1ー6 初練習!
「ひぃ、ひぃ……雑巾がけ、終わりぃ……」
旧体育倉庫。中の掃き掃除、及び雑巾がけを済ませたサッカー部(仮)の面々は外で座り込んで休憩していた。特に体力があるハヤテだが、普段使わない部位を酷使した反動で、すっかり脱力している。
「今日はこの辺にしとくか。これ以上は明日に響く」
「……です、ね。……それはそうと、外に出したもう使わないこれら、どうします?」
スバルが先程外に出した使う事は二度とないであろう、古びたマットや跳び箱、三角コーンなどをどうするか言及すると、全員が唸る。
この手の備品は処分に困る。ワタルですら頭を悩ませていた中────
「ん?なんか聞こえね?」
「ほんとだ。なんか、大っきい車が入ってくるような……え、あれ……」
コテツが指差した先……学校の入口から、妙にデカいトラックが入ってきた。しかも……こっちに向かってきている。驚いたスバル達は退避しようとするが、ツバサがそれを制した。まるで、心配は不要だと言うような眼差しで、全員足を止める。
案の定、トラックはスバル達の前で側面を向けて停車する。そして助手席から降りてきた赤い影。
「よう。遅れた」
紅リュウキ、その人だ。突然現れた人物に、スバル含めた面々はあからさまに驚き、対してツバサは分かっていたとでも言うように平然としていた。
「紅先輩!?今日用事があって来れないんじゃ……」
「終わったから来たんだろうが。んで、使わねぇもんコイツに積め。どうせマットとか跳び箱とか、処分に困ってんだろ」
図星である。
どうするべきか迷っていた矢先に、まさかの助け舟。ハヤテは号泣しながらリュウキに抱きつこうとするが、ひらりと躱されて地面を転がった。
「……リュウキ。……どうだったんだ」
ツバサが両手を腰に添えながら、静かに……だが友を案じるような柔らかな声色で問い掛ける。
それに対してリュウキは少し目を見開いた後、視線を逸らしながら目を細めた。それが、リュウキがツバサに対して出した答え。多くを語らずとも理解し合える、文字通り親友のそれだった。
スバルやハヤテ、コテツやツバサに加えてトラックの運転手のサイの獣人が備品をトラックに積み込む中、リュウキは備品が全て運び込まれ、掃除された体育倉庫の中を覗いた。
「……ほーん、この短時間でよく片付いたな」
「まだ全てでは無い。何より、必要なものが多いのも事実だ。ロッカー、サッカーボール。ホワイトボードはまだ使えるから残すが……課題は山積みだ」
「あー……ロッカーとかは気にすんな。ウチが出すから」
その呟きに、隣で腕を組んでいたワタルも、積み込み作業をしていたスバル達も動きを止めた。
「かあさ…………じゃねぇ、お袋がサッカー部、援助してくれんだと。だからユニフォームもスパイクも……とにかく必要なもん、全部用意してくれる。ほんと、頭上がんねぇ」
「マ、マジっすかぁ!!?紅先輩のお母さん様々ぁ!!」
「うるっせぇぞ駄犬!黙って手ェ動かせ!!」
ハヤテのひっでぇ!という悲鳴はさておき、スバルはただ静かに、リュウキの方を見た。リュウキの家族の問題だ。自分が首を突っ込む事案じゃない事は分かっている。それでも、気にせずには居られなかった。
スバルの視線に気付いたリュウキは、目を細めながらスバルに微笑み返した。その目には、口にせずとも伝わるほどの、気にするな、と言いたげな優しさが籠っていて……それに気付いたスバルもまた、それを静かに受け取った。
▽▽▽▲▲▲
「これで全てだな。助かったぞ、紅」
トラックが走り去るのをスバル達は見届け、今度こそ今日の掃除は終わった。気が付けば日は既に殆ど沈み、空は藍色に染まり始めている。
「今日は解散っすね。これ以上はさすがにアレですし」
「同感だ。天之河の言うように、これ以上は身体にも毒だ。各自休んで明日に備えろ」
スバルとワタルの言葉に全員頷いた後、各々荷物をまとめて帰路につく。皆が思うのが、まあ長く濃い一日だったな。という感情は共通している。
「いやあ、つっかれたぁ……」
「お疲れハヤテ」
「どーしよ。普段使わん筋肉使いすぎたわ。明日筋肉痛なってるかも」
サッカー部(仮)の中で、随一のスタミナを誇るハヤテですら悲鳴を上げている。そんな幼馴染の様子を前に、スバルは苦笑する。
二人の帰り道は同じ方向だ。文字通り、全く。
「ただいまー」
「あっ!スバル兄、ハヤテ兄おかえり!!」
「おー、ただいまヒカルぅ」
そう。ハヤテは今、スバルの自宅で同棲している。理由は単純、ハヤテの両親が仕事で忙しく、深夜まで家を空けるのもザラではなく、スバルの両親である母のスミレと父のコハクからの提案で学生生活の間、スバル宅で暮らす事になっている。
その話はハヤテの両親も了承してくれているため、何ら問題はない。
「おかえりスバル、ハヤテくん。先にお風呂でも入ってらっしゃい」
「はいはーい」
「行こーぜ、スバル」
スミレから促されて二人は着替えと共に風呂場に足を運んだ。今日一日かいた汗を流すために。
数刻前。掃除終了後にサッカー部(仮)が解散した直後。
リュウキとツバサは二人並んで帰路についていた。途中まで方向が同じというのもあるが、親友同士、話もしたい節もある。
「……よかったな、リュウキ」
「おう。……スバルにゃ、ほんとに感謝しないとな。アイツが居なきゃ、今頃俺は……」
