1ー5 部室(仮)をお掃除するぞっ!〜紅家の揉め事を添えて〜
「……と、言う訳で!めでたくサッカー部の最低人員確保に成功しましたー!」
「パチパチパチ〜!」
昼休み、獣崎高校の屋上。
サッカー部(仮)のメンバー、スバル。ハヤテ。リュウキ。コテツ。ツバサ。ワタルの計六人が集まっていたのだが、スバルとハヤテのテンションに着いてこれなかった面々は文字通り静まり返る。
「……お前ら、よくそんな調子になれるな。まだ部員が揃っただけだろう」
呆れ返ったワタルの言葉に、二人はグッと言葉を零しながら黙り込む。
実際問題、まだ部を立ち上げるのに必要な人数が揃っただけに過ぎない。部室となる場所の確保、及び部を牽引する顧問の存在がなければ、前提として部を立ち上げた事にすらならないのだ。気は抜けない。
「部室に関しちゃ、候補は絞ってる。問題は顧問。んで、サッカーをちゃんとやる上での人数。あと五人足りねぇ」
「……その五人は後でもいいだろう。……まず、部室はどこを使うんだ」
「使ってねぇ古臭い体育倉庫。あそこならいいだろ」
どこを使うのか、初めて聞いたワタル達は唖然とする。体育倉庫。たしかに全く使われず放置された場所ならある。まさかそこを転用するとは思ってもみなかったのだろう。
「あの。古臭いって事は、大分汚れてるんじゃ……」
「……だろうな」
「んー……折角ですし、今日の放課後掃除しません?未来のオレ達の部室になるかもですし!」
スバルの提案に二年組はギョッとするが、大抵の運動部関連の施設は埋まっている。使うにはそこしかないのは事実だ。背に腹は変えられない。
「……まあ、いずれはやらんとな」
ツバサはやる気らしい。掃除用の道具がどこにあるか、ワタルに声を掛けている中、リュウキは覚悟を決めたように目を細める。
サッカー部が本格的に始動し始める中で、先送りにしてきた家族の問題。それを終わらせねば。
「悪ぃ、用事があって俺は行けねぇ。……その代わり、備品は心配すんな。俺がなんとかしとく」
「え、紅先輩……無理しなくとも学校に掛け合えば……」
スバルが遠慮がちに拒否しようとするが、リュウキは右手を向けてその先を制すると、今まで見せた事のない、柔らかな表情を浮かべた。
「気にすんなスバル。俺にゃ、そろそろケリつけなきゃなんねぇ事情がある。掃除に出れねぇ代わりだと思ってくれりゃいい」
「……リュウキ」
サッカー部の面々は、リュウキの事情を知らない。数少ない、リュウキの事情を知るツバサは、覚悟を決めたリュウキを心配そうに見つめるが……同時に、向き合う事を決めた友を見送るように、そっと目を伏せた。
▲▲▲▽▽▽
「……うっわ、埃臭ぇっ!!」
職員室から鍵を借りては件の体育倉庫の入口を開くと、長年放置された事を示すように汚かった。
埃を被った古い跳び箱や凹んだり先端が欠けた三角コーン。吸い込んだら病気になりかねないほどの埃が層を成し、入口を開いた衝撃と入ってきた空気で舞い上がった。
「お前ら、マスクと手袋。それと、どこでも構わんからジャージに着替えてこい」
鳥人用のマスク。頭に三角巾を巻きつつ紺色のジャージに着替え、エプロンを掛けながら両手にゴム手袋という完全武装のワタルがそう促した。実際、ワタル以外が制服である。
スバル達は近くの教室に駆け込み、急いでジャージに着替えては、それぞれ犬獣人や虎獣人、鳥人用のマスクを着けてはエプロン、手袋を装備する。
「まず、古くなった備品を外に運ぶぞ。跳び箱、マット、三角コーン。全部だ」
「全部!?」
「全部に決まってるだろう。騒いでないで手を動かせ駄犬」
「黒鉄先輩まで駄犬呼ばわりかよ!?ひっでぇ!!」
キャンキャン騒ぐハヤテを他所に、それぞれ使わない体育用の道具を外に運ぶ作業に移る。埃が舞い上がらないよう慎重に。そして換気のために倉庫の窓を全開にする。
「……これで一通りか」
「はひー……やっと、出し切ったあ……」
「終わりじゃないぞ、駄犬。次は掃き掃除と雑巾がけ。やる事は多々ある。五分休憩した後再開だ」
「うげぇ……」
ハヤテが悲鳴をあげるのをスバルは宥める。今後の自分達の活動の拠点となりうる場所なのだ。ならば自分達が頑張る他ない。
「大空先輩。紅先輩の言う用事って……」
休憩中、何気なくスバルはツバサに問う。リュウキの数少ない友人であるツバサなら、リュウキの言う『用事』を知っていると踏んだのだ。
その問いに対し、ツバサは数秒の逡巡の末、口を開いた。
「……両親と話をするんだろうな」
「紅先輩のご両親と……?」
「……正確には、アイツの父親とだろう。……リュウキは小学生までサッカーやってたらしい。……だが、父親の意向で辞めさせられたそうだ。……その時のアイツにとって宝物だったであろう……スパイクやユニフォームも破棄され、文字通り強制的にサッカーから引き剥がされたと聞いた。……グレたのもその頃だろう」
