第14話 爆発まで十五分、坑道に百四人
荷馬車が第三坑道の前へ滑り込んだ。
硫黄に似た臭いが鼻を刺す。坑道から逃げ出した鉱夫が、狭い入口へ一度に押し寄せていた。外へ出る者と、仲間を助けに戻ろうとする者がぶつかり、動線が詰まっている。
【発生まで十四分】
【想定死者:百四名】
「全員、入口から離れなさい!」
アデルが馬車から降り、銀槍の石突きで地面を打った。白い法衣と通る声に、鉱夫たちの動きが一瞬止まる。
「フィン、警報鐘を鳴らせ。三回ずつ、間を空けろ。父親の記録に保守員の避難信号があるなら、それを使え」
「三回、二呼吸、三回だ!」
フィンが櫓へ駆け、鐘の綱へ飛びついた。
俺は入口脇の詰所へ入る。壁には坑道図が貼られ、初老の男が二人の係員へ指示を飛ばしていた。
「現場責任者は」
「私だ。坑夫長のローデン」
「残っている人数と場所を教えろ」
手配犯の顔に気づき、ローデンの目が鋭くなる。だが、すぐに坑道図へ指を置いた。
「第四採掘層に八十一人。中層と昇降路に二十三人。ガスは最深部の裂け目から上がっている。換気扉が落盤で閉じなくなった」
専門家が状況を把握している。それでも、全員を地上へ運ぶ時間が足りない。
黒い経路と坑道図を重ねる。
ガスは第四層から中央昇降路へ上がり、十一分後に中層の魔力巻揚機へ届く。巻揚機の整流石は、回転するたび火花を出していた。
爆発後の経路は、第四層の作業場と昇降路をまとめて焼いている。
「昇降機は怪我人だけに使え。歩ける者を地上へ上げるのは諦める」
ローデンが俺の胸倉を掴んだ。
「八十人を見殺しにしろと言うのか」
「第四層の第七退避所。ここは周囲の岩盤が厚い。耐圧扉もあるな」
「ある。だが、爆風が中央通路から回れば持たん」
「だから経路を変える」
俺は図面の二本の線を指した。
「中層の分流門を閉じ、廃坑道側の排気門を開く。ガスと爆風を、無人の旧坑へ逃がす。巻揚機は今すぐ止めろ」
ローデンが図面を見つめる。
「排気門の操作輪は、管理室に二つある。片方だけでは動かん」
「操作できる人間は」
「換気係が三人いる」
「なら、あんたたちがやれ。俺は順番と時間を伝える」
ローデンの手が胸元から離れた。
「アデル! 第四層へ降りて、残った者を第七退避所へ集めてくれ。トロッコは中へ入れず、扉の外へ横向きに固定する。飛んでくる岩の盾にするんだ」
「承知しました」
アデルは銀槍を携え、二人の鉱夫と坑道へ入った。
「フィン! 鐘を終えたら、出口で人数を数えろ! 同じ名前を二度足すな!」
「子ども扱いすんな!」
返事の代わりに鐘が鳴る。
俺とローデン、換気係三人は中層の管理室へ向かった。
魔力巻揚機の停止輪を回す。唸っていた巨大な歯車が止まり、整流石の火花が消えた。
次は排気門だ。
二人が大きな操作輪へ取りつき、一人が歯止めを外す。俺は坑道を流れる黒い経路を見ながら、開く順番を指示した。
「先に旧坑側を半分開けろ。まだ中央側を閉じるな。先に塞げば、第四層へガスが戻る」
「旧坑、半開!」
「中央を四分の一ずつ閉じろ。急に動かすな!」
二つの操作輪が回る。
空気の流れが変わった。目に見えないガスの経路が、中央昇降路から無人の廃坑へ曲がっていく。
【発生まで五分】
通信管から、アデルの声が届く。
『第四層、七十八名を退避所へ収容。残る三名を確認中です』
地上からはフィンの声。
『中層の二十三人、全員出た!』
三人足りない。
ローデンが坑道図へ顔を寄せる。
「発破倉庫だ。夜勤用の火薬箱を取りに行った奴らがいる」
黒い経路の一本が、旧坑へ向きを変えず、発破倉庫から第七退避所の耐圧扉へ伸びていた。
火薬箱そのものは密閉されている。問題は運搬用トロッコだ。歪んだ車輪が通路の分岐へ噛み、耐圧扉を最後まで閉められなくしている。
「ローデン、ここを任せる。旧坑側を全開にしたら歯止めを戻せ」
俺は第四層へ続く階段を駆け下りた。
残り三分。
途中でアデルと三人の鉱夫に会う。一人は足を負傷し、二人に肩を借りていた。
「全員です」
「扉が閉じていない。トロッコが噛んでる」
退避所前では、横向きにした鉱石トロッコが分岐へはまり、扉の軌道を塞いでいた。車輪が折れ、押しても動かない。
俺は線路脇の短い補修レールを見た。
「アデル、銀槍を車輪の下へ差し込め。鉱夫二人は補修レールを反対側へ。梃子で荷台を浮かせる」
四人で同時に力をかける。
車輪がわずかに浮いた。
「今だ。残りの一人は鎖を引け!」
トロッコが線路から外れ、壁際へ倒れる。
耐圧扉が動いた。
だが、閉じきる寸前で止まる。黒い経路が、扉枠の上へ残っていた。落盤で曲がった留め金が、爆圧を受ければ外れる。
【発生まで三十秒】
直す時間はない。
俺は留め金へ右手を置いた。
「直人」
アデルの声が飛ぶ。
「全員、中へ入れ!」
【集荷】
扉を押し破るはずだった災厄が、腕へ流れ込んだ。
【積載率:32%】
目の前が赤く明滅する。
アデルに肩を掴まれ、退避所へ引き込まれた。鉱夫が内側の閂を落とす。
地の底で、何かが割れた。
爆発音が岩盤を揺らす。
熱風と圧力は、切り替えた排気路から無人の旧坑へ抜けた。耐圧扉が大きくたわむ。集荷した留め金だけは外れず、扉は持ちこたえた。
長い振動の後、音が止んだ。
退避所の中から、咳と泣き声が上がる。
死者はゼロだ。
「直人!」
呼ばれて顔を上げた。
アデルが俺へ手を伸ばしている。その向こうで、鉱夫たちの輪郭が二重に見えた。
意識が一瞬、途切れる。
左腕の亀裂から、黒い靄が細く伸びた。近くの鉱夫へ触れる寸前、俺は右手で腕を押さえ込む。
「離れろ!」
靄は亀裂へ戻った。
理由は分からない。
第八十七号転移者の映像が脳裏へ浮かぶ。
あの男も、最初は誰かを救った直後だったのか。
答えを考える前に、全身の熱が思考を押し流した。
倒れる俺の肩を、銀の籠手が受け止めた。




