その11
薄暗い会議室の中央に青白い立体映像が浮かんでいる。
それは、戦闘機に装備されたカメラが捕らえた敵機映像を、客観的な立体映像に処理したものだった。
カーヴィナス国旗を付けたV-53が、エルドシンEN-65 ユーネスを追いかけている様子が映し出されている。
「・・・。」
鋭い眼差しを向ける者が一人。
周りで行われている話し合いに参加しようともしないで、立体映像を凝視し続けていた。
男の隣に座る、恰幅のいい将校が、既に終わりかけている会議にやる気の無い問題提起をする。
「今回の件で軍部への非難が高まっていますが・・・さて、どうしたものでしょう・・・。」
「飛行中だった受験生のほぼ全てが入隊を辞退いたしました。」
背後につく秘書官が、すかさず関連情報を補足する。
「問題は、マスコミを使った情報操作で、この件を反エルドシン感情に転化したにもかかわらず、当然あるべき防衛予算追加を後押しする世論の動きが全く無いことです。」
「国民の危機感がぼやけてしまっていますなぁ。」
「困ったものです。
危機感の再確認になるかと期待していましたのに。
よもや、ここまで鈍感とは。」
「いずれにしろ、我々のために飛んでくれる者が無くては。」
「カーヴィナスは成り立ちませんなぁ。」
「・・・。」
中央に浮かぶ立体ディスプレイを囲む円卓に、軍服を着た将校達が並ぶ。
背後にはそれぞれ一人ずつ秘書官が控えている。
居並ぶ恰幅のいい将校、その中で唯一目立つ者が一人。
背筋を伸ばし姿勢の良い精悍な壮年の男。
目立って若い、その将校だけが沈黙を続けていた。
(成り立たないのはカーヴィナスではなく、軍を傘にかけ幅を利かせているお前達だろうが。)
「・・・。」
しかして、男はその想いを声にすることはない。
「諜報部さん、何か手はありますかな?」
実の無い、無意味な勲章をひけらかすように、ふんぞり返った将校が言う。
「・・・我々に一任していただければ、善処させていただきます。」
頬のこけた無表情な将校が答える。
「・・・。」
(また、何かやる気か?)
若い将校が諜報部将校に視線を流す。
「何か?」
青年の視線に気付き、無表情なまま視線を返してくる。
その鋭い視線は、男に敵意さえ感じさせる。
まるで、刃物でも突きつけられそうな目だ。
「何か意見があるのかね、レニング君。」
彼らの動きに気付いた隣席の将校が男に尋ねる。
眠そうな目で、小ばかにしたように横目で男を伺う。
「・・・いえ・・・。」
レニングと呼ばれた男は、静かに答えるのだったが。
(問題は、エルドシン航空機をここまで侵入させたことだろうが)
彼は、それを口には出さない。
「ふむ・・・、ではこの件は諜報部担当ということで・・・。」
そう言った将校はそのまま席を立ち会議室から退出して行く。
通路への重々しい扉が開かれると、暗い部屋に通路の明かりが差し込んでくる。
ゾロゾロとその他の将校もそれに続いて退出してゆく。
開いたままの扉からは、将校達の談笑が遠ざかってゆく。
「・・・。」
そこに残されたのはレニングと呼ばれる若い将校と、後ろに控える女性秘書官だけ。
「・・・。」
閉ざされていたブラインドがバシャリと開かれ、眼に痛い冬の白い光が窓から差し込んでくる。
「・・・。」
男は机の上で組み合わせていた両手をゆっくりと解くと、拳を折れたような音をたてて鳴らす。
そして、男は顔も向けないまま言う。
「調べろ。」
「はっ。」
それを当然のように、秘書官が一言だけ答え、素早く退出して行く。
男は、白の遠景を睨みつける視線を前髪の影に隠し、部屋に一人きり、今からやらねばならない一仕事への覚悟と思考に沈むのだった。
そこはケーセス空軍基地、戦闘記録並びに情報管理室。
ネットワークシミュレータに接続したままのコンピュータの前に”今日も”スタインが腕を組み、じっとモニタを眺めている。
ピピピピッ!
