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バーティゴの空  作者: 浴衣
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3/12

その3

 ヘッドアップディスプレイが一瞬の暗転の後、ロードは高度2,000mへと投げ出された。


 ヘッドマウントディスプレイは全周囲の広大なる空間を創出する。

首を回せば、ヘッドマウントディスプレイに映し出される景色も追随し、仮想空間を飛ぶコックピットからの視点が映し出される。


 マーカーが素早く正面に位置する敵機T.REX機を捕らえるが、ロードも敵機も撃ちはしない。

 全速交差の後、対戦を始めるというプレイヤー同士による習慣。

 いわゆる儀式である。

 この交叉によって、パイロットは敵機種を判別し、それに合わせて戦術を対応させるのである。

 この行動は、非戦闘状態での国籍不明機への国際規定としての対応マニュアルが元となっている。


ガオォォォーン!!!


 交差の瞬間、機体が空気を切り裂く轟音がロードの周囲を包む。

 聴覚から伝わる情報はまるで本物であるが、体全体を震わす空気の振動というリアリティはさすがに感じない。

(V-54、いつも通りだな。)

 すれ違い様にT.REX機V-54スターカウンターの特徴的形態がはっきりと確認できる。

 ロードの計器で一時の方向、ピッチ角5度付近に見たV-54は、まるで“ヒトデ”のように放射状に翼面を広げている。

 ロードの知る限り、これがT.REX 絶対の愛機であり、他の機体を使っている所など見たことがない。

 どちらも同じカーヴィナス戦闘機であるため、実際にこのような戦闘はありえない。

 が、これが現時点で最高の現実性を持つ、DACTシミュレーションであることに間違いはない。

  ※DACT ダクト Dissimilar Air Combat Training 異機種間戦闘訓練


 交叉・敵機確認と同時にロードは右スティックでロールしようとするのだが、しかし。

「ん?あれ?

 動かない?

 ダー! どうなってんだー!!」

 操作を加えても、自分の機体が反応した様子が無い。

 具体的には、機体が三次元空間で方向転換したのだから当然生じるはずの、視界・景色の変化が無いのである。

 ロードが焦りながら振り返るその間にも、敵機は直進を続けるロード機を背後から狙うべく、当然のように旋回動作を開始していた。

「まずいぞーっ!」

 全く反応を示さないスティックではどうする事もできない。

 ロードは、一度ディスプレイを頭からはずし、大急ぎでスティックのコードを辿る。

 引っ張るとコードの端が何の抵抗も無く勢いよく手元にまで飛んで来る。

 咄嗟に、飛んできたコードのコネクト部分を宙で掴んだまま、固まるロード・・・。

「・・・外れてるし・・・。」

 接続されていなくては、操縦スティックなどはただの置物と同じ。

 どうりで操作に反応しない訳である。

 思い出したように、大急ぎで足元のコンピュータにコントロールスティックのコードをつなぎ、ディスプレイをかぶると、途端に警報が鳴り出す。

『Caution!Caution!』

 女性の落ち着いた警告音声と計器の点滅が、ビービーという警報と合わさり、ロードの神経を逆撫でする。

「ダァー!わかっとるわい!」

(早すぎる!)

 と思いつつもすぐさま後ろを振り返り状況を確認する。

 距離はあるが完全に後ろを取られる寸前であった。


 警報は敵機からのレーダー波によって、自機が背後を取られミサイルロックをかけられようとしている現状を伝える。

 敵機の背後とは戦闘機の行う高速空間戦闘に於ける絶好の射撃位置なのだ。

 そこを占有されてしまっては、いつミサイルを撃たれ撃墜されてもおかしくない。

 戦闘機同士、パイロットによる最高の技量戦であるドッグ・ファイトとは、須らく、この射撃位置を敵機から奪いあうことを目的にして行われる。

 故に、戦闘機を時計の文字盤中央に12時を向かせて配置した場合、機体背後を意味する6時の方向は、“デッド・シックス”と呼ばれる。


 優れたECMとジャマーの進歩がミサイルの追尾能力を上回っているこの世界の航空技術では、航空機による戦闘はファーストルック・ファーストショット・ファーストキル(先に見つけ、先に撃ち、攻撃される前に撃墜する)の常識から逆行していた。


 その勝敗を決するものは奇しくも前時代的と言われ忘れかけられていたドッグファイトである。


 ロードは後ろを向いたまま左手でスロットルレバーを押し込み、ミリタリー推力で全開にする。

(タイムロスがあったとしても、背後を取られるのが早すぎる。)

