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第12話 横流し代官は、自分の荷で潰れる

ルーデン渓谷の麓に広がる避難民の野営地。

その中央で、豊かな毛皮のコートを着た地方代官ベルクが、避難民たちから強引に巻き上げた荷物を大型馬車へ積み込ませていた。

俺の言葉を受け、アデルの冷たい視線がベルクの馬車列へ向く。


「教会の敵が、何を寝言を抜かしている!」

ベルクは手配犯として右腕を縄で縛られている俺を鼻で笑い、忌々しそうに唾を吐き捨てた。

「聖女様。このような呪われた悪魔の言葉に耳を貸す必要はございません。私は領地の治安を守るため、避難民の中に不正な持ち出しがないか、正当な検査をしているだけでしてな」


嘘だ。

三台とも、東橋で車間を詰めていた馬車だ。幌には同じ代官府の紋章があり、御者もベルクの私兵と同じ腕章をつけている。

俺は痛む左腕を庇いながら、アデルの横顔に向かって静かに事実を突きつけた。

「なら、あの馬車の下敷きになっている木箱を開けてみるんだな。避難民の荷物じゃなく、あんたらの教会が支給した救援物資が詰まっているはずだ」


ベルクの顔から、さっと血の気が引いた。

「な、何を馬鹿な……! 私兵ども、その転移者の口を塞げ!」

代官の私兵たちが剣の柄に手をかけ、俺へ向かって踏み出そうとする。

だが、それより早くアデルの銀槍が石畳を硬く叩き、周囲の空気を凍りつかせた。


「……彼に喋らせなさい」

アデルの温度のない声に、私兵たちの足が縫い止められる。

俺はベルクの馬車を指し、状況を三点に分けて指摘した。


「一点目。あの馬車の車輪の沈み込みだ。避難民から没収した衣類や家財道具程度で、あそこまで車体がきしむことはない。金属か、塩か、密度の高い重量物が大量に積まれている証拠だ」

俺の言葉に合わせて、教会の騎士たちが馬車の足元に視線を向ける。木製の車軸が、異常な負荷によって限界までたわんでいた。

「二点目。馬車を覆っている防水布の隙間。そこから見えている木箱の角は、手作りの家具じゃない。統一された規格品の箱だ。そして三点目。この野営地にいる避難民たちの飢えた様子を見ろ。街から出た救援物資が、まともに配給されているようには見えない」


配送の現場でも、横流しをする業者は荷の重さと外装で必ずボロを出す。

「こいつは、国や教会からの救援物資を自分の懐に入れるため、他の街へ運び出そうとした。だが、そのままでは検問で怪しまれるから、避難民の荷物をカモフラージュとして一番上に被せたんだ。強欲なあまり、積載量の限界を無視してな」

俺はベルクを真っ直ぐに見据えた。

「東橋の主鎖は傷んでいた。だが、あんたが異常な重量を積んだ三台をまとめて押し込まなければ、あの時刻に切れることはなかった」


「で、でたらめだ! 聖女様、こいつは処刑を逃れるために適当な嘘を並べているだけです! 早くその首を――」

「騎士よ。幌を剥がし、荷台の底を調べなさい」

アデルは代官のわめき声を完全に無視し、部下へ命じた。


数人の騎士が馬車に取り付き、乱暴に防水布を引き剥がす。

避難民の薄汚れた衣類や布袋がどけられると、その下から、真新しい白木の箱が山のように姿を現した。箱の表面には、均衡教会の天秤の紋章と、領主の焼印がはっきりと刻印されている。

蓋がこじ開けられると、中からは白い小麦粉、高価な岩塩、そして保存の利く干し肉が溢れ出した。


野営地を、重い沈黙が包み込んだ。

腹を空かせた避難民たちが、自分たちに配られるはずだった物資の山を呆然と見つめている。

「これは……その……」

ベルクは後ずさりし、脂汗を流しながら言い訳を探していた。私兵たちは、教会の騎士団から向けられる冷ややかな殺気に耐えきれず、次々と剣から手を離していく。


「民への救援物資を私物化し、異常な過積載で交通の要所を崩落の危機に晒した」

アデルの声が、審判を下すように響き渡った。

「緊急監察権により、代官ベルクの職務を停止し、横流し物資と帳簿を差し押さえます。身柄は領主裁判所へ移送しなさい。爵位と財産の処分は、公開した証拠に基づき王国が裁定します」

「やめろ! 私は代官だぞ! こんな転移者の言うことなど――!」

騎士たちに取り押さえられながら、ベルクは見苦しく喚き散らす。だが、その言葉は誰の耳にも届かず、彼は地面に引きずり倒されて拘束された。


アデルは振り返り、避難民たちへ向けて告げた。

「この物資は、本来あなた方に与えられるべきものです。配給を再開します。正しく受け取りなさい」

歓声が上がった。

騎士が名簿を作り、避難民は列へ並んだ。箱が開くたび、安堵の声が野営地へ広がっていく。

俺は小さく息を吐き、足元の石に腰を下ろした。左腕の痺れは相変わらずだが、とりあえずあの代官の私兵に斬られる心配はなくなった。



夜。

野営地の外れで、焚き火の炎がパチパチと爆ぜる音だけが周囲を包んでいた。

フィンは疲れ果て、俺の背中の毛布にくるまってすでに眠りに落ちている。

俺は炎を見つめながら、今後の経路を頭の中で組み直していた。内部破裂まで、あと五十五時間ほどしかない。


砂を踏む静かな足音がして、炎の向こう側に白の法衣が揺れた。

アデルが、騎士を連れずに一人で近づいてきたのだ。

彼女は俺の前に立つと、無言で腰の短剣を抜き、俺の右腕を縛っていた麻縄をあっさりと切り捨てた。


「……なんのつもりだ」

手首をさすりながら見上げると、アデルは火の粉を反射する冷たい瞳で俺を見下ろしていた。

「あなたの能力による、災厄の移動と蓄積。それについて、事実関係の確認が必要です」

彼女の言葉は、相変わらず感情を排した業務連絡のようだった。

「あなたの災厄が、集荷と配達でどう変化するかをまだ説明できません。もし今ここで殺せば、残った災厄が制御を失い、野営地を巻き込む可能性があります」


それは、昼間に彼女が部下へ語った理由と似ている。違うのは、今度は俺の目を逸らさずに言ったことだ。


「今から十二時間。処刑を保留し、あなたと休戦とします」

アデルは短剣を鞘に収め、はっきりと宣言した。

「私はあなたを監視し、あなたの行動の法則を見極める。その上で、あなたが本当に世界を滅ぼす悪魔であると判断すれば、その時は確実に殺します」

「……いいだろう。お互い、背中を刺されない確証は必要だ」

俺が同意すると、アデルは少しだけ肩の力を抜き、焚き火を挟んだ向かい側の石に腰を下ろした。


奇妙な夜だった。

手配犯と、それを殺すはずの処刑聖女が、同じ焚き火の暖を取っている。

十二時間だけ、彼女は俺の敵ではなくなった。

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