スタインの携帯電話の呼び出し音が鳴る。
二つ折りになった電話を見もしないまま片手で開くと、ディスプレイに発信者の名前が無機質に表示される。
「フェス?!」
それはフェスと呼ばれた者がスタインと連絡を取るための専用発信番号。
しかし、本人からではない。
そもそも、電話の主がスタインに何か用件があるだろうか。心当たりが全く無い。
スタインはボタンを押し回線を開く。
「何の用だ?」
「諜報部が今回の件で”ピエロ”を立てようとしています。」
声は女性のもの。
恐らくはフェスの秘書官であろう。
名乗りもせずに、”判っているだろう?”とでも言う様に、いきなり要件から話し出す。
しかし、スタインには内容が飲み込めない。
「ピエロ?」
電話の向こうの秘書官は助け舟を出すつもりは無いらしく、黙したままである。
「・・・そうか!」
一瞬の間の後、スタインは気付く。
普段と今で何が異なり、どういう状況なのかを思い浮かべれば、ピエロの意味は自然に導かれてくる。
「受験生の一人が利用されます。」
スタインの反応を待っていたように、答えを確認もしないままに秘書官は話を続ける。
その会話は、相手の能力を理解し、更に厳しいまでにその程度の能力をスタインに強要しているものだった。
信頼されていると同時に、ある意味、突き放されている。
階級的にはスタインが上なのだが、まるで老練の上官を相手にしているような感覚さえスタインは覚えていた。
「けなげな、愛国者の”鏡”を演じさせようと言うのか。」
鏡・・・、今語られるそれは、戦意を鼓舞するための偶像・虚像である。
「はっ!
なかなかいい手じゃないか?
士気を鼓舞し、反エルドシン感情を煽る。
英雄を一人作れば、世論への受けもいいか?」
スタインは嘲笑にも似た嘲りの言葉を吐く。
無論、電話の向こうの彼女に向けたものではないが、言わずにはいられない苛立ちがスタインにはあったのだ。
「せいぜい、扱い易いバカな奴を選ぶんだな!」
スタインはそう言うと、投げつけるように回線を切ろうとする。
(毎度お馴染みの、上層部が使う汚い手など構っていられない。)
が、その行動は秘書官の言葉によって遮られることとなる。
「諜報部は一人の受験生に目をつけています。
大佐は既にご存知でしょう・・・。」
「まさか、ハーノクスか!
バカなっ!!」
誰もいない部屋にスタインの大声が響く。
スタインの頭に浮かんだ受験生といえば、一人しかいなかった。
スタインは、とっさに目の前のコンピュータディスプレイを睨みつける。
エントリーネーム、その最上段に有るべき名前がスタインの思考に浮かぶ。
「恐らくは、本人の意思に関係なしに引き入れられます。」
「あの空間にいた者に、それを、強いるのか。」
あの日から”シム”に『No.1 エリクスン』の表示が表れることはなくなった。
「大佐が提出したV-53の飛行記録が、どうやら諜報部に流れたようです。」
「ちっ!!」
スタインは自分の迂闊さが頭にきていた。
このような事態は良く考えれば容易に予測出来たはずだったのだ。
今回の件で、自分自身がいかに動揺していたかを否応無く意識させられる。
「あの受験生への対応は全て大佐に一任されているはずです。
准将もこの件に関しては快く思われておりません。」
「・・・。」
「・・・明日、諜報部から接触があります。
レニング准将の根回しは、早くても明後日になってしまいます。
それまで、足止めをして頂きたいのです。」
まだ手はあるという事。
その言葉はスタインが冷静さを取り戻す間も繋げた。
(フェスの奴も頑張ってくれているか。
自分の方が危うい立場だろうに。)
「分かった。」
スタインは、敵襲の日のことを思い出していた。
着陸したV-53sとV-54が格納庫脇にゆっくりと停止する。
「ふぅ。」
スタインは呼吸補助マスクのアタッチメントを外すと、ヘルメットからズボッと頭を引き抜く。
キャノピー脇にあるロック用のコックを回すと、計器を操作してキャノピーを解放する。
向こうから救急車が赤色灯の光を回転させながらやって来る。
緊急出撃機への慣例であるが、スタイン自身はもちろん、先程のV-53sの着陸の様子を見るとあちらもダメージは無いと予想できた。
スタインは暫くヘルメットを抱いたまま、赤くなり始めた空を眺めひんやりと冷気を含み始めた空気で淀んだ体の空気を浄化してゆく。
