4.秘密の相談
【Side:北条麗】
期末試験の最終日、上杉たちが「打ち上げで飯行こうぜ!」としつこかったけど、申し訳なさそうな顔で「ごめんなさい。アルバイトのシフトが入っているので」と断った。
そしたら、「麗のバイト先に行ってみたいな~」などとふざけたことをぬかし……もとい面白くない冗談をおっしゃられたので、オーナーの写真を見せてお断りさせていただいたわ。
「しつこくナンパしてきた客が病院送りにされたそうよ」
なんて言ったら震えあがっていたわ。真っ赤な嘘だけど。
私がバイトしているカフェのオーナーは2mを優に超える筋骨隆々の大男でスキンヘッドにサングラス。昔のアニメ『都市の狩人』に出てくる喫茶店”猫の目”の店主によく似ているらしいのね。そのアニメはバイト先を紹介してくれたお継父さんが教えてくれた。実際に見たらそっくりで笑ってしまったわ。
オーナーの名は玄田さんといって、見た目と声は怖いけど、とても心優しい方なのです。
本当言うと今日はシフトに入っていないけど、駅を降りてからバイト先のカフェ“Private Eyes“に向かった。まーちゃんこと大道寺麻沙美と共に。
「本当に、雰囲気がいいお店よね。落ち着けるわ」
「でしょ! 学校のみんなには秘密なの。教えたのはまーちゃんで二人目」
「ふーん。前から気になっていたけど、一人目は誰なのかしら?」
「ふふっ。後で教えるわ」
東関一高の最寄り駅から電車で二駅。さらに10分ほど歩いた住宅街の一角にあって、ほどよく古びた隠れ家的な外観はファーストフードに馴染んだ高校生を寄せ付けない。
お客さんは近所の年輩の常連が多い。ここが私のアルバイト先。
学校の誰にも聞かれたくない話をする時だけ、親友であるまーちゃんを誘う。
「いらっしゃい。今日はお友達を連れて、お客さんなのね」
「すみません。お世話になります」
「気にしないで、ゆっくりしていって」
「ありがとうございます」
店に入ると、店長の末美さんが色っぽいハスキーボイスで迎えてくれた。
オーナーである玄田さんは主に夜出て、昼から夕方は末美さんが店を仕切る。他に私を含めたアルバイトが交代でシフトに入っている。
末美さんはたぶん30代前半?の妖艶なる美女なのよね。同性から見ても素敵な女性。
そして玄田さんとは単なる雇用関係とも思えない不思議な雰囲気を醸し出している。
なんらかの関係が続いているのか。それとも元夫婦なのか、元恋人なのか。高校生には伺い知れない、複雑な大人の関係っぽい。
ロイヤルミルクティーとケーキのセットを注文し、まずは味わうことに専念する。
「んんん~~~~っ! おいひい。幸せぇ……お口の中、蕩けりゅ……」
いつも隙の無い完璧優等生しているまーちゃんだけど、私の前でスイーツを食べる時だけ崩れる。
他の子と店に入った時は「私、甘いもの苦手だから」なんてやせ我慢しているけど、本当は大好きなのよね。
実際、このお店のスイーツとドリンクはチェーン店とは比べ物にならないのよね。それでいて、価格はそれほど高くない。まさに隠れ家的な名店だと思う。教えてくれたお継父さんには感謝だわ。
一足先にケーキを食べ終えたまーちゃんは私のガトーショコラをじっと見ている。子供みたいに目をうるうるさせるのはやめてよ……。
仕方なく残っていたケーキを半分に切ってフォークを刺す。
「しょうがないなぁもう。はい、あーん」
「あーん……んふふぅ。麗、しゅき」
まーちゃんが幸せそうな顔をしているのを見ると、私も嬉しい。
お母さんの再婚と引っ越しという事情があったとはいえ、中一の途中で転校してきた私に声をかけて、率先してクラスに馴染むよう気を配ってくれたのが彼女。
3年連続クラス委員に選ばれたまーちゃんには人に言えない苦労もいっぱいあった。私は転校時の恩返しのために全力で協力することに決めた。
例えば、言うことを聞かない生意気男子は私から言った方が素直になったのよね。
不思議と3学年同じクラスとなった私とまーちゃんは親友となり、同じ高校にも進学することできて今に至る。
「たまにはあーんするのもいいものね。いつもしてもらっている方だから」
「ふふっ。やっぱり、そういうことができる人がいるのね。なんとなく察していたけど」
「うん。ずっと黙っていてごめんね。いつかは言わなきゃと思っていたんだ」
「当てていい?」
「え、わかるの?」
「耳貸して」
店内には高校生は見当たらなかった。でも、念のためなのか、まーちゃんは近づけた私の耳にその名を囁いた。当たりだった。
「文化祭の時さ、休憩に入った麗がガラの悪い他校男子に絡まれたじゃない」
「あったね」
「その時は運悪く同じクラスの男子もいなくて」
文化祭の出し物で2組は喫茶店となり、メイド喫茶を推した男子を制し、女子が一致団結して和風茶屋に決めた。男子で一番発言力のある上杉が風邪で休んでいたのが大きかったわ。
給仕役の生徒はそれぞれ和風の衣装を着て、私は父方の祖母が持っていた着物を借りたのよね。似合うからと勧められて。
