1ー8 顧問を探そう
私立獣崎高等学校、サッカー部(仮)達は神妙な面持ちで部室に集まっていた。
先日、陸上経験者である雪豹の獣人、雪道ヒョウガを迎えたサッカー部(仮)のメンバーは現在七人。試合をする上では最低でもあと四人は要る。
しかしそれ以上に必要なのは……
「顧問だな」
ワタルの一言でサッカー部(仮)の面々が項垂れる。
そう、今彼らに足りないのは、顧問の教師である。
ここで獣崎高校において、部を創設する上で必要な条件をおさらいしよう。
一。部員は最低でも五人まで集めること。これは既に通過済み。
二。正式な許可の元、部室となる場所を用意すること。これも既に通過している。
そして三。上記二つの条件を満たした上で、顧問の教師を得ること。
以上三つ。
スバル達は既に上記の内、部員の人数と許可を得た上での施設の二つをクリアしている。しかし肝心の顧問の教師がおらず、現在スバル達はサッカー部を名乗る帰宅部と化しているのである。
「顧問……たしかに、オレ達まだ部活の形すら成立してませんからね」
「そうだ。部員集めも要るが、急務なのは顧問だ。理想はサッカー経験者だが……」
「……居るのだろうか」
勿論理想論でしかない。第一、ここ獣崎高校にはこれまでサッカー部が興された事は一度たりともない。故にサッカー経験のある教師がいる保証は、どこにもないのだ。
「結局は探る他ない。最悪未経験でも顧問となってくれればいい。まずは情報収集だ」
「分かりました。おれもできるだけ探ってみます」
「りょーかいっす黒鉄先輩!オレそういうの得意なんすよ!行こーぜコテツ!」
そう言って新入り、ヒョウガと比較的古株寄りのコテツは揃って部室(仮)を出て行った。行動が早い。
「……俺もウチの情報網使って探ってみるわ」
「紅先輩が言うと、なんか説得力が違いますね」
しれっと口にしたリュウキに対して、スバルが苦笑しながらその言葉の説得力の差を言及する。お坊ちゃんであるリュウキだからこそ平然と口に出来る事柄である事に違いない。
残ったメンバーはそのまま練習に移る。ワタルは体力作りに戦術の勉強、そしてボールへの慣れをひたすら繰り返し、ツバサはそろそろキーパーとしての動きを頭に入れるため、ハヤテが蹴ったボールを受け止める、セーブの練習を。
そしてスバルとリュウキの二人は、一対一のボールの取り合い。
ボールの保持役を担うのはリュウキ。
FWに必要なのは繋げられたボールを奪われず、ゴールを決めること。必然として、一定からそれ以上のボールキープ能力は求められる。
スバルが駆ける。いつもの通り恐ろしく速い。リュウキは素早くボールごと左に移動するがスバルも並外れた速度で反応し、即座にリュウキに追従。リュウキも負けじとボールを操りスバルの足を避ける。
「相っ変わらずクソ速ぇな、お前!」
「それほどでも!」
軽口を叩き合いながらも攻防は続く。
スバルの足捌きは相変わらず異常の一言。リュウキもボールを奪われないよう立ち回るので手一杯。
それでも負けっぱなしはリュウキの性に合わない。だからこそ、スバルの一挙手一投足に目を凝らし、確実に避けられる動作やルートを見極めていく。
「うへぇ……あの二人やべー……」
「……余所見をするな、ハヤテ。……もう一本。来い」
「っす!」
その様子を見ていたハヤテが、白熱する二人へ呆れた視線と共に耳を伏せるが、ツバサが咎めるとハヤテもすぐにボールを蹴り始めた。
その頃、ワタルはドリブルの練習に明け暮れていたが……
「はあっ、はあっ……」
既に息が上がり始めていた。元は将棋部……つまり文化部だ。体力の総量は、この中でもドベもいい所である。
