34. パーツのサイズ
日々の気付きとこの世の真実を追い求める世界最短最低の物語。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし 弐 】
34. パーツのサイズ
唯一という話ではありませんが、「可愛い」の要素は押し並べて「幼い」事であろうと思います。
天真爛漫な様子とか、子供っぽい思考や言動、振舞いなどが幼児や子供ならそのまま「可愛い~」ですし、成人男女やお爺ちゃんお婆ちゃんでも「子供っぽい」が「可愛い」となるのだろうと。
ところがこれも「但し……」がつきまして(ったく厄介なワードだぜ)、対象(人)と状況によっては一変して「子供じみた」とか「稚拙な」という印象に転じますから難しい、というか困ったところです。(具体的には私なんですけどね)
これ、見てくれもそうでして、「幼い」=「小さい」ですから幼児の特徴である“体形の割合として頭と目が大きい”のは実に分かり易い「可愛い」の表現です。
なのでマンガやアニメなどに登場する女の子、男の子は必然”低頭身”となりまして、されど頭の方は成人サイズを超えられませんから結果”眼(瞳)”の方がやたらと大きくなっていくわけです。
最近では落ち着いた感がありますが、美少女ものの黎明期ではキャラ(デザイン)の個性を際立たせるために眼の大きさがそれこそインフレ状態となりまして、今冷静に見ればもはや「歪」な感じもしてしまいますが、当時はちゃんと「可愛い」だったわけですからこれも時代、流行りという事なのでしょうね。(彼女ら用のコンタクトレンズとかヤマザキで貰うお皿くらいのサイズでしょうな)
とは言え頭が大きくて手足が小っちゃいというのは人間でもその他動物でも普遍的な「可愛さ」ですから、教えても諭してもいないのにペットのワンコ・ニャンコが飼い主家族の赤ちゃんに優しく接するとかむしろ過剰に守ろうとしたりするのを見ると、生物の本能的意識と行動なのかもしれません。
真偽のほどは定かではありませんが、アフリカの一部の地域では小学校の入学条件に「頭の上に手を回して反対側の耳に手が届けば合格」というのがある(あった?)ってのを聞いた事があります。(え?なにそのカワイイ試験!)
なるほど、個人の出生証明や戸籍なんてのが整備されていない場合の生育度判断基準として、中々理にかなっている感じもしますね。(試験の光景にホワワァ・・・すよ)
ところで私、試してみたら指の先が耳にギリって感じなのですが、これってようやく来年あたり入学可って感じですかね?どう?
(これでカワイクナイってのがどうにも理不尽よなぁ)
ではまた(キビシイィ~!)
なら肩が上がらなくて耳に届かなくなったら会社(社会人)卒業って事でよくない?
身体的就業(納税)限界って事で。
(そのとーーり!)
(ネタ的にどれだけの方がご理解頂けるか分かりませんけど)




