1ー7 雪道ヒョウガ
「……サッカー部、ねぇ」
廊下に貼り出された掲示板を凝視する雪豹の獣人。顎に手を添えながら掲示されている張り紙のひとつ……『サッカー部創部予定!部員募集!』の張り紙に注目していた。
彼の名は雪道ヒョウガ。サッカー部の創部を企てるスバル達一行と同じ、新入生である。
「……陸上とどっちが面白いんだろ。……っし、物は試し!」
ひとりボヤいたヒョウガは、その表情に微かな翳りを見せつつも、すぐにパッと明るい表情を浮かべ、パタパタと走り出した。
目指す先は、旧体育倉庫である。
▲▲▲▽▽▽
「……っとと……やった、10回!」
今日の練習はリフティング。
未経験組こと、コテツ、ワタル、ツバサは慣れないリフティングに四苦八苦していた。
経験組のスバル、ハヤテ、リュウキは軽々とこなしていく。とは言うがリュウキ自身はブランクがある以上、まだまだぎこちないが以前と比べて安定してきている。
「あ!……チッ、厄介だなブランクってのは」
「……仕方ないだろう。……それより、部室もだいぶ整ったな」
旧体育倉庫、もとい現サッカー部(仮)部室の中は、以前と比べ物にならないほど様変わりしていた。
汚かった部分はスバル達の頑張により丸々綺麗に。
そして、リュウキの母の計らいで部室内には新品のロッカーやボール、休憩用のベンチからドリンクを入れるための冷蔵庫や書類を保管するための棚……とにかく、必要以上の備品がすっかり完備されている。
床もコンクリートのものではなくいつの間にか綺麗なタイルに貼り直されていた。どうやらリュウキの母が手を回したらしい。
「ほんと、紅先輩のお母さんには、頭上がんないですよ」
「……そうかよ。……んで、相変わらずバケモンみてぇなボールコントロールだな、お前は」
リュウキが言及するも、スバルはキョトンと首を傾げる。実際、スバルのリフティングは最早芸術の域だった。
ただ足の甲を使うのではなく、膝、腿、踵……挙句の果てには頭や背中でもボールを操ってみせる。オマケに足先のボール制御が異常の一言だ。回転のかけ方、力加減。その全てが完璧の一言である。
「そーなんすよ。スバルの奴、昔っからボールの扱いちょー上手いんっすよ!」
そう告げながらリフティングの姿勢に移ろうとしていたスバルの肩をハヤテが思いっきり組む。突然体勢が変わった弊害でスバルのリフティングが途切れ、ボールが地面を跳ねて転がっていく。
「なんでテメェが自慢げなんだよ。駄犬」
「ひっでぇ!!」
いつものハヤテの扱い。そのやり取りにサッカー部(仮)達から笑いが溢れる。
リュウキに抗議するハヤテを他所に、スバルは転がったボールを取りに歩く。
『────お前とやってると、サッカーつまんなくなんだよ』
ボールを手に取ろうとしたスバルの手が止まる。いつの日かの、苦い────
「(……大丈夫。オレはやれてる。同じ踵は、踏んでない。まだ……)」
スバルの顔から脂汗が流れる。深く息を吸い、そして吐いた。一息ついてようやくボールを拾い上げた時、目の前に誰かがやって来た。
黒い斑模様がある、白い体毛の豹の獣人。雪豹だ。
「あ、やっと見付けた!なあ、アンタ噂のサッカー部だろ!?」
「えっ、う……うん……」
にぱっと明るい笑みと共に一気に距離を詰めてくる。その距離感に驚き、スバルの耳が後ろに伏せて一歩下がる。
同時に、スバルの方から聞き覚えのない声が聞こえてきてサッカー部(仮)員達が一斉にスバルの方を見ては、傍らにいる雪豹の姿を目撃し、訝しむ表情と共に首を傾げた。
「オレ、雪道ヒョウガ!一年!」
「一年……オレとハヤテ、コテツと同じ……」
「そ!中学まで陸上やっててさ、サッカーはちっちゃい頃に少しやってたくらいかな。なあ、お前んとこのサッカー部、見学してもいいか?」
見学。その言葉にスバルは耳を疑う。入部ではなく、見学。つまりまだ、入部するか決めかねているのだろう。
「あ、ああ。いいけど……」
「マジ!?やりぃ!」
画して、嵐の如くやって来た見学者、ヒョウガを迎えながらサッカー部(仮)の練習が再開する。
▲▲▲▽▽▽
「……天之河。……大分上達したと思うが、どうだ」
「ええ、前と比べてリフティングも安定してますよ、大空先輩!」
「ッ、雪原。どう蹴ればボールが真っ直ぐ飛ぶ」
「えっとですね、こう足の内側の側面で蹴れば……」
スバルはツバサと共にリフティングに。ハヤテはワタルとコテツに着いてそれぞれの練習を見ており、リュウキは変わらずボールを蹴る感覚を取り戻すためのリフティング。
その光景を、ヒョウガは部室(仮)の入口の階段に座り込んで観察していた。
「……なあ、天之河。試合とかしないわけ?」
「まだ人数が六人だけだからな。あと四人揃えば、ミニサッカーの最低人数が揃うけど……半分が未経験な訳だし、まずボールに慣れてもらってる」
「ふーん……」
ヒョウガはコテツ、ワタル、ツバサの三名を見る。
たしかにボールの扱いはまだ乏しい。だが、光るものがあるのは素人であるヒョウガでもなんとなく分かる。
「……ねえ。オレもやってみていい?」
その言葉に、サッカー部(仮)員達は一斉に動きを止めた。まさかその台詞が口から出てくるとは思ってなかったが故の反応だった。
