第25話 救った町が、一本の道になる
王都までの最短街道は、すべて教会の検問で塞がれていた。
迂回すれば十日。大均衡までは九日。
「山を越えて、北から回る」
観測所の床へ地図を広げ、俺は人目の少ない経路を指でなぞった。
「俺一人なら五日で行ける。アデルとフィンは原記録を別の道から――」
「却下です」
「嫌だね」
二人の声が重なった。
アデルは銀槍の石突きで、俺が選んだ山道を示した。
「積載率六十%の身体で、補給地点のない尾根を五日歩くことはできません」
「それに、おっさんは地図の字が読めないだろ。二日目で迷って終わりだ」
正論だった。
「なら、補給地点を作る」
俺は別の線を引いた。
「街道ではなく、今まで通った場所をつなぐ」
最初の中継点は、東の村だった。
俺たちが村外れへ着くと、村長は露骨に顔をしかめた。
それでも、荷台へ麦袋を積んだ農作業用の荷車を一台、納屋の陰へ用意していた。
「王都へ納品する麦だ。荷台の底に三人分の空間がある」
「匿えば重罪だぞ」
「毒水を止めた男へ荷車を貸すだけだ。何を積んでいるかまでは知らん」
村長は俺を見ず、御者へ偽の農産物証を渡した。
老女からは水と固いパンを押しつけられた。
日暮れ前、最初の強制同期が来た。
荷台の暗闇で黒い線が左腕へ流れ込み、胸の奥を焼く。
【積載率:64%】
声を出せば検問に気づかれる。
俺は歯を食いしばり、アデルが差し出した布を右手で掴んだ。
二日目は、崩れた東橋の上流を渡った。
以前救った避難民たちが、荷物を運ぶための平底船を出していた。
「転移者を乗せた覚えはない」
船頭はそう言いながら、俺たちを帆布の下へ押し込んだ。
対岸では、橋を渡った時の通行証が次の荷馬車へ引き継がれた。
二度目の同期。
【積載率:68%】
感覚の鈍った左足が、荷台の段差を正確に捉えられない。
フィンに肩を借りた。
「自分で歩ける」
「転んで荷を止める方が迷惑だ。黙って使え」
十一歳の言葉に反論できず、体重を預けた。
船着き場の先では、教会の検問が通行証を一枚ずつ調べていた。
避難民の女が俺たちの荷車へ近づき、検査役へ聞こえる声で怒鳴る。
「病人用の毛布よ! 橋が落ちたせいで四日も遅れてるの! また開けて数えるなら、あんたが全部畳み直して!」
検査役は荷台の匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
鉱山で使った薬草と油を毛布へ染み込ませてある。病人の汚れ物だと思ったらしく、棒で一度突いただけで通した。
布の下で息を止めていた俺は、検問を離れてからようやく肺の空気を吐いた。
彼女は礼を言わなかった。
必要な嘘だけをつき、次の荷車へ戻っていった。
三日目、カルム鉱山の保守坑道を抜けた。
坑夫たちは教会の封鎖札を外し、古い鉱車へ俺たちを乗せた。
ガレスの部下らしい騎士が遠くの監視台にいたが、こちらへ背を向けたまま鐘を一刻遅らせた。
その日の同期で、数字が危険域へ入った。
【積載率:72%】
直後、鉱車に吊られていた灯りの留め金が外れた。
炎が木箱へ落ちる。
「水を!」
俺が叫ぶより早く、アデルが外套で灯りを叩き落とした。フィンが足元の砂をかける。
火は広がらなかった。
黒い災厄票は出ていない。
大事故になる前の、小さな不運だった。
「あなたの周囲から漏れています」
アデルが焦げた外套を払い、俺の左腕を見た。
「次は灯りだけでは済まないかもしれません」
「だから離れろ、と言っても聞かないんだろ」
「理解が早くて助かります」
四日目、暖房都市グラナの職人たちが、鉱車から荷馬車へ乗り換える場所を用意していた。
市街火災で世話になった宿屋の女主人マーラが、息子と一緒に食料箱を運んでくる。
「首都へ続く南道は封鎖されています。西の中継都市なら、夜の搬入便に紛れられる」
彼女は俺の顔を見ずに言った。
「これは、火事の時に使えなくなった寝具と食料を運ぶだけです」
荷車の車軸から、小さな金属音がした。
俺は御者へ停止を命じる。
見れば、車輪を留めるピンが半分抜けていた。このまま下り坂へ入れば車輪が外れる。
「交換に五分。後ろの便を先に出せ。重量の軽い順に入れ替える」
職人はすぐに工具を出した。
俺が異常を見つけ、彼らが修理し、フィンが後続へ順番を伝える。
誰か一人が全部を背負う必要はなかった。
夜、四度目の同期が終わった。
【積載率:75%】
手の痺れだけではない。
視界の端で人影が二重にぶれ、簡単な経路を組むのにも以前より時間がかかる。
それでも、俺たちは四日で中継都市へ着いた。
一つの町から次の町へ、荷車、船、坑道、通行証、食料が渡されていった。
俺が救った人間全員が味方になったわけではない。
何も言わずに扉を閉めた者もいる。教会へ知らせた者もいた。
それでも、必要な道は途切れなかった。
四日間で、俺が一人で決めた区間は一つもなかった。
村長が荷車を選び、船頭が川の流れを読み、坑夫が安全な坑道を決め、職人が車輪を直した。
俺は全体の時刻を合わせただけだ。
三日目からは、次の区間を決める前にアデルへ追跡隊の配置を聞き、フィンへ保守路の状態を確かめた。
俺一人で引いた最短路より、その場で三人がつないだ迂回路の方が速かった。
中継都市の門をくぐった時、広場の天告鏡が一斉に白く光った。
灰色の法衣を着たセヴェランが映る。
『久瀬直人。中央塔まで、あと五日だ』
九日のうち四日を使った。
王都までは、まだ検問を三つ越えなければならない。
荷台の隅には、各地から渡された物が積まれていた。
村の水筒、避難民の通行証、鉱山の保守鍵、グラナの交換部品。
どれか一つだけでは検問を越えられない。
順番に使い、次の人間へ渡してきたから、ここまで運べた。
俺の中の災厄とは違う。
分けるほど軽くなり、つなぐほど遠くへ届く荷物だった。
広場を歩いていた人々が足を止めた。
『逃亡者の主張を、国民の前で聞こう。一人を殺せば百万人が助かる。その数字を覆せるのなら、ここで示してみせろ』
公開対話。
断れば、教会の正しさだけが全国へ流れる。
俺は天告鏡の前へ進んだ。
「いいだろう。まず、あんたの荷の積み方から間違いを数える」