体力の向上と管理に加え、単純なボールコントロールの上達も兼ねる。同時に、ワタルは将来的に獣崎サッカー部のMFの要となるのは間違いないため、それらの練習に加えて戦術を頭で組まねばならない。誰よりも身体と頭を動かす事に変わりはない。
体力の限界が近付いたワタルは、遂に膝から崩れ落ちる。息も絶え絶え。それでもワタルの目に諦めの感情は欠片も無い。
「(俺、自身が決めた……道だ……今更、引き返す訳には、いかん……!)」
呼吸が落ち着いてきた事を確認し、ワタルは再び立ち上がる。震える足を叩き、もう一度ドリブルを開始する。
その目は真剣そのものであり、誰よりも皆に追い付きたいという思い一つで前を見据えていた。
▽▽▽▲▲▲
同時刻。顧問探しの為、ヒョウガとコテツは学校内のあちこちを走り回っていた。
ある時は別の運動部の先輩や同級生を訪ねてみたり。
またある時は用務員の方に声を掛けて聞いてみたり。
その内容は、決まって「サッカーやった事ある先生知りませんか!?」というものであった。
「だー!くそ、誰も居ないのかよ!」
しかし。その収穫は一切無かった。無理もない。
「仕方無いよ。だって獣崎、今までサッカー部ができたこと無いんだし」
「だとしてもよ、体育教師くらいサッカーやったことある人いる筈だろ……」
屋上の柵に背を預けて項垂れるヒョウガと、向かい合う形でヒョウガを見下ろすコテツ。かれこれ一時間は聞き回っているが、サッカー経験者の教師の話は何一つ得られていない事実に、ヒョウガの表情から微かに焦りが浮かぶ。
「こういうの得意!……って言った手前、投げ出す訳にいかねぇからな……」
「んー……いっその事、他の部活で顧問をしてる先生に兼任してもらうとか」
「あ、そっか。その手もあるのか」
コテツの指摘にヒョウガもどこか納得の意を示す。
ただし、この方法も難しい。兼任してくれるかは先生方次第。なにより仕事が増えるのは間違いない。故に兼任する教師は少ないのがネックだ。
「最悪声掛けまくろう!そうと決まれば行こーぜ!」
「そうだね!」
そうして二人は再び顧問になりうる教師探しに学校中を駆け回り始めた。
主に声を掛けたのは、当然運動部。野球部。テニス部。陸上部…………片っ端から声を掛けてみても、やはり首を縦に振ってくれる教師は誰も居なかった。
「……やっぱ簡単にはいかないかあ」
「あと声掛けてないのは……バスケ部とバレー部だね」
コテツの指摘と共に二人は体育館に。そこには、体育館の半分をバスケ部が。もう半分をバレー部が利用している様子だった。大きなネットで区切り、互いのボールが流れないようにしている。
丁度入口側の区切りがバスケ部の活動範囲である様で、バスケ部員達はボールを手にドリブルを繰り出し、ボールを盗り盗られながら練習していた。
「うへぇ、すげー……さすが文武両道の獣崎。レベル高ぇ……」
「たしか獣崎の運動部で、バスケ部が特に強いって聞いた事ある。去年の大会で、全国三位まで登った事があるらしいよ」
「全国三位!?余っ程強ぇ部員が揃ってんだろうな……ん?」
二人は練習の邪魔にならないよう、壁際を歩いていた中、ヒョウガがある事に気付く。
それは、バスケ部の顧問と思しき教師が二人居るのだ。
片方は体格に恵まれた、巨大な熊の獣人。ジャージ越しでも分かるほど、やや出っ張った腹が目立つものの、その体躯は非常に筋肉質。手にはバインダーを持っており、何かを記録しているようだ。
ただ、熊の教師の目付きはひと睨みで人を殺せそうな程厳つい。
もう片方は細身の鹿獣人。こちらは優しそうな表情だ。手に持っているのはホイッスル。おそらく審判役をしているのだろう。
