5.嘘告の前に
期末試験最終日の翌日まで俺はバイト休みだったが、麗はカフェでバイトがあった。
学校で話せない分、帰りに待ち合わせして放課後デートしたり、家を行き来しているが、互いにバイトをしている以上、のんびりと過ごせる日ばかりじゃない。
麗だけバイトの日は終わるのを待って迎えに行き、家まで送る習慣になっていた。
なぜそんなことをしているかというと、高二夏まで遠距離だったこと、学校では交際を秘密にしていることから、毎日欠かさず短時間でも会いたいからだ。
その日も同様だったが、急にうちに泊まりたいと言い出した。
麗の唐突なお泊り発言はよくあるので慣れている。俺は麗のご両親に挨拶してから連れて帰る。
「ね、久しぶりに近くの公園行かない?」
「もう暗いのに? まぁいいけど」
小学校に通っていた頃、二人でよく遊んだ小さな公園だ。俺たちにとって思い出が詰まっている。
今じゃ鉄棒とブランコ、砂場とベンチしかない。昔は他にも遊具があったのに、危険だからと撤去されてしまった。
夜の帳が降りた公園には誰もいない。街灯は点いているけど、敷地内の半ばは闇に沈んでちょっと不気味だ。樹木にはまだ緑がなくて寒々しい。
途中の自販機で麗はミルクティー、俺はコーヒーを買って冷えた手を温めていた。
「嘘告の決行、明後日の放課後に決まったよ」
ベンチで身を寄せて座った時、麗が切り出した。
今週末は卒業式がある。下旬には終業式。上杉たちはなるべく早いうちに済ませようと強引に決めたらしい。
先日、麗と話し合って、嘘告じゃなくてマジ告にすると決めていた。
俺たちは小学生ながら相思相愛だった。その後の会えない期間も継続して気持ちは変わらないことを伝えていたし、高二の夏に再会してからは改めて恋人として関係が始まった。
それ以来、麗の真摯な想いは伝わっているけど、改めて告白を受けるとなると、むずがゆいような気分になる。
「ねぇ、憶えてる? 小三の梅雨に入った頃だったかな。滑り台のてっぺんで誓ったこと」
「6月、俺の誕生日の翌日だし、忘れるわけないよ」
「ふふっ。私が瑞樹の手を取って言ったんだよね」
「そう。結婚しようって言われて、もちろんしようって俺も答えた」
一緒に帰宅しておやつを食べていたら、テレビでたまたまやっていたジューンブライド特集に影響されたんだよな。麗が俺を公園に連れ出して、結婚式の真似をしてみた。
すでにあの頃、俺は麗が好きだと自覚していた。でも女の子の方が早熟で口も達者だ。告白より先にプロポーズになったのは子供ならではだよな。
「シロツメクサで作った指輪を交換したね」
「机の引き出しに大事にしまっておいたよ。引っ越し前に整理してたら出てきた。ボロボロになってた」
「あはっ。私も同じ」
「似た者同士だったな」
「うふふ。そう」
ひとしきり笑った後、麗はこてんと頭を預けてきた。
「今でも、気持ちは変わらない?」
「変わらないよ。麗とずっと一緒にいたい。高校を卒業して大学に行って、就職したら、今度は俺からプロポーズをする」
「それを聞いて安心した」
麗が体ごと擦り寄ってくる。俺は手にしていた缶コーヒーを脇に置いて華奢な体を抱きしめた。顔を上げてきた麗と口づけを交わす。
「寒いな。もう帰ろう。じーちゃんばーちゃんも待ってる」
「うん。帰ろ。未来の旦那様」
「気が早いな。未来の嫁さん」
「えへへー」