そして────
「ほんとか!?何やる!?リフティング?それとも……」
「うおお、近い近い!?」
ボールを手に瞬く間に距離を詰めたスバルが、万遍の笑みと共に尾を横に振り問い掛ける。当然ながらヒョウガも引く訳で。いつもの調子のスバルにサッカー部(仮)員達は苦笑し、スカウトされたリュウキも、久し振りにあんな調子のスバルを見て懐かしんでいた。
「じゃ、じゃあマンツーマンでボールの取り合い的なの。天之河、お前とやりたい」
スバル以外の全員がギョッとした。スバルと。並外れたボール制御能力を持つスバルと。
「オレと?」
「そ。オレがボール持ってっからさ。獲ってみなよ」
ニカッと笑いながらスバルの足元からボールを掻っ攫い、数メートル先で立ち尽くす。片足でボールを抑えつつ、スバルと対面する。
「いいぜ、乗った!」
そう言ってスバルも姿勢を低くする。いつでも飛び込める姿勢だ。
その光景にワタルは呆れた様に息をつくと、スバルとヒョウガの間につく。
「俺が合図を出す。いいな」
「うっす!」
「いつでも!」
ヒョウガ、スバルの順に返答すると、ワタルが右腕を掲げ……
「……始め」
……ゆるりと振り下ろした────その瞬間、ヒョウガが加速した。
「なっ……」
「……速い」
ドリブル……ボールを抱えている上、陸上の走法とは異なるため、本来の速度は出せていない。何よりボールを蹴ること自体がヒョウガにとって久し振り。
……にも関わらず、このスピード。
「はは、速いなヒョウガ!」
であるというのに。スバルはその約1m以内で、ヒョウガの後を追う形で走っていた。スバルも大概である。
「……アイツやっぱ足速ぇな」
「そういえば紅先輩、スバルに追い回されてましたもんねぇ」
「うるせぇ」
そんなやり取りをしつつも、ヒョウガとスバルの追い掛けっこは続く。とはいえ単純な走力はヒョウガが一枚上手だが、ボールさえ獲れればスバルの勝ちなのだ。
故に────
「うおっ!?」
ヒョウガの曲がる先を読んで直線で駆け抜け、最短距離で距離を詰め、左足を伸ばす。
そう。ボールさえ奪えればスバルの勝ち。故にスバルはボールを狙い続ける。
「(コイツ、オレの動きを読み始めてやがる……!?)」
ヒョウガの一挙手一投足、微かな反応や動作全てに反応し、既に先回りをしている。
何よりヒョウガ自身、サッカーに関しては多少やっていたのは事実だろうが、ブランクがリュウキよりも長い。故に今となっては素人に等しい。
現在進行形でボールを蹴るサッカープレイヤーであるスバル相手に敵う筈もない。
「(クソッ、せめてもっかい加速できりゃ……!)」
そう考えながら一瞬進行方向に視線を向け、次にスバルの方を見る。
────いない。
「…………は?」
足が動く。……動いた足が空振った。視線を落とすと、先程まで足元にあった筈のボールがない。
ヒョウガの横をスバルが通り抜ける。その足には、先程までヒョウガが持っていた筈のサッカーボールがある。
「……っし、オレの勝ち!」
ニカッと笑うスバルに対して、ヒョウガは呆然としていた。
何があった?何をされた?いつ、どの瞬間にボールが獲られた?
分からない。だが、だが。
「……すげぇ。お前、ホントすげぇよ!なあ、今何した!?何したんだ!?」
「何って……一瞬目線が逸れただろ?そこを狙っただけだよ」
「マジかよ!あの一瞬で!?なんだよその反応と気付かせねぇ足捌き!」
盛大に笑いながらヒョウガはグラウンドに座り込む。肩で息をしてはいるものの、その表情は晴れやかだ。
「……あー、やべぇ。楽しいわサッカー。……ずっと迷ってたんだよ。陸上続けるか、サッカーやるか」
ヒョウガの脳裏に蘇るは、中学の記憶。
陸上で好記録を残し続けたヒョウガを妬み、罵倒した同期の部員達。それがある意味トラウマとなったヒョウガは陸上から離れる決断をした。
同じ部員がいないここ、獣崎高校でまた陸上を続けるか迷っていた矢先に見付けた、サッカー部の部員募集の張り紙と、夕方に見掛けたスバルのリフティング。
そして、今日の対決で既に意を決した。
「オレ、サッカーやるわ。そんで、お前と上に行って、お前の相棒ポジ狙うわ」
その宣言が口に出た時、サッカー部(仮)達の表情は驚きと歓喜が入り交じったものとなっていたが……ひとり、ハヤテだけはブチ切れていた。
「てめぇぇぇ!!スバルの相棒はオレだぁぁぁ!!」
「お、そうなん?じゃあその立場掻っ攫うわ」
「あぁん!?じょーとーだコノヤロー!」
スバルの相棒ポジション。それが危うくなった事に気付いて怒鳴るハヤテに対して、正々堂々、正面からそのポジションを貰うと煽るヒョウガ。
その光景がおかしくて、つい笑みをこぼしたスバルとリュウキ達。
笑われた事に、ヒョウガとハヤテは罵り合いを中断する。それでも関係ないと言わんばかりにヒョウガは改めてスバルに向き直り、柔らかな笑みを浮かべた。
「オレは本気だぜ、スバル。オレはさ、お前のプレイに惚れたんだぜ。……これからよろしくなっ!」
画して。雪道ヒョウガという雪豹の少年が、新たにサッカー部に加わったのだった。
────Episode.7 『雪道ヒョウガ』。




