第19話 三人分の指名手配
三人分の顔が映った天告鏡を、坑夫たちは黙って見上げていた。
告示が終わっても、誰も俺たちを捕らえようとはしない。
「西の搬出口に、幌馬車を一台置いた」
現場監督が、人目を避けるように声を落とした。
「昨日、東口の荷物を運び出す時に使った古い運搬車だ。馬も脚の丈夫なのを繋いである」
「匿えば、あんたも処罰されるぞ」
「匿ってはいない。壊れた馬車を廃棄しただけだ」
監督は俺を見ず、泥で汚れた帽子のつばを下げた。
「百四人と、選鉱場の四十七人。その勘定には足りんが、受け取ってくれ」
断る理由はなかった。
俺たちは作業小屋の裏を抜け、西の搬出口へ向かった。
幌馬車の荷台には、干し肉、水樽、毛布、坑夫用の灰色の外套が積まれていた。
アデルの白い法衣は目立ちすぎる。彼女は身分章を外した胸元を一度押さえ、その上から灰色の外套を羽織った。
「似合わないな」
フィンが率直に言う。
「あなたも、その帽子は大きすぎます」
「これしかなかったんだよ」
フィンの目元まで落ちた帽子を、アデルが二度折り返す。
その間に、俺は荷台を確認した。
水樽が左へ二つ。工具箱が後部。食料袋は屋根近くへ雑に括られている。山道で右へ曲がれば、荷が寄って車体を傾ける配置だ。
「全部下ろすぞ」
「今からかよ。追手が来るぞ」
「だからだ。逃げる途中で横転したくない」
水樽を左右へ分け、工具箱を車軸の上へ移す。食料と毛布は使う順に入口側へ積み、アデルの銀槍は幌の内側へ水平に固定した。
フィンが呆れたように見ている。
「人の馬車まで荷造りし直すのか」
「逃げ道は、走り出す前に作る」
荷台へ最後の縄を掛ける。
左手はまだ痺れていたが、フィンが反対側を引けば結べた。
アデルが御者台へ乗り、手綱を取った。
「馬車の扱いは」
「教会の巡察で習得しています」
「槍以外も使えるんだな」
「あなたは私を何だと思っているのですか」
「俺を殺す担当」
手綱を持つ指が一瞬止まった。
フィンが吹き出す。
「出します」
アデルは前だけを見て馬を進ませた。
*
追跡隊が選鉱場へ着く前に、俺たちは西の山道へ入った。
正規の街道を避け、父親の地図に記された保守路を進む。木々に覆われた道は狭かったが、荷を組み直した馬車は急な曲がりでも傾かなかった。
昼過ぎ、前方から馬の鈴が聞こえた。
俺たちは幌を枝の陰へ寄せ、息を潜める。街道を通ったのは、三枚の手配書を荷台へ貼った教会の巡回車だった。
『三十六歳前後の黒髪の男。銀髪の女。十一歳前後の少年』
読み上げる声が、木立の向こうを通り過ぎる。
三人で動く限り、誰か一人を隠しても残り二人で見つかる。アデルの銀髪も、フィンの年齢も、俺の黒い亀裂も目印だ。
「夜だけ動くか」
フィンが小声で尋ねる。
「馬が先に潰れる。昼は保守路、町の近くは夕方。追手より速く走るんじゃなく、追手が見ない道を使う」
「地図は俺が読む」
「前方は私が確認します」
アデルが御者台から答えた。
「なら俺は、馬と荷を持たせる」
役割が三つに分かれた。
一人で逃げていた時より手間は増えたが、見える範囲も増えている。
日が落ちる前、崩れた料金所跡で馬を休ませた。
俺は車輪と軸を点検し、フィンは地図を広げる。アデルは鍋を火へ掛けた。
「次の目的地は、グラナ市です」
彼女が乾燥野菜を刻みながら言った。
「第一王国東部の魔導暖房と水路を管理する中継都市。告示鏡の地方記録局もあります」
「教会の記録を調べるのか」
「マルデルは鉱山の救助映像を消そうとしました。過去の転移者についても、同じことが行われている可能性があります」
包丁がまな板へ一定の間隔で落ちる。
「私の故郷が滅びた時の映像も、グラナの記録局を経由して中央塔へ送られました」
アデルはそれ以上話さなかった。
鍋へ野菜と干し肉を入れ、最後に塩の袋を傾ける。
「待て」
止めるのが一瞬遅かった。
白い塩が、鍋の表面へ小山を作って沈んでいく。
「何をしてる」
「三人分です」
「一袋の半分は三人分じゃない」
「教会の野営食では、この程度でした」
「聖女って舌がないのか?」
フィンが鍋を覗き込み、顔をしかめる。
アデルの視線が冷たくなった。
「食べる前から批判するのは礼儀に反します」
「食べなくてもわかる」
俺は水樽から水を足し、残っていた麦を入れた。
鍋の量は二倍になったが、どうにか食べられる濃さまで薄まった。
三人で火を囲む。
フィンは一口ごとに水を飲み、アデルは無言で自分の椀を空にした。
「不味いなら残して構いません」
椀を見たままアデルが言う。
「食料を捨てる方が嫌だ」
「俺は明日の分までこれなのが嫌だ」
「なら、次はフィンが作りなさい」
「俺は焦がすぞ」
結局、鍋は三人で空にした。
「次から塩は俺が入れる」
「次がある前提なのですね」
アデルが椀を置く。
俺は答えず、残った鍋へ蓋をした。
明日の朝食まで確保できた。結果だけ見れば悪くない。
夜半、見張りを交代するために起きると、アデルが荷台の入口に座っていた。
銀槍を膝へ置き、暗い街道を見ている。
「交代だ」
「まだ時間ではありません」
「俺は眠った。あんたも休め」
横を通ろうとすると、彼女の手が俺の袖を掴んだ。
「亀裂を見せてください」
外套を捲る。
積載率は二十五パーセントのまま。黒い亀裂は肩の手前で止まっているが、腕の感覚は鈍い。
アデルは漏れがないことを確かめ、すぐに手を離した。
「問題ありません」
「なら寝ろ」
彼女は荷台へ入る前に、一度だけ暗い道を振り返った。
「グラナへ着けば、私が信じてきた記録まで嘘だったかもしれないとわかります」
「見てから決めればいい」
「怖くはないのですか。答えが、あなたにとって不都合なものでも」
「不都合な荷物ほど、中身を確認せずに運ぶな。前の職場で嫌というほど覚えた」
アデルは小さく息を吐き、荷台へ入った。
俺が荷下ろし口へ座ると、中から毛布が一枚押し出された。
「夜は冷えます」
それだけ言って、アデルは奥へ戻る。
礼を言う前に、フィンの寝息が聞こえ始めた。
翌日の昼。
グラナ市の城壁が見えたところで、俺の視界へ黒い経路が走った。
【発生地点:グラナ市・南暖房区】
【発生まで:十八分】
【災害種別:魔導暖房主管破裂・連鎖火災】
【想定死者:八十七名】
城壁の向こうから、最初の黒煙が上がった。




