11. 逆境
日々の気付きとこの世の真実を追い求める世界最短最低の物語。
視聴番組のCM中にでも見れる(読める)程度の時間と内容を想定してます。
いつでもどこからでもどーぞ。
ご注意: 口語的語りとしています “い”抜き、“ら”抜き、その他文章定義はご容赦くださいね。(あ、誤字脱字も……)
【日くらし 弐 】
11. 逆境
以前からですけれど、大雪や豪雨の山中で、ずぶ濡れビショビショになりながら大型テントを設営し、中にストーブや色々なカッコ素敵なギア(きっとお高いんでしょうね)を展開して貴族のように寛ぐという動画をよく見かけます。
初見は「なんでわざわざそんな状況でやるかなぁ」なんて思ったりしましたが、結構なフォロワー数もあったり、私もなんとなく見続けていたりもして、ふと気が付いた事があります。
「”逆境の中での快適”というのに人とはこの上なき”幸福”を感じるのではないか?」
と。
「劣悪な環境下で優雅に過ごすという非日常感がウケているかな?」なんて思ったりもしていましたが、それだけではない感情もあって、そういった状況を我が身として想像してみれば確かに嬉し楽しい気分になってきます。
寒~い冬の日に部屋の中をガンガンに暖めて、キンキンに冷えたビール飲むとかアイスクリームを食べるとかサイのコーでしょう。
茹だる様な夏の昼間に部屋の中をギンギンに冷やして食べる鍋やうどん(食べてばっかだな)とか、夜は厚手の布団に埋もれて寝るとか至福の極みを感じそうです。(電気代怖いのでやりませんけどね)
ちょっと偏った極論を言わせて頂ければ(まぁいつもの事です)、人は幸せに対する絶対的指標を持ち合せていないのだと思います。
常に他の状況や他の何かと比較した場合の相対的価値観としてのみ幸せは存在するのではなかろうか。
春の麗らかな日々というのは気候的に穏やかでうれしく有難い事ではありますが、それを実感できるのは寒い冬や暑い夏があってこそで、一年中の春ではその恩恵を理解も認識もできないのだろうと思うのですよ。
そして平穏な常春よりも、「寒い時に暖かい」や「暑い時に涼しい」といった悪環境下で得られる自分の優位性や快適な立ち位置の方がより強く幸福を感じるようにできているきらいを感じたりします。
更に言えばその振り幅が大きいほど幸福度が増すという度し難くも納得できてしまいそうなところも含めて“人”であるのだろうなぁと。
“あの状況に比べれば” “その辛さ苦しさに比べれば” そして“この人に比べれば” というのが唯一自身の幸福度を計る指標なのです。悲しいかな。
そういうわけで世の奥様やお嬢様方に申し上げたい事があります、いいですか?
「バチェラーとかあいのりとか見てるより、このシリーズを見ていた方が貴女の幸福度は上がるのですよ?」
そりゃもう間違いなしですからね。
ではまた(面白いかどうかは置いといて)
最低(劣悪)がここにありますからねぇ
(チープな幸福論ですが、割りと本質だと思いますよ)