 ジェットエンジンの咆哮が一気に高まる。

 コックピット視界を映すディスプレイの空が急速に流れだす。

 ディスプレイに備え付けられたイヤホンからの音なのだが、リアルすぎるディスプレイ映像とあいまって、ロードを完全に仮想空間へと没入させる。

 同時に警報が恐怖のパターンへと切り替わる。

『Caution Missile!! IR』

 敵機からロードに向けて、赤外線追尾ミサイルが発射されたことを示すミサイル警報である。

 しかしこの場合、本来受動的追尾であるIRミサイルを、後方警戒レーダーで感知できただけでもロードにとっては幸運である。

「っ!」

 ロードは操縦スティックをほんの少しだけ手元に引き、機首を持ち上げる。

 ヘッドアップディスプレイ隅の高度計の数値がカタカタと目まぐるしく上昇している。

 ミサイルは急速にロードとの距離を縮め迫ってくる。

 高度は6,000mになろうとしている。

 ロードは素早く周囲の地形を確認し、スロットルをアイドリング状態にまで引き戻す。

 速度もミサイル回避の急旋回に耐えられるくらいは十分ある。

 急旋回は機体速度の低下を引き起こし、速度の低下は旋回率の低下を招く。

 そうなれば、ミサイルを振り切れず撃墜されるだけである。


 操縦桿を右に傾け、機体をネジのように捻らせると、頭上の景色が蒼から茶色へと徐々に回り始める。

 左手の指はスロットルバーのチャフ・フレア手動放出ボタンに置かれる。

「くっ・・・。」

 回避のための、赤外線探知追尾型ミサイルに対処するための疑似餌・フレアが放出されたのと、地面に向けて一気に機首を引き起こしたのは同時だった。

 ロードの機体は背面飛行から、地面に向けて垂直に降下することになる。

 ロードは地面に向けての上昇・ピッチ操作を続けたまま、再度、スロットル(エンジン出力コントロールレバー)をアフターバーナー直前までの全開にする。

 アフターバーナーまで使用すれば、推力(機体を前に進ませる力) が増加すると同時に、テールノズルからの赤外線放射も爆発的に増し、フレアの効果が薄れてしまうからである。

 その間もロードの眼は目前に迫ったミサイルからそれることはない。V-53は地面へ向けてのUターン機動であるスプリットSの軌跡を描く。


シュウ、シュウ・・・


 と、耳の近くを高圧な血液が流れる音がする。

 シミュレータの筈なのに、なぜかロードの体は音がしそうなほどに強張り、視界は真っ赤に染まる。

 空気を吹き込まれる風船のように、ロードは内側から体を押し広げる圧力を痛いほどに感じていた。

 その中でフレアの出す強赤外線にミサイルが惹かれていくのが見え、点に見えたミサイルは長く尾を引く線になるのだった。

 そこまでを確かめ、ロードはスロットルを半分まで戻す。

「よしっ!!」

 体の強張りが一気に解ける。

 反撃開始、ロードはゆっくりとピッチを水平に戻しつつ、バンクを雑ぜミサイルの雲に対して鋭角的に飛ぶ。

 敵機はミサイルが外れたのを確認し、さらにミサイルロックをかけるためフルスロットルで迫って来ていた。

 向かい合い接近する二つの機体は急速にその距離を縮める。

(どうやって、反撃に移るか。)

 ロードの耳にミサイル警報アラームが響くが、無視して飛び続ける。

 上方の敵機から発射されたミサイルが迫ってくる様子が、レーダー画面に不気味な光点となって表示されている。

(その位置からでは、当たりはしない。)


ヴォォォォ・・・・・ン!


 1,000m程あった高度差と2機の相対速度に対応し切れずに、ミサイルはロードと交錯、捉えきれずに後ろに流れ去って行く。

 続けざまに敵機との二度目の交錯。

 ロードは首を伸ばし、太陽の逆光の中で真っ黒な影となり、視界から逃げていく敵機を目で追いかけ続ける。

 影は、クルリと横転する。

(そのロールは、急旋回・反転のためのものだ!それなら。)

「っ…!」

 ロードはスロットルを一気に限界まで引き絞り、同時にピッチを急速に引き上げる。

 一瞬のタイムラグの後、視界が流れる。

 旋回に合わせて四肢の筋肉を硬直させ、血液を頭部に絞り上げる。

 途端、感じる激しい頭と目の痛み。

 目に映る物は全て先程よりも更に赤く染まっている。

(くっ、我慢しろ。いつもの事だ!)