「まったく、なんて一日だ。」
スタインは呟くと、手探りでシートベルトを外し、視線を力なくV-53sに向ける。
V-53sの白と青カラーリングに、エンジン付近や動翼付近には黒ずんだようにオイルの汚れが目立っていたが、死線を潜り抜けた証拠であるかのようなその汚れは、スタインにとっては誇らしくさえ見える。
「ふ、ふはははは!」
不意にスタインの疲れた体に自然と笑いが込み上げてくる。
既に機体の脇に救急車が到着していて、スタインのコックピットにも外側からタラップがかけられる。
「大佐!お怪我はありませんか!」
「あぁ、機体も私もなんともない。」
「では、補助は必要ありませんか?」
「あぁ、ありがとう。」
スタインがそういうと、救護員も頷いてタラップを降りてゆく。
格納庫の方からは整備員たちが駆けてくる。
「おい!まずいぞ!」
「なんだ?」
スタインはフラットの方から聞こえてくる警告の声に訝しげに首を廻らす。
「パイロットの反応がない!
下、キャノピー開けろ!」
「どうした。」
スタインはコックピットから身を乗り出すように、フラットの機首部分で動き回る救護員と整備員の動きを凝視していた。
スタイン機の左側に並ぶフラットの向こう側で、救助のためのレバーが操作されたようで、中からロックされたフラットのキャノピーがガクリと前にスライドすると油圧によってゆっくりと持ちあがってゆく。
ロードを右斜め後ろから見る形になっているスタインには、フルフェイスヘルメットに隠れたロードの表情は読み取れない。
すぐさま救護員がフラットの左右からパイロットの状態を確認する。
「パイロットは無事なのか!」
叫び声が開けた空間に拡散し、思ったよりも通おっていないような印象をスタインに与える。
言ったそばから不安になり、スタインはもう一度口を開きかける。
「意識はありませんが、脈拍・呼吸ともに正常です!
単なる気絶です。」
スタインの方に顔も向けずにロードへの診察を続けたまま、救護員はタラップの上で右手を背後のスタインに向けて大きく振る。
その返事に、スタインは無言でシートに座りなおすと、ズルズルとだらしなく尻を前方に滑らせていく。
「ふぅ。すまん、彼を頼む。」
シートに寝そべった状態で、ロードをストレッチャーで救急車に乗せようとしている救護員に声をかける。
「任せてください。」
観音開きのバックドアを締めかけながら、救護員がスタインに答える。
同時に、車は基地内の医療施設にむかって走り出していく。
さっきまではしっかりと自分について来ていたのだからそれほど心配することもなかったと思い直す。
(しかし、着陸してから気絶とは、可笑しな奴だ。)
背後の滑走路からは、非常警戒のためにV-53やV-52が連続で飛び立ってゆく。
警戒線であるハープ基地の防空網を素通りされた理由が分からないため、戦闘機の目による警戒強化である。
増槽を付けた上に、フル装備状態のため重いはずの機体は、アフターバーナーの爆音を響かせながら軽々と急上昇に転じる。
並外れたエンジン出力がなければ、容易に失速してしまう機動である。
赤色灯をつける救急車と、此方に向かってくる一台の乗用車が擦れ違う。
スタインには非常にノロマに見えるその白い乗用車も、実際は100km/h以上の速度である。
パイロットの戦闘レベルでの意識空間では現実の時間はその歩みを緩める。
輪郭だけが大きくなってゆく車はくつわを並べたフラットとスターカウンターの鼻先で、タイヤスモークを上げながら急ブレーキをかけ停止する。
「うわあっ?!」
機首辺りで機体の各所を点検していた整備員が突っ込んでくる車に危うく轢かれそうになり、慌ててその進路からよけていた。
車体がまだ完全には止まりきらない内に、運転席のドアが開かれ、運転手が飛び降りてくる。
「大佐は?!」
サミーが甲高い声を張り上げる。
「おぉ。」
スタインはサミーの慌てぶりとは裏腹に、とぼけたようにコックピットから顔だけを出し、手をヒラヒラと握ったり開いたりしている。
「大佐ぁ~。はぁ~あ。」
最後に付け足された溜息は安堵の程度を通り越して、半ば呆れ気味である。
「平気ならさっさと降りて来てください。」
そう言いつつ、サミーはバンバンと丸めた書類の束を左手に打ち付ける。
「どうせ、降りたら事後報告やらなんやらがあるのでしょう?
