18. Nothing
日々の気付きとこの世の真実を追い求める世界最短最低の物語。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし 弐 】
18. Nothing
語尾に“ない”がつくと基本的に前の語句を“否定”って感じなのですが、日本語、特にそれを組み合わせた慣用句はたまに例外があったりして厄介この上なき事でございます。
「彼は気の置けない人だ」
これ語感的には「ヤツには隙を見せちゃいけないから常に警戒していないと!」
って思っちゃいそうですが、意味合い的には全く逆で“気を使う必要も無いほど気心の知れた人だ”みたいな意味です。
「ぞっとしない」
なんてのも、「ちっとも怖くない」と解釈してしまいがちですが、実際は“面白くもなんともない”という意味で、そう聞かされても「は?」って感じですよね。
これらって「隅に置けない」という良い方の評価表現や、「ぞっとする」=「ビビった」とかのよく聞く言葉と対比してしまう感覚的な印象なのだと思います。
ちょっと外れて「琴線に触れる」なんてのも、つい迂闊な言葉を放ってしまったような場面で「ヤバイ!彼女の“琴線”に触れてしまった!」など言いがちですが、これ“逆鱗に触れる”に引っ張られた為の誤引用です。(ありがちー)
挙げればきりがないのですが、日本語に限らず言葉、文字というのは限られた基本の単一文字の組み合わせですから、語源の経緯や歴史も相まって渋滞、誤解、不認識は已む無きところでしょう。
なので、(私め如きでも)こういった文章、読み物を公に書く時、意図せず(もしくはドヤ顔で)それら紛らわしい言葉を使うと誤解釈や「何かピンとこない」といった違和感が生じる可能があるので極力避けるようになり、結果更に周知・認識が滞るというような事なのではないかと思います。
こうして実質的に世から淘汰されていく言葉があるというのは少し寂しい気もしますね。
基本文字、“音”といえば日本語のひらがななら50種類、アルファベットなら26種アラビア語では28種となりまして、これじゃあ組み合わせも難儀よなぁと思いきや、中国語ではそこに“発音”が加わって408種(!?)となるそうです。
常用の総漢字数も8000を超えるらしいですから突然宇宙スケールですよ。(漢検ハードル厳しそうだなぁ)
広大な国土と人・民族であるが故でしょうが、「伝えたい、表現したい」意志の現れと歴史・文化の経緯継承とすれば、「良くぞ言語的に統一した(できた)ものだよなぁ」という称賛しかありません。
もう偉業というか奇跡でしょうね。(うん、凄いわ4000年って)
あれですよ、アルファベットの26種程度で無理なんですから8000の文字と400の発音なんて4000年かけても無理でしょうね。(精神と時の部屋とかでも)
抱歉 再见 汉语……
えー毎度の事 “ぞっとしない” 話ですみません。
ではまた(日本語だって覚束ないのにさ)
もう色々nothingで困っちゃう