 70度程もの大仰角に機首を上げるとスロットルを三分の二まで開く。

「ふぁっ…!はぁ、」

 硬直させていた筋肉の縛りを解くと、大きく息をつき背後の敵機を確認する。

 敵機は旋回しロードの背後を取るための急旋回機動をしていた。

 その結果、数秒後に敵機はロードの下をくぐり、前下方に飛び出す格好に誘い込まれる。

 交錯時に下に見えていたロード機が急上昇したため、その時 目を離した敵パイロットのロード機予測存在範囲内にその機影がなく、パイロットはロード機を見失ったのだ。

 今や形勢は逆転しロードは敵機の真後ろにいた。ロードがゆっくりとピッチを下げつつスロットルを開けると、敵機が地平線と共にサイトの中心へ入ってくる。

 コントロールスティックのIRミサイルシーカー起動ボタンを押し込むと、ミサイルロックのためのシーカーが、正面に見える対戦機の尻を追いかけ始める。


ピッピッピッピッピッピッ!ピーーーーーー!


 効果音の変化はロックオン完了を告げるもの。

 敵機との距離はだんだんと近づいていた。

 ロード機の方が速く、距離もあまりない今の状態でミサイルが発射されれば、機体速度にそのままミサイルスピードが加算され、敵機に回避動作を取らせる余地はなかった。

「よしっ!」

 ロードは躊躇なくミサイルを発射する。

 一呼吸の後、白く細い雲が急速に敵機に向かって行く。

 雲が伸びていき、レーダー上の敵機影とミサイル光点との絶対距離がゼロとなる。

 突如広がる爆発の花・・・。


 ロードの”勝ち”である。



「はぁ、はぁ、はぁ・・・、何とか勝てたなぁ。」

 荒い息を整えながら、背もたれに寄りかかりながら伸びをする。集中と緊張ですっかりこわばった体をほぐすと、ヘッドマウントディスプレイも外す。

 液晶ディスプレイは対戦結果の詳細報告画面を映し出していた。

 背もたれに身をあずけた状態で天上の蛍光灯を眺めながらも、体中がいつもよりも疲れて感じるのは、やはり試験で神経が磨り減っているからだろう。

 いつもの調子で、もう一戦・・・といくには、集中力も体力も持ちそうにない。

 今が良い形で終われた戦闘だけに、この後 本調子でないときに下手な負けは貰いたくない。


 良く動けた、自分自身でも上出来だと思える対戦。

 その三次元空間に描かれた、飛行軌跡をロードは、詳細にイメージする事ができる。

 圧迫感の欠片もない、解放された空に自分の意志を描ける世界。

 しかし、ヘッドマウントディスプレイを外してしまえばそこは空を制する者の座ではなく、飾り気のないいつもの部屋、机の前である。

 そこに“あるしかない”自分を感じる時、ロードはいつも考えてしまうのだ。

(一体、僕にとって、こんな事にどれほどの意味があるのだろう。)


 その思考に答えるためには、人の生きる理由・何のために生まれてきたのか?という、“存在しない答え”を自分の中に見つけ出す必要がある。

 ロードの論理では、その“答え”に繋がることができなければ、全ては意味を持たない。

 しかし、ロード・ハーノクス自身も、その論理・結果だけが真実ではないと分かっている。


 どうすべきか、答えを探す瞳は、自らの尾をくわえる自身を映す。

 それは、限りない探求の力を生み出しはするが、無限の中に閉じた輪は探求者に無限の代償を求める。

(結局は、結果が答えかもしれない。今の僕にはそう思って、自己満足できる程度の道を選び続け、進み続けて行く事しかできはしない。

 それが、僕が“望むこと”なのかどうかは、分からないけれど。)