はっきり言って、面倒くさいですな。
少しくらい休ませろってことです。」
スタインは言いながら、キャノピー枠に顎を乗せると力を抜いたままサミーに愚痴を言い始める。
「大佐、くだらない、分かりきった説明をさせないで下さい。」
サミーは軽口をたたきつつも、笑顔で安堵のため息をついている。
その背後では、整備員達がV-53sの戦闘によるダメージ確認を行っていた。
コックピットの縁の引き込み式タラップから身を捻りこませて、整備員が計器パネルを操作している。
機体の各所も整備員が張り付き、緊急を要するダメージ箇所がないか探している。
メインエンジンの火が落とされてからしばらくたっていたため、整備員はエアインテークやエンジンノズルの中にまで頭を突っ込んで損傷の有無を確認していた。
(見た目に損傷は、ないな。)
スタインは各整備員が滞りなく点検を終えていく様子を安堵の思いで見守っていた。
「大佐っ!ちょっと、来てこれ見てください!」
V-53sのコックピットで作業をしていた整備員が声を荒げてスタインを呼ぶ。
「なんだ?」
スタインは一応答えるのだったが、外見上無傷であり、先ほどまでのそつない機動を見ているだけに深刻なダメージの報告ではないと高をくくっていた。
どうせ、一般機には見られないカスタムセッティングの話だろうと見当をつけ、スタインはさして急ぎもせずコックピットから這い出す。
「ん、どれ。」
「驚きますよ、大佐!」
整備員はタラップを上ってくるスタインのために本格的にコックピットシートに座り込んでしまっている。
スタインはタラップから身を乗り出して計器ディスプレイを覗き込むと、そこには整備員が毎回確認する飛行データがずらりと表示されている。
機体に蓄積するダメージを把握し、様々な機体部品の交換時期を割り出すためである。
しかし、項目が多い。
そして注意印の赤い文字が目立つ。
「いったい、どこを見りゃいいんだ?」
スタインは大型計器ディスプレイいっぱいに並ぶデータを前に、口を尖らす。
「ここですよ!ここ!」
「瞬間最大G、継続Gか」
スタインは整備員に指差されてやっとそれを見つける。
「瞬間が20、継続が16G・・・。」
スタインは、しばしその数値の持つ意味が理解できないでいた。
「おかげで、主翼には皺まで寄っちゃっているんですよ!
