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第17話 聖女への最終命令

排水坑を出ると、白い外套を着た騎士たちが選鉱場を囲んでいた。

 中央に立つ男だけは鎧を着ていない。細身の身体を濃紺の法衣で包み、胸からいくつもの教会印を下げている。


「久しいですね、アデル」


 監察司祭マルデルは、親しい知人へ挨拶するように微笑んだ。

 アデルは銀槍を下ろさない。


「最終命令とは」

「転移者を直ちに処刑し、魂を封印すること。協力者の少年を拘束し、あなたは中央塔へ帰還することです」


 マルデルが羊皮紙を掲げた。

 赤い封蝋には、均衡教会の天秤印が押されている。


「あなたは二度、転移者の正確な因果値を報告しなかった。橋では処刑対象へ指揮権まで渡した。これ以上の保留は認められません」

「彼は民間人を救いました」

「結果は問題ではないのです」


 マルデルの声は穏やかなままだった。


「救助のたびに災厄を蓄え、いずれ破裂する。善良な爆弾も、邪悪な爆弾も、爆発すれば同じでしょう」


 反論しにくい言葉だった。

 俺の腕には二十五パーセントの災厄が残っている。昨夜は意識を失っただけで、近くの坑夫へ漏れかけた。


 マルデルが手を差し出す。


「槍を。あなたの故郷で起きたことを、繰り返したくはないでしょう」


 アデルの指が柄の上で止まった。


 鐘が鳴った。


 斜面上の居住区から、短い音が三回。総員退避の合図。

 ほとんど同時に、下の坑道口から長い音が二回。作業終了の合図だった。


 上からは家族連れが下り、下からは坑夫が上がってくる。

 二つの流れが、選鉱場中央の荷捌き広場で正面からぶつかる。


 俺の視界へ黒い伝票が開いた。


【発生地点:カルム選鉱場・中央荷捌き広場】

【発生まで:九分】

【災害種別:群衆滞留・転倒連鎖】

【想定死者:四十七名】


「避難鐘を止めろ。上下で命令が食い違ってる」


 マルデルの騎士が進路を塞いだ。


「動くな、転移者」

「このままなら、九分後に四十七人が踏まれて死ぬ」


 広場を見る。

 確認するのは四点。


 上の石段には、居住区から下りてきた老人と子ども。

 下の坑道口には、交代を終えた坑夫たち。

 二つをつなぐ中央通路には、教会の検査馬車が横向きに止められ、東の出口を半分塞いでいる。

 石畳へ描かれた白い矢印は、上と下の群衆を同じ狭い通路へ誘導していた。


 矢印の石灰はまだ湿っている。

 検査馬車の後輪には、坂で使う車止めではなく、鍛冶用の鉄楔が内側から打ち込まれていた。簡単には動かせないよう、誰かが止めた跡だ。


「偶然じゃない」


 俺は濡れた矢印を指した。


「退避と作業終了を同時に鳴らし、出口へ馬車を固定した奴がいる」


 マルデルの笑みが薄くなった。


「転移者の妄言です。騎士は命令を続行しなさい」

「四十七名を見殺しにせよ、という文言は最終命令にありますか」


 アデルが石段へ向き直った。


「上段の騎士は、その場で住民を止めなさい。槍を横へ向けず、石突きを地面へ。壁を作るのではなく、列を二つへ分けてください」


 彼女の声で、何人かの騎士が反射的に動いた。


「坑道監督は下の鐘を一回長く、三回短く鳴らせ! 作業員は坑道口で待機だ!」


 俺が叫ぶと、煤だらけの監督が鐘楼へ走った。

 だが、先頭の坑夫にはもう声が届かない。背後から押され、立ち止まることもできず広場へ吐き出されてくる。


「フィン、上の鐘へ行け。退避解除じゃない。『その場で待て』の保守信号を鳴らせ」

「一回、二回、一回だな」

「そうだ。鳴らしたら、上から人数を数えろ」


 フィンが石段脇の梯子へ飛びついた。


 広場の中央で、最初の悲鳴が上がる。

 荷を抱えた男が躓き、その後ろの三人が折り重なった。助けようと足を止めた者へ、さらに後続が押し寄せる。


「荷物を捨てろ! 拾うな! 倒れた奴は立たせず、壁側へ転がせ!」


 坑夫たちが腕をつなぎ、倒れた者の上へ空間を作る。

 アデルは上段の列を止めながら、子どもを石壁沿いへ移した。


 問題は東の出口だ。

 検査馬車さえ退ければ、広場から人を逃がせる。


「馬を外せ! 車体は押すな。鉄楔を先に抜け!」


 坑夫二人が楔へ手を掛ける。

 正面から引いても動かない。


「引くな、横から叩け! 打ち込んだ向きと逆へ戻すんだ!」


 鍛冶役の坑夫が槌を振るう。

 一打、二打。鉄楔が緩み、後輪が動いた。


「右の車輪だけ前へ出せ。車体を通路と平行にする!」


 六人が車体を回す。

 塞がれていた東口へ、人二人分の隙間が開いた。


「東へ流せ! 走るな、二列のまま進め!」


 騎士たちが槍の石突きと縄で細い通路を作る。

 行き先を失っていた人の塊が、少しずつ東へ動き始めた。


 その時、外された馬が悲鳴を上げた。

 足元へ転がった荷箱に驚き、手綱を引きずったまま群衆へ突っ込もうとする。


 黒い経路が、馬の前脚から子どもの列へ伸びる。


「追うな! 左の幕を落とせ!」


 馬丁が露店の幕を支える縄を切った。

 布が視界を覆うと、馬は人の列ではなく空いた石壁側へ向きを変える。別の馬丁が壁際で手綱を踏み、二人がかりで止めた。


 鐘の音が変わった。

 下は待機。上もその場で停止。

 広場へ新しく入ってくる者がいなくなる。


 残った人々を二列に分け、東口から二十人ずつ出す。

 フィンが上から人数を読み、坑道監督が下から返す。


「上段、残り十一!」

「下は全員いる!」


 最後の親子が東口を抜けた。

 黒い経路が一本ずつ消えていく。


【想定死者:零名】


 《集荷》は使っていない。

 俺の腕へ新しい亀裂も増えなかった。


 現場監督が名簿の最後へ印を入れる。


「四十七。全員いる」


 助け出された騎士も坑夫も、石壁へ背を預けて息を整えていた。

 広場には捨てられた荷物と、濡れた白い矢印と、外された鉄楔が残っている。


 マルデルが法衣の埃を払いながら近づいてきた。


「混乱は収まりましたね」


 彼は銀槍を指差した。


「では、最終命令を遂行しなさい。今度こそ、その転移者を殺すのです」


 アデルが俺の正面へ立つ。

 銀槍の穂先が持ち上がり、まっすぐ俺の喉へ向けられた。

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