「今できることは、これくらいか。」

 ロードは大きく息を吐いて、頭を切り換えると、液晶タイプのフラットディスプレイで今の戦闘のデータを確認し始める。

 画面は先程のリプレイ映像とともに様々な数値やグラフに埋め尽くされている。

 そのうちの一つに、ロードの眼が留まる。

「なんだこりゃ!」

 思わず顔を近づけて目を凝らす。

 そこには今の戦闘をネットワークから観戦していた、ギャラリーの総数が表示されていた。

「2,000人て、何かの間違い・・・か?」

 ロードは頭の数字だけを読んだのだが、その数字はギャラリーとしてはあまりに大き過ぎたのだ。

上位陣の戦闘といえども四桁ものギャラリーが付くことはなかなかない。

だからロードがその数値を信じなかったのも無理はなかった。

「・・・しかし、このT.REXさんだけ強さが別格だよな~。今日はあっけなかったけど。」

リプレイ映像を再生する操作をしながら、しみじみと感想を漏らす。

画面は先程の戦闘を第三者による客観視点から観戦した映像が映し出され始めていた。

始まってすぐ、擦れ違った後の敵機がロード機の背後を取ろうとする機動を映し出している。

「ここだ。敵機のロックオンが異常に早かったのは。」

ロードは視点を自分で操作し、その機動を分解して詳細に見ていく。

画面を睨み、敵機の機動からその意味を読み取ろうとしていた。


「う~ん。別になぁ、普通のターン・・・?・・・あっ!」

 突然、画面を睨んでいた表情が解かれ、ポカンと口を開けた間の抜けた表情になる。

「そうか!コーナー速度、最小最速旋回か! なるほど、・・・う~ん、凄いな・・・これ。」

 とは言うものの、最少最速旋回機動とはT.REXのマニューバの意味をロードがそのまま、即興で命名しただけである。

 途中からは嬉しそうに、ニコニコしながら映像を進めていく。

 敵機は135度ロールの後、加速しつつの180度機首引き起こし、いわゆる三次元空間でのUターンであるスライスターンと呼ばれる機動を行っていた。

 しかし、ロードが舌を巻き、敬意を覚え、そのことに嬉しくさえなったのはスライスターン自体のためではない。

 実際スライスターンはごくありふれた機動である。

 ロードを感嘆させたのは、スライスターン時のスロットル調節とピッチ操作であった。

 航空機は速度が速いほどその旋回半径は大きくなり、時間あたりの旋回角度は小さくなってしまう。

 つまり速度が速いほどスライスターンでのUターンは時間がかかることになる。

 逆に言えば速度が遅いほど時間がかからないとも言えそうだが、そうではない。

 過度の低速度状態からのスライスターンは空力の減衰により機首引き起こしの能率が下がり、やはりターンに時間がかかってしまう。

 しかも、再加速に時間がかかるため、その間一時的に機動力が低下し敵機の機動に対して無防備になってしまう。

 加えて、速度不足のため距離を離されターンの意味がなくなるなどの弊害も起こる。

 ロードが言う最小最速旋回とはコーナースピードを維持したUターンにかかる時間の最も早い機動の意味である。

 しかも、これは機種だけならまだしも、速度・高度によっても変化し、その最小値を見つけ出し、実際に戦闘で使用するまでに至るには膨大な飛行経験と知識、操縦技術が必要なのだ。

 速度の変化に対応しながら、大き過ぎず・小さ過ぎないピッチ操作によって最適な旋回を維持し続ける。

 それに加え流れるが如き機動曲線・優雅な軌跡、T.REXは先程の機体、V-54を知り尽くしていると思える。

「急減速しながらの135度ロール・・・、タイムラグまで計算された旋回半円頂点からの正確な再加速・・・。」

 ターン後に俯角を大きく取り加速につなげる所など、将に熟練の技である。

「うぅ~ん・・・。」

 ロードは考える。

 魅力的な技術である・・・が、これが今日だけでマスター出来るようになるかどうか?

 ドッグファイトを独創的な戦闘軌道の組み合わせで勝ってきたロードにとってこの技術は対極に位置するものであったのだ。

 このシミュレータにおいて、ロードはトップクラスの飛行時間を誇る。

 しかし、意識していなかったからか、あのような地道で繊細、習得に莫大な経験が必要な技術は手付かずの状態にある。

「・・・絶対無理・・・寝よ・・・。」

 いわば基礎を極めた技術。とても一朝一夕に真似できるものではないのである。


 シミュレータの終了作業を進める画面上に表示される、ログオフを知らせる通例のメッセージ。

 それが消えるとエントリー中の名簿の列がスライドし空席を埋める。

“ランキングNo.1 エリクスン がログオフしました。”

 ロードは、あごを上げ、見下ろすようにして画面を眺めてソフトウェアを終了させている。

 眠たい目は瞬きの度に、開くまぶたの幅を小さくしている。


“お疲れ様でした、エリクスン”


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