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第24話 転移者狩りは、集荷業務だった

観測所の床に、過去の転移者の逃走路を並べた。

十一人分。時代も出発地点も違う。

それでも、線は不自然なほど同じ場所を通っていた。


断界井。

天秤塔の排出口。

人口の多い街。

最後は王都の中央塔。


「追われている人間が、安全な道を選んだ結果じゃないのか」

俺は地図の端を押さえた。

「橋や山道が限られていれば、経路が重なることはある」


「それだけでは説明できません」

アデルが教会の追跡記録を地図へ重ねた。

「追跡隊は転移者を捕捉できる場面で、何度も包囲を一部だけ開けています。ただし、開ける方向は毎回この赤い線の先です」


ガレスが俺を見逃した時とは違う。

過去の命令書には、住民保護も証拠確認も書かれていなかった。


『北を閉鎖。東は監視のみ』

『対象が井戸区画を通過するまで攻撃を禁ずる』

『第三排出口との接触を確認後、追跡を再開』


捕まえるための追跡ではない。

進ませるための追跡だ。


フィンが父親の保守記録を読み上げた。

「『受領器、第一集荷点を通過。排出弁開放』。次は『第二集荷点へ誘導』。転移者の名前は一度も書いてない。全部、受領器って呼んでる」


「断界井を封鎖した理由も同じか」

俺は最初の断界井で触れた石の円筒を思い出した。

「途中で荷を捨てられたら、空のまま中央塔へ着く」


アデルが頷いた。

「完全に停止させなかったのは、早期破裂を防ぐ最低限の排出先が必要だったからでしょう。満載になる前に死なれては、均衡核として利用できない」


人を救うたび、俺の中へ災厄が入った。

それを見た住民は、転移者が災害を起こしたと信じる。

追跡隊は俺を次の街へ追い立て、天秤塔はその先へ災厄を吐き出す。


世界が転移者を追うから災害が起きるのではない。

災害を集めさせるために、世界は転移者を追っている。


フィンが、記録簿の奥から薄い金属板を引き出した。

表面に、現在の年月と、俺の顔に似た輪郭が浮かんでいる。


「これ……おっさんじゃないか」


アデルが文字を追う。


「外界受領器。識別番号、七十四。集荷工程は第二段階。最終処理予定――」


彼女の声が止まった。


「九日後です。《大均衡》と同時に、国内全域の余剰災厄をあなたへ集中。その後、中央塔で魂を均衡核へ加工する」


「処刑じゃないな」

「はい。部品への加工です」


転移者一人を部品へ変える手順は、最後まで事務記録の形式で書かれていた。


『受領器の肉体停止』

『魂魄の分離』

『均衡核への固定』

『次期受領器召喚準備』


死亡ではなく、肉体停止。

葬送ではなく、固定。

人間を扱っている言葉は一つもなかった。


均衡核の交換記録も残っていた。

交換済みの核には、過去の転移者の識別番号が割り当てられている。

役目を終えた魂が消滅するとは書かれていない。

『継続拘束』『出力低下後も保管』。

死んだ後も、塔の中で災厄を受け続けている。


「中央塔の核を外せば、この人たちも解放できるのか」

「固定回路を安全に停止できれば」

アデルは記録を追い、言葉を選んだ。

「ただ破壊すれば、核に残る災厄も同時に放出されます」


また、壊すだけでは終わらない。


観測所の鏡が、突然白く明滅した。


誰も水晶へ触れていない。

壁の奥で歯車が回り、棚の記録鏡が一斉に俺の方角を向く。


「離れてください!」

アデルが銀槍を構えた。


黒い線が、観測所の床下から伸びた。

一本ではない。遠く離れた複数の塔から、地中の回路を通って俺へ集まってくる。


【強制同期】

【予定積載量:16%】


「ふざけるな……!」


逃げる場所はなかった。

左腕の亀裂が開き、熱と痺れが肩から胸へ流れ込む。膝が床へ落ちた。

アデルが俺の腕へ触れようとする。


「触るな。今回は量が違う」


「一部だけでも分けられるかもしれません」

「方法が分からない状態でやるな。あんたまで倒れたら、記録を運ぶ人間が減る」


鉱山で積載率が一%下がった理由は、まだ説明できない。

説明できない手段を、十六%の強制注入へぶつける気にはなれなかった。


歯を食いしばる。

これまでの《集荷》とは違い、目の前の事故も、救う相手もいない。

天秤塔が一方的に荷物を押し込んでいる。


数十秒後、黒い線が途切れた。


【積載率:60%】


息を吸うだけで胸が痛んだ。

左手だけでなく、右手の指先まで感覚が鈍い。視界の隅が暗く欠けている。


フィンが水を差し出した。

口へ運ぶ途中で右手が震え、半分を床へこぼした。

六十%は、まだ歩ける数字ではある。

記録を抱えて七日走れる身体かは、別だった。


観測所の主鏡に、一人の男が映った。

灰色の法衣。短く整えた白髪。装飾品は、胸元の小さな天秤章だけだった。


『初めまして、久瀬直人』


男は俺の名を正確に呼んだ。


『私は第一天秤塔、大衡司セヴェラン・グラウス。あなたが今読んだ記録の責任者だ』


「ずいぶん簡単に認めるんだな」


『隠す段階は終わった。あなたは九日後、中央塔へ来る。来なければ大均衡の災厄が現在地で破裂し、周囲の都市を巻き込む』


アデルが鏡の前へ立った。

「転移者を意図的に召喚し、災厄を注入した事実も認めるのですか」


『認める。転移者一人を犠牲にすれば、百万人分の水道、治療院、暖房、農地結界を維持できる』


声に誇張も嘲りもなかった。

数字を読み上げるような調子だった。


『塔を止めれば、最初に死ぬのは私ではない。治療台の患者と、冬を越せない貧民だ。制度を否定するなら、彼らを死なせない代替案を中央塔まで運んでみせろ』


鏡が暗転した。


フィンが唾を飲み込み、地図を見た。

「王都までは、普通の街道でも七日だ。今は全部の検問がおっさんを待ってる」


「なら、街道以外をつなぐ」


俺は震える右手で地図を引き寄せた。


逃げるためではない。

九日後に俺を部品へ変える仕組みを止めるため、中央塔まで荷物を届ける。


今度の荷物は、俺の中の災厄だけではなかった。

教会が消せなかった記録そのものだ。


アデルは三つの水晶を布で包み、重さを確かめた。

フィンは父親の地図を背嚢へ戻す。

俺は王都までの距離を区間ごとに分けた。


九日。

休める場所ではなく、助けを求められる場所をつなぐ必要があった。


地図の上には、これまで通った町が並んでいる。

俺を縛った村。落ちかけた橋。追手を救った山道。爆発した鉱山。火に包まれた街。

どこも安全ではない。

だが、俺たちの顔と、教会発表だけでは説明できない事実を知る人間がいる。


一人で最短路を走るより、その場所を結んだ方が中央塔へ届く可能性は高かった。

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