「鹿のセンセー、優しそうだけど……」
「問題が熊の先生、だよね……声掛けたら怒鳴られそう……」
如何せん、片方の威圧感が凄まじすぎて、さすがのヒョウガすらも萎縮してしまっている。どうすべきか。先にバレー部の顧問に声を掛けるか悩んでいた。
「よっす後輩くん。こんなとこで突っ立って、どうしたんだ?もしかしてバスケの見学?それともバレーの見学かー?」
「「!?」」
そんな中、背後から声が。
驚いたヒョウガとコテツは振り返ると、白い体毛の狐の獣人がそこに居た。背はヒョウガとコテツより低いが、「後輩くん」という言葉から、先輩である事が伺える。
「あ、あなたは……?」
「オレ?真白ハルト。そこのバレー部でリベロやってんの」
「リベロ……?」
二人が疑問符と共に首を傾げた中、ハルトと名乗った白狐は楽しそうに説明する。
バレーにおけるリベロとは、サーブ・ブロック・スパイクが禁止されており、その代わりレシーブによる守備を専門とする。機動力とレシーブの技量が求められ、背丈があるほど有利なバレーにおいて数少ない低身長でも活躍しやすいポジションでもある。
「なるほど……サッカーにおけるDFに近いんですね」
「あー、スバルから聞いた気がする。守備が主なポジだっけ」
「サッカー?二人はサッカーやってたの?なんで獣崎に?」
ハルトの問いは最もである。獣崎にサッカー部は無い。サッカーがやりたいのなら、他の学校に進学するのが道理である。であるというのに、サッカーの話題が口に出てきた事に疑問を覚えたのだ。
「いえ。おれはテニスやってました。サッカーは高校に入ってからちゃんと始めるんです」
「オレもオレも!中学まで陸上やってたンすけど、スバルがサッカー部創るのに賛同したんっす!」
「……スバル?」
ハルトが目を細めた。聞き覚えがない。つまり同じ新入生という事だ。新入生がサッカー部を立ち上げようとしている。……その事実が、ハルトの興味を強く引いた。
「部室と部員……新しく部を立ち上げる上で必要な条件は揃ってるんですけど、肝心の顧問の先生が居なくて……」
「そんで、顧問やってくれそうな先生探してるんっす。真白先輩、心当たりあります?」
「……んー。……あ。クマクマとかどう?」
「「…………クマクマ?」」
ヒョウガとコテツは顔を見合せた。クマクマ。一体誰だ。そんな教師いたか、と二人の間で疑問符が飛び交う。
「……あ、ごめんごめん!いきなりクマクマ言われても分かんないか!クマクマはあそこの先生」
ハルトが指さした先へとヒョウガ達は視線を向ける。指さされた先には、バスケ部の顧問教師である……あの厳つい熊獣人がいた。ヒョウガ達は目を丸くした。
「「…………え」」
「クマクマー!新入生くん達が用あるってー!」
「「ちょっ……!?」」
呼ばれた事に気付いた熊獣人の教師は、ハルトの様子に呆れながらも、バインダーを小脇に抱えてはのそのそと近寄ってくる。ヒョウガとコテツはその威圧感に気圧され、気付けばハルトの後ろに身を潜めていた。
「……何の用だ真白」
「あ、オレじゃなくて後ろの二人っす」
「……新入生の雪道と古鐘か。それで、俺に用とは」
低く、僅かながら圧の伴う声。ヒョウガ達が入部希望でない事は把握している。であるというのに用がある。熊の教師からの問いはある意味必然だった。
「……あ、あの」
コテツが口を開いた。沈黙は却って逆効果だ。自分から声を掛けねば、何も進まない。
「その、えっと……」
しかし、コテツは言葉を詰まらせる。単に言えば……この熊獣人の名前が分からない。
「……熊谷ツヨシ。それが俺の名前だ」