休憩に入った時、教室を離れたのは瑞樹に見せたかったから。管理棟で待ち合わせを決めて、渡り廊下を歩いていた時に他校男子数人に絡まれてしまった。教室の前でうろついていた男たちで、後を付けられたみたい。
背の高い強面の男たちに囲まれて怖かった。校舎側から見えているはずなのに、そういう時に限って誰も怖がって見ているだけ。
でも、私が待ち合わせに遅れて心配した瑞樹が来てくれた。
「はーい、ちょっとごめんねー。通るからどいてー」
道具係みたいな感じで暗幕を抱えた瑞樹が輪の中に入ってきて、目の前で暗幕を広げると、私を覆い隠してしまった。瑞樹は暗幕ごと軽々と私を抱えて、その場から逃げ出した。
あっという間に私が連れ去られたことに気付いた男たちは追いかけてきたけど、すでに校舎の人混みの中に紛れ込んで、首尾よく逃げおおせた。
人目のないところで降ろされた時、瑞樹は茶目っ気のある顔で言った。
「姫を拉致した泥棒みたいだな」
「あなたはとんでもないものを盗んでいきました。私の心です」
「はははっ」
子供の頃、一緒に見て印象に残っていたアニメ映画のセリフを改変して言うと、瑞樹は愉快そうに笑った。小学生みたいな無邪気な笑顔だった。
思えば、瑞樹はずっと昔から私を支えてくれたし、守ってくれていたわ。
一年生の初めての参観日だったのに、お母さんが仕事で来られなくて、泣いてしまった私のそばに寄り添って慰めてくれた。
男子に意地悪された時は、相手が三人なのに一人で立ち向かっていった。
女子グループにイジメられた時は、気づかない担任の代わりにクラスメイトの証言を集め、学級会でイジメグループを糾弾した。
そんな幼馴染に惚れないわけがないじゃない。
瑞樹は見た目こそイケメンじゃないけれど、心優しく私を包んでくれる。
瑞樹の笑顔を見ると、私も心が温まる。私にとって、唯一無二の大事な人。
上杉のような見た目がいい。口が巧いだけの男に私が惹かれるわけがない。
私は懐かしさを感じたのと同時に秘密の逢引きをしているような気分になり、その場で瑞樹の胸に顔を寄せて抱き着いてしまったの。周りに人がいなかったのと、暗幕で隠してくれていたから油断しちゃった。
「なーんだ。見られちゃったんだ」
「心配で麗の後を追いかけたら、偶然ね」
前から休み時間に瑞樹とすれ違う時、目と口パクで会話していたのもまーちゃんにはお見通しだったみたい。そして文化祭の一幕で確信を抱いたとのこと。
だから私は、瑞樹とは小学校時代の幼馴染で、遠く離れていても続いていたこと。
高二の夏に瑞樹が引っ越してきて以来、改めて恋人として付き合っていることを告白した。周りに配慮して、秘密にしていることも。
納得したようにうんうんと頷いた後、まーちゃんは居住まいをただした。
「それで、話があるって言っていたのは、嘘告の件ね」
「うん。きっとあいつらは諦めていないと思うから」
「それで、どうするの?」
「実はね、嘘告じゃなくて、マジ告にしちゃおうかと思って」
実はもう瑞樹には相談済みであること。嘘告を逆手にとって、交際を宣言しちゃうつもりであること。さらに瑞樹が悪くならないようにしたいので相談するつもりだったと告げた。
「なるほど。二人はそれでいいとして、問題は上杉が諦めるかよね」
上杉が私に気があることは明らかで、今回の嘘告で何を企んでいるのかわからない。
たぶん、嘘告だったと明かされた瑞樹が怒り出したところでしゃしゃり出てきて、うまく収める。それで点数を稼ぐつもりなんじゃないかな。そんなの捕らぬ狸の皮算用。上杉の見た目は狸じゃなくて狐に近いけどね。
ともかく、私と瑞樹が交際宣言したからといって、上杉がすんなり諦めるとは思えない。上杉の矛先が瑞樹に行って、変に悪企みされるのは避けたいのよね。
まーちゃんは少し考えてから口を開いた。
「まずは男子側を切り崩すのがいいかもね。全員が上杉に賛同しているわけじゃない。特に結城君が狙い目」
嘘告を言い出したあの場にいた男子四人のうち、言い出しっぺの上杉を除けば、里見、佐竹は積極的に賛成した。
もう一人、結城旭君はバレーボール部所属で寡黙なタイプ。上杉に誘われてグループに入れられたけど、あまり自己主張しないだけで本心から仲良くしているようには思えない。実際、あの時も反対に回ってくれた。
「説得できそう?」
「一年の時から知っているけど、悪い人じゃないと思うの。早速今夜連絡してみる」
「ありがとう」
さらに私は瑞樹には黙って一人で練っていた秘密の計画を打ち明けた。
「実はね、マジ告にするだけじゃなくて、さらにサプライズしちゃおうかと思って」
「え?」
私の案を聞いたら、さすがのまーちゃんもポカーンとして驚いていたわ。
でも、思い切り笑った。「面白いじゃない!」と言って賛成してくれた。
だったら2組だけじゃなくて、瑞樹のいる1組の女子生徒にも協力してもらおうって、話が膨らんでいった。
まーちゃんに話したのは後悔していないけど、思った以上にスケールが大きくなっていきそう。でも、この機会に瑞樹との関係を秘密にしてなきゃいけないというストレスから解放されるならやってみる価値はある。万難を排してでも進めようみようと決意を新たにした。




