第27話 塔を止めれば、治療院から死ぬ
地方中継塔の制御室には、十人の技師が集められていた。
誰も無能ではない。
彼らは毎日、水道と暖房と治療院へ魔力を送り続けている。だからこそ、十二分の停止が何を意味するか知っていた。
「本当にやるのか」
主任技師が俺の顔を見た。
「再起動に失敗すれば、この街だけで済まない。周辺三村の農地結界まで落ちるぞ」
「再起動の手順は、あんたたちに任せる」
俺は制御盤の図面を指した。
「俺が決めるのは、止まっている十二分に何をどこへ運ぶかだ」
事前に三点を確認した。
一つ。治療院で補助魔法が切れれば危険な患者。
二つ。塔の圧力で水を上げている高地区。
三つ。暖房停止で温度が急落する薬草保管庫。
治療師は手動呼吸具を準備した。
水道職人は高地区へ樽を積み上げ、荷車を坂の途中へ待機させた。
鍛冶職人は薬草庫へ炭火鉢を運んだ。
できる準備はした。
「停止します」
アデルが、セヴェランから開放された黒い天秤印へ掌を重ねる。
主任技師が三本のレバーを順番に倒した。
塔を満たしていた低い振動が消えた。
一秒後、制御室の照明が落ちる。
二秒後、壁の配管から水音が消えた。
三秒後、街中の天告鏡が暗転した。
十二分の計時砂が落ち始める。
塔の窓から街が見えた。
噴水の水が止まり、二階の高さを走る送水路が空になる。
暖房煙突の青い光も一斉に消えた。
準備していた人間だけではない。
停止を知らずに仕事をしていた者たちが、街の各所で理由も分からないまま手を止めている。
「治療院から伝令!」
階段を駆け上がってきた少年が叫んだ。
「第四治療室の子どもが呼吸できません! 手動具が合わない!」
想定していた患者だった。
だが、想定した器具では足りなかった。
「年齢と体格は」
「六歳、小柄です!」
「成人用の袋を半分に折れ。空気を送りすぎるな。治療師二人で呼吸数を数えろ」
少年が走り去る。
次は水道区から鐘。
塔停止を知らされていなかった住民が配水車を取り囲み、先頭の二台が坂の途中で動けなくなっていた。
水を奪おうとしているのではない。いつ戻るか分からない恐怖から、誰もが自分の家の分を先に確保しようとしている。
「樽を道端へ下ろすな! 家ごとに一人だけ並ばせろ。前の荷車から水を半分移して、軽い二台を往復させる!」
フィンが伝令板へ指示を書き、階段を駆け下りる。
薬草庫では、炭火の煙が室内へ逆流した。
暖めればいいと考え、換気まで見ていなかった。
「火鉢を廊下へ出せ! 温風だけを扇いで入れろ!」
一つ止めれば、一つ困るのではない。
水、熱、治療、通信。結びついていたものが同時に止まり、それぞれ別の場所で人手を要求する。
積載率七十五%の頭では、伝令の順番が何度も混ざった。
俺が同じ指示を繰り返しかけると、アデルが横から訂正した。
「水道区への指示は済んでいます。次は治療院です」
「……助かる」
砂時計は半分を過ぎた。
治療院から二度目の伝令が来る。
「呼吸が戻りました! ですが、治癒術なしでは傷口の出血が止まりません!」
「圧迫を続けろ。交代を三人用意。塔が戻るまで手を離すな」
魔法なら一人で済んだ処置に、三人が必要になる。
その三人は、別の患者を診られない。
高地区からは、貯水槽の残量が一刻分を切ったと知らせが入る。
十二分でこれだ。
半日なら、手持ちの荷車では追いつかない。
一日なら、治療院の人手が先に潰れる。
八分目、薬草庫から運び出した薬箱が塔へ届いた。
保存温度を失った薬を、使えるうちに治療院へ回すためだ。
「南治療院から荷車を一台出せ! 帰りに空樽を積み、高地区の水道班へ渡せ!」
一つの便を空で戻さない。
限られた荷車を循環させる。
それでも、間に合うのは停止場所と時間を最初から知っていたからだった。
最後の砂が落ちた。
「再起動!」
主任技師と部下たちが、一斉にレバーへ取りつく。
最初の一本が戻る。
二本目。
三本目だけが途中で止まった。
「補助輪を回せ!」
主任技師の声で、四人が制御盤の横へ移る。
歯車を手動で噛み合わせ、三本目のレバーが所定位置へ入った。
塔が震えた。
消えていた灯りが戻り、配管の奥から水の流れる音が響く。
伝令が次々と到着した。
治療院の補助魔法再開。
高地区への揚水再開。
薬草庫の温度回復。
死者は出なかった。
だが、それは十二分だったからだ。
あらかじめ人員を集め、物資を置き、全員が停止時刻を知っていたから持ちこたえただけだ。
治療院から戻った治療師は、両腕を震わせていた。
「あの子は助かりました。でも、あと五分遅ければ手で押さえても出血を止められなかった」
誰かが俺を責める声はなかった。
その方が重かった。
「塔を壊すだけでは駄目だ」
俺は暗くなった計時砂を見た。
「転移者を救うために、治療台の子どもを死なせるわけにはいかない」
主任技師が制御盤の下を覗き込み、眉を寄せた。
「再起動の時、見たことのない回路が開いた」
塔停止中にだけ動いた古い歯車が、制御盤の裏板を押し出していた。
その奥に、百本の細い管が円を描いて並んでいる。
現在使われている太い受領管は一本だけだった。
百本の細い管は途中で切られ、その一本へ付け替えられている。
壊れた旧設備ではない。
一人へ集めるため、後から構造を変えた跡だった。
主任技師が切断面を撫でた。
「古い設計では、災厄を百方向へ分けていた。今の一本管は、少なくとも百年以上後の部品だ」
フィンは父親の紙に残る日付を示した。
「親父は二年前、この切り替え箇所を調べてた。それで事故死したことになってる」
共同受領環と、父親の死。
フィンがここまで地図を運んだ理由も、同じ管へつながった。
「百人へ分ければ、百人が怪我をするのか」
俺が尋ねると、主任技師は制御盤の目盛りを確かめた。
「流す総量と、一人当たりの上限を別々に設定できる。ただし、実際に人体へ接続した記録が残っていない」
「なら、知らないまま使えば、今の制度と同じです」
アデルが言った。
「負担量、症状、拒否方法を先に示す。了承した者だけで試します」
成功する保証はない。
フィンが父親の保守記録を広げ、管の脇に刻まれた記号と見比べた。
「同じだ」
指が紙面を走る。
「親父が何度も消して書き直してた記号。『共同受領環』」
アデルが《因果視》で管を見た。
「一本の因果を、複数の受領先へ分岐する回路です」
百本の管。
一人へ積むための塔の中に、最初から別の荷の分け方が隠されていた。
「使えるか」
主任技師は管の接続部を調べ、ゆっくり頷いた。
「百人いれば、試せる」