リュウキの呟きの先は出てくる事はなく、虚空に溶けて消えていく。父親の方針が気に食わず不良になり、自分から喧嘩を売る事は一度も無かったが、売られた喧嘩は片っ端から買ってきた。
スバルと出会い、彼が自分の足の価値を見出さなければ、今も喧嘩していたかもしれない。親とのよりを戻す事も、夢のまた夢であった可能性だってある。
「……そうだな。……明日は掃除の仕上げに加え、軽く練習をすると、天之河が言っていた。……お前も来るか」
「当たり前だろ。俺だってサッカー部の一員なんだしよ」
「……そうか。……俺はこっちだ。……また明日」
「おう」
分かれ道で別れた二人は、それぞれの帰路を歩く。明日もまた大忙しなのは、間違いない。
▲▲▲▽▽▽
翌日。今日も忙しくも騒がしい日々がやってくる。今日の授業が終わり、サッカー部(仮)員達は、部室に用いる旧体育倉庫に足を運んだ。
「ロッカーとか、部室に必要な備品は明日来る。ユニフォームやスパイクはデザイン決まってねぇから一旦後回しだが……まあ、ロッカーとかがあるだけでも十分か」
「ですね!ほんとありがとうございます!……黒鉄先輩は何を読んで……」
「サッカーにおける戦術論だ。分かっているだろうが、俺はサッカー初心者。基礎的な戦術の知識くらいは頭に入れねばならん」
司令塔に任されたワタルだが、指示をするにしてもまずは知識が要る。故に少ない小遣いをはたいては戦術論の本を購入したようだ。
「うへぇ、ムズそう……」
「オメェみてぇな馬鹿にゃムズいだろうよ」
「皆してひっでぇ!!」
そんなやり取りをしながらも面々は旧体育倉庫、もといサッカー部部室(仮)に到着する。
やり残した掃除といえば、まだ掃き掃除や雑巾がけ、窓拭きが済んでいない所くらいか。
「電球、切れかけてんな。これもかあさ…………お袋に頼むか」
「(なんでいちいち言い直してるんだろ……)」
そんなツッコミを心の中に仕舞ったサッカー部の面々は、黙って掃除に明け暮れる。箒をはいた後に雑巾をかけ、埃がこびり付いた窓を拭く。
そして────
「終わったあ!!」
「お疲れ様です。飲み物買ってきました〜」
「……助かる、コテツ」
これを以って、ようやく部室となる旧体育倉庫の掃除を終わらせたのだった。
それとほぼ同時に飲み物を買いに出掛けたコテツが戻ってきて、緑茶を配っていく。
「ぷは、生き返る……!」
「時間は……16時5分。少し休憩したら、折角ですし練習しません?」
「そうだな。俺も感覚取り戻してぇ」
スバルの提案に全員が頷く。ボールに触れるのは避けては通れる道。先送りにする訳にもいかないのだ。そんな訳で10分休憩の後、各々ジャージに着替えては旧体育倉庫に置かれていた古いサッカーボールを用いて練習に移る。
「っ、と……クソ、やっぱ鈍ってんな」
最初はまずボールに慣れる所からスタート。リュウキはサッカーボールを扱う感覚を取り戻そうとリフティングを繰り返すが……感覚が鈍くなった弊害で加減を見誤り、明後日の方向に飛ばしてしまう。
それでもリュウキの目には諦めもない。ただボールを蹴る事を楽しんでいる。
それ以外の、体育の授業でしかサッカーに触れてこなかった面々こと初心者組は、まずボールを転がす形でのパス回し。
「っと……意外と難しいね。蹴る角度とか、加減を間違えると、ボールが変な方向に行っちゃう」
「……だな」
「結局は慣れだ。何より、サッカーは試合時間が長いんだろう?……俺はサッカー技能に加えて戦術を学びつつ、体力もつけねばならん。お前達より多忙だ。だからと言って逃げる気はないがな」
元将棋部であるワタルは文化部であった弊害で体力が致命的に少ない。今のワタルでは、高校サッカーの試合時間、前半後半40分の計80分、走れる保証がない。
その事実に苦虫を噛み潰したような表情となるが、ワタルの目には必ずやり遂げるという、明確な覚悟があった。
そして────
「え、すご……!」
「……さすが現役サッカープレイヤーだな」
ハヤテは基礎的なリフティングを繰り返しつつ、たまに頭で何度か打ち上げては、その後に足を後ろに回して踵でボールを蹴り上げたり。
スバルはそれ以上に巧みで繊細。普通のリフティングからボールを頭に乗せて綺麗に静止。そして勢いをつけて打ち上げて太腿で二度蹴った後に足の甲に乗せて再び静止。更に高く打ち上げては不安定な姿勢でボールを受け止めて足に乗せて静止という、曲芸じみた芸当を軽々と見せ付ける。
「……前から思ってたが、お前のボールコントロール能力どうなってやがる」
「え?まあ……ひたすらボール蹴ってたらできるようになった、としか……」
「んだそりゃ」
リュウキの呆れた声色によるツッコミに、サッカー部(仮)から笑いが溢れる。何故笑われたのか、理解してないのはスバルただ一人。
────そして。人知れず彼の曲芸じみたボールコントロールを見た者が幾人かいる。
部活終わりに校門から帰ろうとした矢先に目撃した、小柄なボーダーコリーの犬獣人。
昇降口から偶然目にした、雪豹の獣人。
体育館の出入口で休んでいる際、釘付けになった白い狐の獣人。
体育館の傍らにある、武道系の部活が使う施設に繋がる連絡通路から偶然片目で覗き見た、イグアナの獣人。
旧体育倉庫から離れたプールの縁に肘を載せながら、遠目で目撃した鯱の獣人。
今後彼らがスバル達とどう接するのか。どのような形に至るのか────
彼は……彼らは、まだ知らない。