どうやらコテツの様子で名を知らない事に気付いたらしい。よく見ている。名前を知った事で、コテツは改めて深呼吸して、自分の伝えたい事を伝えるために口を開く。
「……あの、熊谷先生。おれ達、天之河スバルくんを筆頭にサッカー部を立ち上げようとしてるんです」
「…………サッカー」
その単語を聞いたツヨシの眉が微かに上がり、そして戻る。その僅かな変化を、ハルトだけは見逃さなかった。コテツ達は緊張のあまり気付いていなかったが。
「それで、その……熊谷先生が良ければですが、サッカー部の顧問を兼任してくれませんか?」
「…………」
ツヨシは黙る。何かを悩むような。決めように決められない、そんな雰囲気を醸し出して。
そんなツヨシの様子を見てられないと言わんばかりに、今度はハルトが動き出す。
「クマクマぁ。もしかしてー……サッカーに興味あるんじゃないのぉ?」
その言葉にヒョウガ達はギョッとする中、ツヨシは目を伏せる。沈黙を貫くその姿勢を、ハルトは肯定と捉えた。実際、それは正しいのだろう。
「ほらほらぁ。可愛い生徒の、しかも新入生が勇気を振り絞って頼んできたんだよ?ちゃんと答えてあげなきゃ駄目じゃない?」
煽る煽る。コテツはすっかり青ざめ、ヒョウガに至ってはコテツの後ろに身を潜めてガクガク震えていた。怒られる。終わったと。明確な恐怖心に駆られていた。
対してツヨシは、ハルトの様子に呆れつつもコテツ達の方に向き直った。
「何人だ」
「…………へ」
「今、何人いる」
その問いの意味を上手く汲み取るのに、コテツとヒョウガは数秒を要した。
その数秒を使ってツヨシの問いの意味をようやく飲み込んだ。彼は今、サッカー部に集まっている人数が何人かを聞いている。
「お、おれとヒョウガくん含めて七人です……!」
「……七か。経験者は」
「えと……スバルくんとハヤテくん、あとリュウキ先輩……ヒョウガくんが小さい時にちょっと……だっけ」
「え、あのリューちゃんも居んの!?」
リューちゃん、というのはリュウキの事だろう。少し前まで獣崎高校一の不良とまで呼ばれた男を軽い調子で渾名で呼ぶ。コテツ達からすれば、信じられない一言だった。
対してツヨシはふむ、と独白した後に顎に手を添えると、少しの思考と共に改めてコテツ達を見る。
「……経験者は実質三人か。まあいい。……十一人。十一人揃えてから改めて来い。その時のお前達を見てから判断させてもらう」
その言葉がツヨシの口から出てきた時、ヒョウガは叫びそうになるのをグッと堪えた。調子に乗ると駄目だとなんとなく察したからである。
「ッ……!熊谷先生、ありがとうございます!」
「礼はいい。まずは集めてからだ」
そう言ってはツヨシはバスケ部員達の元に戻っていく。
残された三人の内二人……コテツとヒョウガは見るからに脱力し、内の一人のハルトはケラケラ笑いながらコテツの肩をバシバシ叩いた。
「はは、良かったじゃん後輩くん達!」
「は、はは……生きた心地しませんでした……」
「いやぁ、あのクマクマに約束取り付けるなんてスゲェよ!同級生に自慢していい?」
「す、好きにして下さいっす……コテツ、スバル達んとこ戻ろーぜ……」
「そうだね……では真白先輩、また」
よろよろと体育館を後にするコテツ達を、ハルトはまたなー、と軽い口調で見送る。
体育館を出て行った二人が見えなくなり、ハルトもバレー部として練習に戻りながら、あの二人の事を……正確には、彼等をサッカー部に引き入れた人物、天之河スバルについての興味を抱いていた。
「……サッカー部、ね」
その呟きは小さく、誰かの耳に入る事はなかった。
だが、ハルトの内に渦巻く好奇心は、ハルト自身でも止められそうになかった。