交換時期が近かったとはいえ、初めて見ましたよこんなの。
いやぁ、よく空中分解しなかったなぁ。」
整備員は手に持った小型情報端末とコックピット計器の脇にある端子を繋ぎ、飛行データをコピーしている。
V-53s主翼面上ではダメージ確認している整備員が頭を抱えていた。
「うわぁ、これはフレームにもダメージ行ってないか。」
スタインの位置からも光の反射が線になり、表面が波打っている様子が見て取れた。
「これほどか!」
スタインは、ザワザワと沸き立つ快い身震いと鳥肌を抑えることができないでいた。
顔がいつの間にかニヤケてしまう。
「ロード・ハーノクスについての資料はこれだけですか、大佐。」
採用試験用に提出されていた願書のデータを眺めながら、諜報部から派遣された者がスタインに尋ねる。
「全てだ。」
「例の適性試験、フライトレコーダーのデータが無いようですが?」
スタインは暫し人差し指でデスクをトントンと叩き、間を置くと、無言でデータを画面に呼び出す。
スタインの顔は密かに歪み、引き攣るのだった。
諜報部の男は横目で、スタインの様子を見るのだが、その時には既にスタインの表情は隠される。
スタインの、こめかみの神経がビリビリとした酷い痛みを伝える。
V-53sの飛行記録・各種カメラ映像から作られた客観的視点によるCG映像が、ディスプレイに流れ始めた。
「よくは判りませんが、これは・・・、ミサイルを積んでいたら撃墜できたのではないですか?」
メガネの士官が横から口を挟む。
ズラリとコンピュータが並ぶ明るい部屋には彼等三人しかいない。
「・・・。」
(そんな程度のものではない!
しかし、何も知らない奴等で、こちらには好都合か。)
「大衆受けはいいですね。
さしずめ見出しは、受験生・・・エルドシン機をロックオン!!
ですか? はははは!」
メガネ士官はそんな軽口を叩く。
スタインにとって、彼の発言は信じ難く、神経を逆撫でにするようなものだった。
彼らには、この映像の大元となったV-53sに乗っていたのが、飛行経験もない一般人だということが分かっていない。
彼らの目には、コックピットから見えたロード・ハーノクスの世界の欠片一つだけも見えているのだろうか?
彼らの目に映っているものと、スタインが見ているものは全く別のものだ。
彼らの見ているそれは、骸と言っていい。
スタインが見ているものは、操縦者の意思・思考である。
機動曲線やこの映像からパイロットの技量を読み取ることができるのは、同じ思考を辿ることのできる者だけである。
「はぁ、なるほど。
メガネでは落ちますね。
2回ですか、これはこれは。」
「ヘッドマウントディスプレイの成果ということですかな? 大佐。」
無愛想な背の高い士官がつなげる。
「これをマスコミで流せば、いい宣伝になりますよ!」
この、スピーカーから流れ出すロードの滲み出す血の呼吸音が、商売道具にしか見えていないとでもいうのか?
「しかし、まだ入隊すると決まった訳ではない。
しかも、彼の技術は将来カーヴィナス筆頭に収まるべきもの。
客寄せパンダで終わらせるには惜しい逸材だ!」
スタインの言葉は内から漲る怒りで、語尾が荒く強くなってしまう。
「それが本音ですか、大佐。」
(しまった!)
とても、パイロットらしい冷静な対応とは言えない。
しかし、スタインが真にパイロットだからこそ、同じ立場に立った者がぞんざいに扱われ、他人の都合で利用されようとしている様子に、精神が根本の部分から自動的に対応してしまうことはどうすることも出来なかった。
(いや、そんな事が理由ではない。
お前達の目が節穴なんだ。
コイツの真価が把握されているのならば、客寄せパンダなんて役回りを与えることは、“とてつもない可能性をみすみす殺すことだ“ということが容易に分かるはず。)
しかし、スタインがそのパイロットとしての感情に素直に従えないのは、今、彼らの認識に否と唱え、ロード・ハーノクスについて自身が語れば語るほど、彼らの商品としてのロード・ハーノクスの価値が上がってしまうという厄介な状況があるためである。
スタインは、ギリと奥歯を噛締め、無理やりにでも思考に制動をかけるより他なかった。
強張ったスタインの表情を見て、無愛想がニヤリと笑う。見透かされたのかもしれない。
「大佐。
我々にとっては、高だか5・6機の敵機を撃墜するだけの才能よりも、大衆が望むヒーローという凡人の方がよほど役に立つのですよ。」
パイロット全てに対する冒涜となるその言葉は、スタインの逆鱗に触れるものだった。
「そんなものは、他の奴にやらせればいい!
