っ!!』

『急いでくれよ、アウル!』

『Caution!

 アウルより、カウンター!

 計器記憶せよ!

 スリー・カウントダウン!

 3、2、1、ゼロ!』

 自軍AWACSであるアウルの通信を合図にT.REX機の計器が一瞬明滅し、無線もレーダーさえも暗転する。


 通信機から感じられる切迫した状況の中、T.REXは冷静にターゲットに対応してゆく。

 今はどうしても、味方機の加勢に向かう訳にはいかない。

 彼が追っているターゲットを、野放しにした場合の危険性は、現状程度の比ではないのだ。

 この戦闘空間において彼が担っている責務は、今追っている敵自由行動機を常に押さえ込み、撃墜を狙うことである。

 狭苦しいコックピットの中で、サイドスティック型操縦桿を斜め右下にゆっくりと引き込むと、T.REXの搭乗機、V-54 スターカウンターが上昇しながら旋回反転、敵機EN-65ユーネスの背後に回り込む動きをとる。

 それとともに、敵機を追いかけていた頭と視線はゆっくりと正面に近づいてゆく。

 視界隅に映る自機の、翼の付け根から鋭角的に見える白い雲が湧きたつ。

 その目に映る世界は、人が投げ出されようものならば四肢を捻じり切るほどの、苛烈に重く粘りつく流れの真只中である。

 キャノピーに薄く映り込む光だけが、辛うじてそこに隔たりがあることを思い出させる精神安定剤となるのだった。


 マスクのチューブを逆流する吐息が大げさなほど自分の耳に聞こえる。

 自機の機動にともなう強力なGがT.REXの血液を頭から遠退かせ、視界は端から次第に黒に侵食され始めていた。

 この視界が全て閉ざされた時が意識喪失・ブラックアウトの時である。

 そうなれば、戦闘中に意思を失った機体は敵機による撃墜か、降下角度が深ければ墜落を待つだけである。


 いち早く敵機を撃墜しようとすれば、火器攻撃可能な場所に着くために、素早く鋭い旋回を維持しなければならない。

 しかし、それは同時にパイロットにかかるGを増加させ、パイロットをブラックアウトに導くのである。避けては通れないジレンマが、操縦者に自らの身を切り裂く刃を選ばせる。

 旋回を続ける二機。固定されたかのような二機の空間配置においても、V-54 スターカウンターの機首はゆっくりとではあったが、しだいに敵機の尻を向こうとしている。

 背景となる広大な赤土の大地と地平線、山の稜線だけが回転するコマの模様のようにそのディティールを歪ませ色を混ぜ合う。

 赤外線ミサイルシーカーによるIRロックかレーダーロックを済ませればミサイル発射可能な位置に敵機はある。

 だが、今の自機射撃軸線から敵機が50度もずれた、オフボアサイト射撃ではミサイルの発射・追尾は可能であっても、確実性は低く無駄弾に終わる見通しが強い。

 より命中の確度を上げるならば、T.REXはさらに敵機の背後に回りこまなければならない。


 死の一線は同じ旋回率を続けていても音もなく、静かに確実に近づいてくる。

 それは潜水によく似ていた。深ければ深いほど、動けば動くほど、長ければ長いほど、それは自らを苦しめるために迫る沈黙。

 全身の筋肉硬直によって、頭に絞り上げられた血液がブラックアウトに抗う。鍛え上げられた肉体の硬直は、強烈な圧力となって末端の血管から血液を絞り上げ、その圧力によって目の奥が鈍いズキズキとした痛みを訴えている。

 硬直させた筋肉は小刻みに震え、繊細さを必要とする操縦の妨げとなる。

 限界は近かったが、辛うじてヘッドアップディスプレイの端に敵機の機影が入ってくる。

 素早くスティックのIRロックシーカー起動ボタンを押し込むと、V-54のつるりとした流線型腹面ハッチが瞬きの間に開く。

 ハッチを押しのけるようにIRミサイルシーカーが敵機を睨む位置にせり出し、瞬時にロックオンを完了する。

 敵機がサイト正面に納められているならば、その間1秒とかかりはしない。

 敵味方識別信号を閉ざし、赤外線を受動追尾するだけのIRミサイルでは、上手くすれば撃墜のその時まで、敵機に自機がロックオンを完了したということさえ知られることはない。

「敵機補足、FOX-2!!」

 すかさず、赤外線追尾空対空ミサイル発射を示す略語を無線に叫び、サイドスティックの親指位置にあるミサイル発射ボタンを押しこむ。

 しかし、強力過ぎるジャミングの中、その通信がアウルに届いたかどうかは怪しい。

 腹面に開かれていたコンテナ内、短距離空対空IRミサイルがゲートから解き放たれる競走馬さながらに飛び出してゆく。


 抜け落ちたフィルムのコマを埋めるかのように、突然に現れ真っ直ぐに伸びてゆくミサイル雲。

 T.REXの行動を警戒していた敵機は、すぐさまミサイルの目をごまかす赤外線発信元であるフレアを放出。

 雲を引きつつ左斜め上方へ急旋回。

 斜めにバンクをとった状態の敵機には、憎たらしいまでの高機動を生み出す三面翼形態がはっきりと確認出来る。

 速度が十分だった敵機は、ミサイルが敵機へ加速・軌道変更をしきらない内に、高い旋回性能を活かし瞬時にミサイルの追尾可能範囲から抜け出してしまう。

 ヘッドアップディスプレイの上方に敵機を捉えつづけていたT.REXからは、自機が発射したミサイルが、フレアに騙され敵機あらぬ方向に直進していく様までもしっかりと目視できた。

 ヘッドアップディスプレイの敵機影を囲むコンテナが、未だ変わらず敵機の健在を証明していた。


 T.REXの機体は、そのままミサイルロック範囲からの脱出を図る敵機を追い、六枚の主翼から細い筋雲を吐き出しながら鋭く切り込んで行く。


 両軍の入り乱れた軌跡。

 しかし、地上で傍受される戦闘通信はザラザラとしたノイズの中、激しいパイロット達の吐息を伝えていた。

どうもどうも!

ご興味持っていただきありがとうございます!


本作は、12話程度を目途に書き溜めていた分を消化する見込みです。

消化後は、続きを書くかも未定です。

読んでいただいた皆さんのリアクションを見て、どうするか考えようと思っています。


つきましては、

良くも悪くも、感想・評価、なんでもよいので頂けると幸いです!

お知り合いの飛行機好きの方にもご紹介いただけますと、私が喜びますw


それでは、諸君の奮闘を期待する!

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