その夜の麗はやけに機嫌が良かった。同時に積極的で、三回も搾られた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
【Side:上杉憲人うえすぎけんと】
高校二年の最初の日、北条麗を初めて目にした時、雷に打たれたかのような衝撃を受けた。ボクは生まれて初めて一目惚れというものを経験した。
一年の時から同学年にとびきりの美少女がいるとは聞いていた。清楚でお淑やかながら気高くて、並みの男を寄せ付けない印象から麗姫と呼ばれていることも。
でも、ボクはそこらの男とは違うんだ。
子供の頃から言い寄る女の子には困らなかったからね。女の背を追いかけるのは平凡な男がすること。
だからボクはわざわざ見に行くなんてことはしなかった。
ボクのような真の男は言い寄る女の子から自由に選べる権利がある。昔から言うじゃないか。英雄色を好むって。だから一人に縛られることはない。複数相手にしていれば機嫌を損ねる子はいたけど、巧みに言い含めればトラブることもなかった。
もっとも、16年間の人生で珍しく後悔したよ。もっと早く麗に出会うべきだったと。
まぁ、麗と出会うまで女の扱いに習熟し、男を磨くための期間だったとポジティブに思うことにしたよ。
そこで初日の放課後に誘ってみたんだ。驚くべきことに麗はボクの誘いをあっさり断った。ボクは重ねて衝撃を受けたね。
容姿端麗でスポーツ万能。バスケットボール部では一年のうちからレギュラー入り。次期キャプテンとして有望視されていたボク。
女の子からの告白を受けること数知れず。声をかければ、どんな子でも喜び感極まってしまうほど。そんなボクの誘いを断る女の子がいたなんて。
聞くところによると、麗はボクに負けず劣らず何人もの男から告白を受けてきたらしい。
でも、誰一人とて受けることはなかった。誰とも付き合う気はない。
それを聞いてますます気に入った。ボクがその氷のような心を溶かすまで待っているということなんだね。
ボクは気長に構えることにした。4月のオリエンテーリングをきっかけに運動部に所属する男ども、それに麗と親しい数人とグループを形成。少しずつ距離を縮めていく作戦に決めたのさ。
その間、女の子に告白されて付き合うこともあった。でも、ボクにとって本命は北条麗だ。どんなに容姿に優れていようとも、セックスが良くても、他の女は繋ぎに過ぎなかった。
夏休みが終わって2学期になった。ボクは焦っていた。予定では7月には交際を始めていたはず。夏休み中に処女をいただき、ボクの色に染め上げているはずだった。
何もしなかったわけじゃない。毎月のように告白したし、普通の高校生じゃ不可能レベルのゴージャスなデートにも誘った。しかし、ことごとく断られた。
僕の父さんは大手芸能事務所で働く敏腕マネージャーだったのが、独立して事務所を持った。「鶏口となるとも牛後となるなかれ」ということわざ通り、自らの手腕をもって芸能界でのし上がっていくことを決めた真の男だ。独立後もぐんぐんと業績を伸ばしていると聞いていた。
そして麗の父も会社社長だと聞いている。つまり、社長令息と令嬢で身分は釣り合っている。
二人揃えば誰もが羨む美男美女。あとは心と体が通じ合えればいいだけ。ボクの方はいつでも受け入れようとしているのに。おかしい。
さらに言えば9月以降、麗の美しさにはますます磨きがかかってきたように感じた。
なんというか。清楚なだけでなく、女の色気を感じさせるような。まさか男ができた?