やりたがる奴は、いくらでもいるだろう!」
ギリギリの抑制を思考に廻らし言葉を紡ぐスタインだったが、言葉の意味以上に、そこにはスタインの殺気にも近い感情がこもっていた。
そんなスタインの反応を予想していて、まるで楽しむかのように、メガネ士官が右手でメガネを押し上げて話し出す。
「まぁ、普段でしたらそうなるでしょう。
今回は少々状況が違いますからね。
何しろ、あの時、実際に飛行していた受験生は彼を除いて、全員辞退してしまいましたから。
マスコミで流れた受験生のインタビューで軍部への批判も高まっています。
今回は、あの状況を実際に体験しても、尚、入隊するという立場上の演出が何より大事なのですよ。」
「そこに偶然、ちょうど良い人材が転がっていただけの話。」
背の高い士官は、まるでどうでもいいかのように話す。
「軍への疑心暗鬼を払拭するための役割か。」
(論理は分かる。が、好かない。)
”人気取り”なだけで、問題の本質は何も改善されてはいなかった。
いや、今回の件に関してだけ言えば、“原因”さえハッキリしていない。
(そもそも、どうやって前線基地ハープのレーダー網・警戒網を素通り出来たのだ?
いち早いハープとケーセスの通信網遮断といい・・・。
だからこそ、国民の注意を他のもので引き、問題に伴う世論の批判をごまかし、煙に巻きたい訳か?)
スタインはそこに酷く危険な臭いを感じるのだった。
スタインには今回の事件が、単なるエルドシン機のハープ防衛前線突破・偵察網の隙を突かれたものとは思えないのだ。
現在は、同様の事態は起こっていないが、いくらスクランブル対応を強化しようとも原因が解らないのであれば・・・。
(“次”がある。)
既に、スタインは覚悟を決めていた。
しかし、そんなことを考えもしない者達は、既に皮算用を始めている。
「目の前で散った同胞のために意を決し敵機に立ち向かい、エルドシン戦闘機大隊をたった一機で撤退に追い込んだ受験生。」
スタインはディスプレイで流れ続けるフライトレコーダーの映像に目を向ける。
そこには、ロードが見たヘッドアップディスプレイの視界が映し出されている。
敵機ユグを囲むマーカーの脇に敵機の機体識別コードが表示されている。
(あの時現れたエルドシン戦闘機大隊は、フェザー大隊!!
その内、三機の自由行動機・ユーネス・フェザー11と言えば・・・。)
スタインには、見覚えがあった。
(ジュラーヴリク!)
その名がスタインの頭の中を反響する。
「それではロード・ハーノクスを入隊させた後、階級・昇進・給与・保証などを餌に特別任務に関する同意をとりつける、という方向で。」
「特別任務か・・・。」
スタインは皮肉を込めた言葉を吐き出す。
「大佐は、どうにもこの生徒に肩入れし過ぎるようだが、何か理由でも?」
背の高い士官の言葉は、スタインに思慮を求めた。
(俺が、肩入れしている?
いや、俺はこいつ等がやろうとしている、パイロットを食い物にするシステムが気に喰わないだけの、はずだ。)
スタインは、問われてみて初めて自分自身でも、行動の動機がハッキリしないということに気が付くのだった。
(何故だ。)
「本人の意思が最優先だ。」
心ここにないスタインの口をついて出た言葉は、薄っぺらで相手の反応が既に分かりきっているはずのものだった。
「形式的にはね。」
案の定、メガネの士官が繋げるように言う。
(何故だ?)
「・・・・・・。」
スタインの思考は思っても見なかった自分自身への疑問で、現実から離されてしまう。
メガネ士官が何事か、話を詰めているが、その内容は全てスタインをすり抜けて行ってしまっていた。
「・・・。」
「・・・。」
ピエロの最後は決まっていた。
大いなる殉教者。
英雄は、須らく死んでいた方が扱い易く、役に立つ。
役目が終われば無謀な作戦の先陣を切らされる運命。
いつ頃からだろうか、カーヴィナスの英雄的パイロット達がそうやって戦闘機を降りていったのは。




