第33話 黒槍が門を開ける
地下通路は、首都東門の外にある穀物集積場へ通じていた。
朝の荷を待つ空の倉庫。その床板を押し上げると、巨大な城壁が目の前にそびえている。
門は閉じられていた。
厚い鉄板を張った二枚扉。上部の歩廊には弓兵が並び、門前には入城を止められた商人や避難民が何百人も溜まっている。
穀物倉から先の地下荷路は、太い鉄格子で塞がれていた。
鍵穴には教会の封印が溶かし込まれ、フィンの保守札も入らない。
「閉じられたのは今朝だ。俺たちの経路を読まれた」
格子を壊すには半日かかる。
大均衡はすでに始まっている。正面以外に残った道はなかった。
門前へ滞留した荷車は六十台以上。
この状態で群衆が押し返されれば、逃げ場のない人間から倒れる。俺の災厄が漏れれば、閉じた門そのものが被害を大きくする。
天告鏡から、同じ命令が繰り返されていた。
『転移者の首都侵入を阻止せよ』
『東西南北、全門を封鎖。違反者は反逆罪とする』
「地下荷路も、門の内側で閉じられてる」
フィンが保守図を畳んだ。
「ここを通るしかない」
群衆の向こう、門の中央に黒い甲冑が見えた。
長い黒槍。隻眼の追跡隊長、ガレス・ロウ。
その周囲には、崖道で助けた騎士たちもいる。
ガレスの手には、羊皮紙の束があった。
中継塔から複製した共同受領実験の記録だ。封を切り、何度も読み返した跡がある。
俺たちが倉庫から出た瞬間、歩廊の兵が声を上げた。
「転移者だ! 穀物庫前!」
弓が一斉にこちらへ向く。
門前の人々が逃げようとして押し合い、荷車が横を向いた。俺から漏れた黒い経路が、積み上げた穀物袋と車輪へ絡みつく。
「走るな! 荷車を動かすな!」
叫ぶ。
「右端の列は壁へ寄れ! 子どもを荷台から降ろせ!」
ガレスが黒槍を上げた。
「聞こえた通りに動け! 弓兵は射るな!」
追跡対象の指示を、追跡隊長がそのまま命令へ変える。
騎士たちが人の列を二つに割り、中央へ細い動線を作った。
俺はフィンとそこを進む。
群衆から罵声は上がらない。助けられた覚えのない者が大半だ。ただ、天告鏡の顔と俺を見比べ、道を空けていく。
中央塔へ一歩近づくごとに、黒い線が太くなる。
門の手前で、胸の奥へ新たな災厄が流れ込んだ。
【中央塔・同期圏内】
【積載率:89%】
膝が折れかける。
フィンが腰を支えた。
視界の左右が一拍ずつずれ、閉じた門が二重に見えた。ここからは、自分の判断だけを正解だと思えば誰かを巻き込む。
同時に、門の巻き上げ機から歯車が一枚外れ、群衆の方へ跳ねた。
ガレスの部下が盾を差し込み、受け止める。
崖道で落ちかけた騎士だった。
「今度はこちらの番だ」
盾の陰から、短い声が返る。
城壁上の教会監察官が怒鳴った。
「ガレス隊長! 直ちに転移者を拘束しろ!」
「門外には民間人が四百以上いる。ここで交戦すれば巻き込む」
「門を閉じたまま射殺せ!」
ガレスが、中央塔へ視線を上げた。
「奴の災厄は塔へ近づくほど増えている。ここで殺して破裂させれば、東門区画から死ぬ」
「教義に口を挟むな。貴様の職務は命令へ従うことだ!」
「私の職務は、転移者を追うことより先に、住民を守ることだ」
監察官が記録の束を指した。
「その感染実験を信じるのか」
「参加百名。途中撤回七名。死者なし。受領前後の因果値は、教会所属の治療師三名が別々に測定している」
「反逆者が数字を合わせただけだ」
「ならば検証すればいい。検証前に原本を焼き、転移者を殺せという命令は、住民保護ではなく証拠隠滅だ」
ガレスは感情で命令を拒んでいるのではない。
現場記録を読み、教会の告示と照らし、矛盾を選び出している。
初めて会った崖道と同じだった。
黒槍の石突きが、石畳を打った。
「開門準備」
門番たちが顔を見合わせる。
すぐには動かなかった。
「反逆だぞ、ガレス!」
「証拠を隠した者の命令へ従い、住民を門外で死なせる方が職務違反だ。責任は私が取る。門を開けろ」
崖道で救われた騎士が、最初に巻き上げ機へ走った。
一人。二人。
追跡隊の兵が持ち場へつき、巨大な横木を外していく。
監察官が弓兵へ手を振った。
「反逆者ごと射よ!」
だが、矢は放たれなかった。
歩廊の兵たちは下の群衆を見ている。互いの顔を見た後、弓を下ろした。
歯車が回る。
二枚の鉄扉が、ゆっくりと内側へ開いた。
門外で止められていた人々から、歓声ではなく安堵の息が漏れる。
先頭の荷車が騎士の誘導で動き、圧縮されていた列へ隙間ができた。
子どもを抱いた母親が内側へ渡り、次の老人へ手を貸す。
門は俺一人のためではなく、締め出されていた全員のために開かれていた。
門の向こうに、首都の大通りが伸びている。
その中心、白い中央塔まで障害物のない一本の道。
ガレスが俺の正面へ立った。
黒槍は下げたままだ。
「勘違いするな。お前が安全だと認めたわけではない」
「わかってる」
「お前を裁くのは、事実を全部出してからだ」
ガレスは横へ退き、門の内側を顎で示した。
「行け。塔で何が起きているか、終わらせてこい」
「借りが増えたな」
「崖での借りを返しただけだ」
俺とフィンが門を越える。
続いて、門外へ止められていた人々も騎士の誘導で入城を始めた。
荷車の御者が、俺の顔を見て一瞬だけ手綱を止めた。
それから何も言わず、車体を横へ寄せる。
別の商人も同じように動き、中央大通りへ細い空間が伸びていった。
誰かが「転移者を通せ」と叫ぶ。
その言葉が列の先へ伝わり、閉ざされていた道が少しずつ開く。
背後で監察官が何かを叫んでいる。
ガレスの部下が武器を取り上げる音がした。
俺は振り返らなかった。
大通りの先で、中央塔の天告鏡が一斉に白く光り始めている。
鏡に映ったのは、両手を鎖で拘束されたアデルだった。




