↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/36

第34話 処刑聖女の最後の放送

首都中の天告鏡に、アデルの姿が映っていた。

白い法衣は汚れ、両手には鎖が掛けられている。背後には均衡教会の紋章と、告示司教ネルガ。


投降した時に持っていた銀槍は、放送室の壁へ見せしめのように飾られている。

アデルの右頬には新しい傷があった。

それでも背筋は伸び、声は普段と変わらない。


『私は、元処刑聖女アデル・ヴァレリス』


大通りを走りながら、放送を聞く。


『転移者を匿い、教会へ反逆した罪を認めます』


ネルガが満足げに頷いた。

用意された謝罪文を読ませ、共同受領の記録ごと嘘にするつもりだ。


フィンが街角の天告鏡へ駆け寄った。

台座の裏板を外し、父親の保守札を差し込む。


「主回線は開いてる。アデルが向こうで認証を通したんだ」

「映像を流せるか」

「やる。三十秒くれ」


「切られたら?」

「一度流れた記録を、近くの鏡が隣へ送り直すようにする。全部を同時には消せない」


フィンは中継塔で作った複製札を、一枚ずつ保守盤へ差し込んだ。

指は震えていない。

父親が遺した回線を、今度は教会の編集を壊すために使っている。


俺は鏡の前に立ち、周囲へ伸びる黒い経路を確認した。

九十パーセント近い災厄が漏れ、街灯の魔力石を明滅させている。


「近づくな! 鏡から十歩離れろ!」


通行人が後退する。

フィンの指が保守盤の小さな鍵を走った。


鏡の中で、アデルが顔を上げる。


『私は教会の命令に従い、多くの転移者を処刑しました』


ネルガの表情が変わった。

謝罪文にない言葉らしい。


『彼らは怪物になる前に死ぬべきだと信じていました。それが多数を守る慈悲だと』


アデルは正面を見た。

鏡越しに視線が重なったような気がした。


『間違っていました』


ネルガが放送台の外へ手を振る。

騎士がアデルの肩を掴んだ。


『転移者が災厄を生んだのではありません。天秤塔が、彼らへ災厄を注いでいたのです』


「繋がった!」


フィンが最後の鍵を押した。


天告鏡の映像が分割される。

アデルの横に、古い記録が現れた。


崩れた家から子どもを運び出す転移者。

濁流の前で避難路を開く女。

病人を背負い、教会の追跡隊から逃げる男。


俺が断界井で見た、力を求めた殺人鬼の自白とは違う。

彼らは皆、誰かを救っていた。


公式自白と並べた比較記録が映る。

署名日は、本人の処刑から三日後。

音声を切り分ける波形には、別々の人間の声を繋いだ跡。

街を焼いたとされる時刻には、天秤塔から災厄を強制注入した操作記録が重なっている。


偶然の食い違いではない。

誰かが救助者を殺人鬼へ作り替えた痕跡だった。


次の記録。

天秤塔から転移者へ災厄を送った量と時刻。怪物化映像の直前に、限界値を超える注入を命じた操作簿。


さらに、中央塔地下の映像へ切り替わる。

無数の石柱の中で、人の形をした光が目を閉じている。


『処刑された転移者の魂は消えていません』


アデルの声が重なる。


『《均衡核》として、今も魔法文明の燃料にされています』


大通りの人々が足を止めた。

誰も歓声は上げない。

鏡と中央塔を見比べる顔から、血の気が引いていく。


一人の老人が帽子を取った。

その横で、教会の印を首から下げた女が、震える手で印を外す。

石を投げる者も、塔へ押しかける者もいない。

ただ、今まで正しいと教えられてきた映像を、もう一度最初から見直している。


ネルガがアデルを押し退け、放送台へ割り込んだ。


『偽造です! 反逆者が転移者の呪いで作った虚像にすぎない!』


「次を出すぞ」


フィンが別の記録札を差し込む。


鏡からネルガ自身の声が流れた。


『救助部分は切れ。橋へ触れた直後から使えば、転移者が崩落を起こしたように見える』

『村の回復は映すな。病の発生だけを告示しろ』

『民衆に必要なのは事実ではない。恐怖の向け先だ』


日付、命令番号、告示司教の魔法印。

全てが画面に残っている。


ネルガの口が動いたが、声は出ない。


フィンが保守盤の鍵を固定した。


「もう向こうからは消せない。回線を壊しても、周辺の鏡が続きを流す」


実際、中央の映像が一度暗くなった後、隣の宿場鏡から受け取った同じ記録が再び映った。


『この放送を見ている皆さんへ』


アデルが再び前へ出た。

鎖を引く騎士へ身体を預けるようにして、放送台から離れない。


『私が知らなかったことは、私がした処刑を消しません。赦しを求めるつもりもありません』


一度、息を継ぐ。


『ただ、これ以上、一人へ何も知らせずに押しつける制度を続けないでください。負担を知り、受け取るか拒むかを、自分で選んでください』


ネルガが放送台の操作盤へ拳を叩きつけた。


『大均衡を前倒ししろ! 今すぐ転移者へ全量を注げ! 放送ごと奴を破裂させるのだ!』


命令まで、全国へ流れていた。


中央塔が低く唸る。

大通りの石畳に、黒い亀裂が走った。


俺の視界が赤黒く染まる。


【大均衡・全量注入】

【積載率:96%】


音が遠のいた。

フィンの口が動いているのに、言葉が聞き取れない。

左腕から漏れた黒い靄が、天告鏡へ伸びる。


右手で腕を押さえ、膝をついた。


鏡の台座に亀裂が入り、上部が大通り側へ傾く。


「倒れるぞ! 左へ退け!」


近くにいた商人たちが、指示を聞いて人の列を壁際へ寄せた。

誰かが支え棒を台座へ差し込み、鏡を空いた側へゆっくり倒す。

俺が一人で動かなくても、言葉を受け取った人間が危険を処理していく。


【厄獣化まで:四分】


四分。

中央塔の正面扉は、目の前で閉じ始めている。


「おっさん、立て!」


フィンの声が戻ってきた。

俺は右足を踏み出した。


閉じる扉の向こうで、銀色の槍が閂へ突き立った。

アデルが内側から、扉を止めている。


「直人!」


鏡ではない、生の声だった。


俺とフィンは、残された隙間へ飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。