しかし、麗に彼氏ができたというわけではなさそうだった。2学期に入っても、彼女は常に同性の友人といるし、休み時間や放課後は頻繁にボクたちが囲んでいる。相変わらず告白しようとする男はいるが、誰も彼もあっさり玉砕している。その理由は変わらない。誰とも付き合うつもりはないとはっきり言っている。
大丈夫だ。麗はまだ処女のはず。それなのに、ボクは得体の知れない不安を抱えるようになっていた。
11月になっても、麗は一向に靡く様子はない。教室で話す時は取り繕っているけど、帰り際にデートに誘おうとすると露骨に避けるか無視するようになった。
ボクはいい加減苛立った。
こうなったら、なりふり構っていられない。
一年の時、なかなか手に入らない女子の先輩を惚れさせるために取った手段を使おう。ボクの魅力に気づかない麗が悪いんだからな。
同じ中学出身でヤンチャしている後輩たちがいる。そいつらに金を払って依頼した。麗が一人になったタイミングで囲ませ、怯えているところをボクがヒーローのごとく救うのだ。
タイミングは他校生でも入れる文化祭。その後の後夜祭でボクと麗は結ばれる。完璧な筋書きだと思った。
だが、直前でヒーロー役を奪われた。あいつ……1組に転校してきた伊勢瑞樹いせみずきという男。身長こそボクとあまり変わらないけど、顔の出来は全然違う。ただのモブ顔だ。
そんなやつが横から掻っ攫っていきやがった。追いかけたが、校舎内は混雑していて見失った。
その後、憎き伊勢をマークしていてわかったことがある。休み時間などでうちのクラスの女子とすれ違う時、必ずといっていいほど、やつは北条麗を見ている。
つまり、伊勢は麗に惚れているんだ。ボクを出し抜こうとしているわけか。
だとしたら、身の程知らずということを教えてやろう。
それからボクは伊勢を貶めるチャンスを窺った。
しかし、クラスが違うこともあって、なかなかいい機会を見つけられずに時は過ぎていった。
そうこうしているうちに年が明けて二年も終わりに近づいた。
麗との距離を縮めるのもうまくいかず、伊勢を潰すこともできない。
なんとかしなきゃ。ボクは苛ついていた。
そこで期末試験期間初日の放課後に賭けに出ることにした。
教室にグループを残らせてカードゲームをする。事前に里見と佐竹に根回しした上でカードに仕込みを入れた。
首尾良くいって、麗がビリになった。あらかじめビリは罰ゲームと決めていた。どんな罰ゲームかは決めていなかったが、今思いついたとばかりに言った。
「じゃあ、罰ゲームは嘘告で決定な!」
「告って、実は嘘でしたってやつ?」
「おーっ、面白そうじゃん! やろうぜ」
里見と佐竹がすぐさま賛成した。
真面目な大道寺が反対するのは想定通り。
最終的に成田花鈴が乗ってくるのはわかっていた。あいつはボクに惚れているからな。多数決にもっていけば、こっちのもの。
標的についても巧みに条件を絞っていった上で、伊勢に決定。自然な流れでボクの狙い通りに進んだ。
麗がノーリアクションだったのが意外だった。文化祭の件があっても、伊勢とは親しい関係には至らなかったのだろう。ならば都合がいい。
後は準備をするだけだ。
麗が好きな伊勢はきっと大喜びするだろう。告白を受け入れた直後に俺たちが出て行き、「嘘でしたー!」とばらす。
事前にゲームをしたグループだけじゃなくて、できるだけギャラリーを呼んでおき、大勢の前でやつの恥を晒す。これで立ち直ることはできなくなるだろう。ボクの作戦を潰した報いだ。それくらいやったって許されるはず。
もしも伊勢が逆ギレすることがあったら?
先に手を出させた上で仲間と共にぶちのめす。伊勢は麗に嫌われて、ボクはいいところを見せられる。一石二鳥だ。うん。その方が面白いな。できるだけキレるように煽ってやるか。
「嘘告の様子をスマホで撮ろうぜ」
嘘告決行を二日後に控えた日の放課後、ボクは里見と佐竹に言った。こんな面白そうなショーを記録に残さないのはもったいない。
だが、二人の反応は予想外だった。
「マジで言ってんの? それだけやめとけって」
「はぁ? なんでだよ?」
「あのな、上杉。あくまでもその場のおふざけで収めようぜ。撮るのだけはまずいって」
「だな。後引くような問題にしたくない」
お前らだって乗ってきたくせに。
図体がでかい割には気弱だな。見損なった。
二人がダメなら、別に頼むだけ。
俺が呼び出してやると、花鈴は喜んでやってきた。まるで尻尾を振る犬のようだった。
「頼む。お前だけが頼りなんだ」
「嬉しい! 任せて、上杉君。ウチがばっちり撮っておくね」
肩を抱いてやると、花鈴は頬を赤く染めて、喜んで請け負ってくれた。
ついでにできるだけ声をかけてもらうことも頼んでおいた。他の女や部の後輩を通じて動員かけてある。100人くらいはいけそうだ。
あとは本番を待つだけだ。今から楽しみで仕方ない。




