表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
19/25

第19話 三人分の指名手配

三人分の顔が映った天告鏡を、坑夫たちは黙って見上げていた。

告示が終わっても、誰も俺たちを捕らえようとはしない。


「西の搬出口に、幌馬車を一台置いた」


現場監督が、人目を避けるように声を落とした。


「昨日、東口の荷物を運び出す時に使った古い運搬車だ。馬も脚の丈夫なのを繋いである」

「匿えば、あんたも処罰されるぞ」

「匿ってはいない。壊れた馬車を廃棄しただけだ」


監督は俺を見ず、泥で汚れた帽子のつばを下げた。


「百四人と、選鉱場の四十七人。その勘定には足りんが、受け取ってくれ」


断る理由はなかった。

俺たちは作業小屋の裏を抜け、西の搬出口へ向かった。


幌馬車の荷台には、干し肉、水樽、毛布、坑夫用の灰色の外套が積まれていた。

アデルの白い法衣は目立ちすぎる。彼女は身分章を外した胸元を一度押さえ、その上から灰色の外套を羽織った。


「似合わないな」


フィンが率直に言う。


「あなたも、その帽子は大きすぎます」

「これしかなかったんだよ」


フィンの目元まで落ちた帽子を、アデルが二度折り返す。

その間に、俺は荷台を確認した。


水樽が左へ二つ。工具箱が後部。食料袋は屋根近くへ雑に括られている。山道で右へ曲がれば、荷が寄って車体を傾ける配置だ。


「全部下ろすぞ」

「今からかよ。追手が来るぞ」

「だからだ。逃げる途中で横転したくない」


水樽を左右へ分け、工具箱を車軸の上へ移す。食料と毛布は使う順に入口側へ積み、アデルの銀槍は幌の内側へ水平に固定した。

フィンが呆れたように見ている。


「人の馬車まで荷造りし直すのか」

「逃げ道は、走り出す前に作る」


荷台へ最後の縄を掛ける。

左手はまだ痺れていたが、フィンが反対側を引けば結べた。


アデルが御者台へ乗り、手綱を取った。


「馬車の扱いは」

「教会の巡察で習得しています」

「槍以外も使えるんだな」

「あなたは私を何だと思っているのですか」

「俺を殺す担当」


手綱を持つ指が一瞬止まった。

フィンが吹き出す。


「出します」


アデルは前だけを見て馬を進ませた。



追跡隊が選鉱場へ着く前に、俺たちは西の山道へ入った。

正規の街道を避け、父親の地図に記された保守路を進む。木々に覆われた道は狭かったが、荷を組み直した馬車は急な曲がりでも傾かなかった。


昼過ぎ、前方から馬の鈴が聞こえた。

俺たちは幌を枝の陰へ寄せ、息を潜める。街道を通ったのは、三枚の手配書を荷台へ貼った教会の巡回車だった。


『三十六歳前後の黒髪の男。銀髪の女。十一歳前後の少年』


読み上げる声が、木立の向こうを通り過ぎる。

三人で動く限り、誰か一人を隠しても残り二人で見つかる。アデルの銀髪も、フィンの年齢も、俺の黒い亀裂も目印だ。


「夜だけ動くか」


フィンが小声で尋ねる。


「馬が先に潰れる。昼は保守路、町の近くは夕方。追手より速く走るんじゃなく、追手が見ない道を使う」

「地図は俺が読む」

「前方は私が確認します」


アデルが御者台から答えた。


「なら俺は、馬と荷を持たせる」


役割が三つに分かれた。

一人で逃げていた時より手間は増えたが、見える範囲も増えている。


日が落ちる前、崩れた料金所跡で馬を休ませた。

俺は車輪と軸を点検し、フィンは地図を広げる。アデルは鍋を火へ掛けた。


「次の目的地は、グラナ市です」


彼女が乾燥野菜を刻みながら言った。


「第一王国東部の魔導暖房と水路を管理する中継都市。告示鏡の地方記録局もあります」

「教会の記録を調べるのか」

「マルデルは鉱山の救助映像を消そうとしました。過去の転移者についても、同じことが行われている可能性があります」


包丁がまな板へ一定の間隔で落ちる。


「私の故郷が滅びた時の映像も、グラナの記録局を経由して中央塔へ送られました」


アデルはそれ以上話さなかった。

鍋へ野菜と干し肉を入れ、最後に塩の袋を傾ける。


「待て」


止めるのが一瞬遅かった。

白い塩が、鍋の表面へ小山を作って沈んでいく。


「何をしてる」

「三人分です」

「一袋の半分は三人分じゃない」

「教会の野営食では、この程度でした」

「聖女って舌がないのか?」


フィンが鍋を覗き込み、顔をしかめる。

アデルの視線が冷たくなった。


「食べる前から批判するのは礼儀に反します」

「食べなくてもわかる」


俺は水樽から水を足し、残っていた麦を入れた。

鍋の量は二倍になったが、どうにか食べられる濃さまで薄まった。


三人で火を囲む。

フィンは一口ごとに水を飲み、アデルは無言で自分の椀を空にした。


「不味いなら残して構いません」


椀を見たままアデルが言う。


「食料を捨てる方が嫌だ」

「俺は明日の分までこれなのが嫌だ」

「なら、次はフィンが作りなさい」

「俺は焦がすぞ」


結局、鍋は三人で空にした。


「次から塩は俺が入れる」

「次がある前提なのですね」


アデルが椀を置く。

俺は答えず、残った鍋へ蓋をした。

明日の朝食まで確保できた。結果だけ見れば悪くない。


夜半、見張りを交代するために起きると、アデルが荷台の入口に座っていた。

銀槍を膝へ置き、暗い街道を見ている。


「交代だ」

「まだ時間ではありません」

「俺は眠った。あんたも休め」


横を通ろうとすると、彼女の手が俺の袖を掴んだ。


「亀裂を見せてください」


外套を捲る。

積載率は二十五パーセントのまま。黒い亀裂は肩の手前で止まっているが、腕の感覚は鈍い。

アデルは漏れがないことを確かめ、すぐに手を離した。


「問題ありません」

「なら寝ろ」


彼女は荷台へ入る前に、一度だけ暗い道を振り返った。


「グラナへ着けば、私が信じてきた記録まで嘘だったかもしれないとわかります」

「見てから決めればいい」

「怖くはないのですか。答えが、あなたにとって不都合なものでも」

「不都合な荷物ほど、中身を確認せずに運ぶな。前の職場で嫌というほど覚えた」


アデルは小さく息を吐き、荷台へ入った。


俺が荷下ろし口へ座ると、中から毛布が一枚押し出された。


「夜は冷えます」


それだけ言って、アデルは奥へ戻る。

礼を言う前に、フィンの寝息が聞こえ始めた。


翌日の昼。

グラナ市の城壁が見えたところで、俺の視界へ黒い経路が走った。


【発生地点:グラナ市・南暖房区】

【発生まで:十八分】

【災害種別:魔導暖房主管破裂・連鎖火災】

【想定死者:八十七名】


城壁の向こうから、最初の黒煙が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