第23話 死者の署名で作られた自白
死んだ人間は、三日後の書類に署名できない。
それでも、自白書の末尾には転移者本人の名があり、その上から教会の認証印が押されていた。
「日付の書き間違いじゃないのか」
俺が尋ねると、アデルは首を横に振った。
「認証印には作成時刻が残ります。紙の記載だけなら誤記もあり得ますが、この印は死亡確認から三日と二時間後に作られています」
フィンが記録簿へ顔を寄せた。
「じゃあ、誰かが死んだ後に作ったってことだろ」
「その可能性が高いです。ただし、これだけでは自白の内容まで偽物とは断定できません」
アデルは感情で結論を急がなかった。
だからこそ、俺たちは夜の観測所で記録を一つずつ並べ直した。
俺は映像の時刻と搬送記録を担当した。
配送票と同じだ。荷物が倉庫を出る前に届け先へ着くことはない。時刻を順に並べれば、どこかで必ず無理が出る。
アデルは認証印と教会内の文書番号を照合する。
フィンは父親の保守記録を広げ、独自の略号を公用の弁番号へ置き換えた。
二時間ほどで、最初の矛盾が出た。
「この映像だ」
俺は二枚の記録票を並べた。
「公式映像では、午後一時四十分に転移者が南広場を焼いている。だが同じ時刻の搬送記録では、本人は北門の拘束室から中央広場へ運ばれている途中だ。南広場までは馬車でも二十分かかる」
「背景も違います」
アデルが鏡を止め、画面の建物を指した。
「南広場に存在しない礼拝堂です。これは中央広場の映像を左右反転し、別の場所として使用している」
フィンが音声水晶を回し、同じ言葉を三度再生した。
『もっと、力が必要だ』
一度目は低い声。
二度目は息の混じった声。
三度目だけ、語尾が不自然に途切れている。
「前と後ろで、雑音が違う」
フィンが水晶を指先で叩いた。
「『もっと』の後ろは雨の音だ。でも『力が必要だ』の後ろでは鐘が鳴ってる。別の日の声を繋げてる」
公式自白は、一人の連続した言葉ではなかった。
音声台帳には、切り出し元の水晶番号が残っていた。
フィンが番号順に棚を探す。
一つはエルメダの男。もう一つは五十年前に処刑された女。最後の語尾は、別の国で保護された少年の記録だった。
三人の言葉をつなげて、一人の告白にしている。
「元の発言は残ってないのか」
「保管番号だけです。原水晶は中央塔へ移送済みとあります」
アデルは台帳の余白を指した。
「編集後の水晶には、告示司教室の検印がある。現場の誤認ではありません」
記録庫の隅には、断界井の壁にあった文字を写し取った石板も保管されていた。
『チカラスギタ』
『ゼンブモヤセ』
『オレガカミダ』
その下に、俺が洞窟で読んだ長い一文がある。
『人を救えば、力が満ちる。もっと力が必要だ。だから、麓の街を焼いた』
俺は石板へ指を這わせた。
短い三文は、文字の深さも癖もそれぞれ違う。濁点の位置、片仮名と平仮名の混じり方も一致しない。
長い一文だけは、線の幅が均一だった。
「この文章は、壁を直接写したものじゃない」
「なぜ分かるんだよ」
「他の文字には刃が滑った傷がある。岩壁へ手で刻んだ跡だ。こっちは全部、同じ深さで真っ直ぐだ。平らな場所で作った原稿を、職人が彫った」
フィンが父親の紙を探り、一枚を引き抜いた。
「この日、断界井へ入った保守工の数が増えてる。『教会提出用の複製板を設置』って書いてある」
断界井で感じた異様な高揚感は、嘘ではない。
災厄を配達した直後、苦痛が抜ける快感に俺自身が呑まれかけた。
だが、その感覚が存在することと、過去の転移者が自分から街を焼いたことは別だ。
俺は、並べた証拠から先へ進みすぎていた。
「俺の推測も外れていた」
「おっさんの?」
「排出の快感に溺れて、あの男が災厄を作るために街を焼いたと思った。だが、映像の順番が逆だ。街が焼ける前に、塔が限界を超える量を送り込んでいる」
アデルは自白書を見下ろしていた。
指先が、紙の端で止まっている。
「私は、これと同じ形式の自白書を何度も読みました」
彼女は静かに口を開いた。
「処刑前の転移者が、自ら力を求めた証拠として。本人の否定は、怪物化による記憶混濁だと教えられていた」
「全部が偽物だったとは、まだ言えない」
俺は答えた。
「怪物になる前から人を傷つけた転移者もいたかもしれない。だが、少なくともこの男の記録は作られてる」
アデルの視線が俺へ向いた。
「知らなかったから仕方ない、とは言わない」
俺は続けた。
「だからといって、今ここで自分を斬っても何も戻らない。次に何をするか決めろ」
長い沈黙の後、アデルは自白書を閉じた。
「原記録を公開します」
声は震えていなかった。
「私が処刑に関わった転移者全員の記録も調べる。そのために、まず中央塔の保管記録へ到達します」
フィンが床一面に父親の地図を広げた。
赤い線が複数の街と断界井を結び、最後は王都の中央塔へ集まっている。
「これ、転移者が逃げた道だと思ってた」
フィンは別の保守票を地図へ重ねた。
「でも同じ日に、途中の塔から災厄を排出した記録がある。全部だ。転移者が町へ着く少し前に排出してる」
俺は地図を見下ろした。
市場、東の村、ルーデン渓谷、カルム鉱山。
俺たちが走らされた道と、ほとんど同じだった。
アデルが教会の追跡日誌を重ねる。
転移者が西へ逃げようとした日だけ、西の街道へ通常の三倍の兵が置かれていた。
北へ向きを変えると、北東の検問だけが不自然に遅れて閉じている。
「逃げ切ったのではありません」
アデルが言った。
「逃がす方向を選ばれていた」
十一人分を確認した。
開いた方角、次に通る断界井、その日に作動した排出弁。
三つの記録は、十一人すべてで同じ順序に並んでいる。
一件なら偶然で済む。
十一件同じなら、運用手順だ。
逃げ道だと思って選んだ経路の先に、毎回災厄が待っていた。
偶然ではない。
フィンが保守票の最下段を指した。
「親父は、この一連の流れを『集荷路』って書いてる」
その文字の横には、途中で消されかけた一文があった。
『これは追跡ではない。配送だ』
父親は真相を完成させる前に死んだ。
それでも、日付と弁番号と経路を残していたから、俺たちは同じ結論へ届いた。
「この紙も原記録と一緒に複写する」
俺が言うと、フィンは一度だけ紙を胸元へ引いた。
やがて皺を伸ばし、記録鏡の前へ置いた。
「原本は俺が持つ。複写なら好きなだけ作れ」