その言葉にスバル達は絶句する。ワタルですら言葉を失っていた。同時にスバルは、自分の口元を抑える。つまりスバルがリュウキに対して行った勧誘行動は、リュウキにとって……
スバルの様子を見たツバサは柔らかく目を細めながら、ポンッ、とスバルの頭に大きな手を乗せた。
「……天之河。……お前が気に病む事じゃない。……むしろ、お前の行いは、アイツにとっては親に向き合う覚悟を与えたんだ。……俺は、その辺感謝してる。……友が、やっと自分の『好き』に向き合える様になったんだと。……アイツにその覚悟を決めるキッカケとなったお前に、俺は恩返しをしたい。……だからサッカー部に入ると決めたんだ」
「おおぞら、せんぱい…………」
「……だから、泣くな。……お前はお前らしくやればいい」
普段の寡黙さからは想像できないほどの柔らかさだった。ツバサは本当にスバルに感謝しているのだ。自分ではできなかった事を、無意識の内にやってのけたスバルに。
頭に乗ったツバサの大きな手が頭を撫でる度、スバルの中にある罪悪感が薄れていく。完全には消えない。でも、今リュウキは戦おうとしている。自分の問題であり……親との因縁に。
心の中に罪悪感を抱えながら、スバルは目元に蓄えていた涙を拭った。
▲▲▲▽▽▽
────同時刻、紅家。
紅家は誰が見ても分かるほどの豪邸だ。広い庭と大きな屋敷。いつも通り玄関を抜けたリュウキは荷物を自室に置き、ある部屋に一直線に向かう。
昼の時点で既に連絡はつけている。夕方、話があると。素っ気ないが返信が来た時は素直に驚いたものだ。返信などしない男だと思っていたから。
部屋の前に立つ。父の書斎だった。この辺までは余程の理由が無ければ来ない。だからこそ微かな緊張があった。
深呼吸。覚悟を決める。
扉を叩いた。
「……入ンぞ、親父」
扉が軋む音と共に、リュウキは書斎に足を踏み入れる。
目の前にある木造の大きな机。その奥に大きな椅子。父は背を向けて窓の外を眺めている。
「……話とはなんだ、リュウキ」
くすんだ赤鱗の竜人、紅リュウゾウ。振り返りもせずにただ問う。話を持ち掛けた息子の言葉を、ただ待っている。
そんな父の素っ気なさは今に始まったものではない。いつも通りだ。その辺、リュウキにとっても想定内だった。
「……俺、高校でまたサッカーやる。それを伝えに来た」
「……なんだと?」
リュウキの宣言に対し、リュウゾウは初めてリュウキの方を見る。リュウゾウにとって想定外の話題だったらしい。
「聞こえなかったか。俺はサッカーやる。そう決めたんだ」
「……馬鹿も休み休み言え。言っただろう。紅家の跡取りであるお前には相応しくないスポーツだと…!」
「相応しい相応しくねぇの話じゃねぇ!」
リュウゾウの否定に、リュウキは屈せず一歩踏み出して声を張り上げる。ずっと抑え込んでいたものを、今やっと吐き出すように。
「俺は俺のやりてぇ事をする!アンタが決める事じゃねぇ!俺の事を決めるのは、俺だけだ!ずっと忘れてた……でも、ある奴がサッカーの熱さを、楽しさを思い出させてくれた!もう逃げねぇ……逃げたくねぇんだよ!」
脳裏に過ぎるのは、公園でスバルと初めてボールの取り合いをした時。あの時、ずっと心の奥底に封じ込めたサッカーへの情熱が蘇った。
リュウキにとってスバルは恩人だ。自分の『好き』に向き合う意味を。理由を、見出してくれた────
「アンタになんと言われようと変わらねぇ……!俺はサッカーをやる。またボール蹴って、ゴール決めるために走るって決めたんだ!これから集う仲間達と……!俺にっ!この熱を思い出させてくれた恩人と一緒によぉ!!」
「ッ……!いい加減にしろリュウキ!高校生にもなって、いつまで……」
「あなた」
書斎に凛とした声が木霊すると、部屋に静寂が広がる。
リュウキの後ろには、いつの間にかリュウキの母……桃鱗の竜人、紅モモカが立っていた。その目は、リュウゾウを静かな怒りと共に見据えている。
「いい加減にしてください。この子が……リュウキが、どれだけ息苦しい想いをしてきたと思っているんですか」
「それは……私は、リュウキの為を……」
それ以上紡ごうとした矢先、早足でリュウゾウの元に歩み寄ったモモカは……バチン、という音と共にリュウゾウへと平手を打った。
「この子のため?何を仰っているんですか……!あなたが、リュウキが宝物のように扱っていたユニフォームやスパイクを勝手に破棄した時、あの子がどれだけ悲しんだと思ってるんですか!リュウキのためではなく、あなたは紅家としての体裁を整えたいだけでしょう!?」
「ちが……」
「違うのなら証明なさい!この子は初めて、あなたと向き合い、自分のやりたいことを口にしました!それに答えるのが親の務めでしょう!言い訳は聞きません!!」
書斎の空間がビリビリと震える。どうやらモモカの方も堪忍袋の緒がはち切れたらしい。喉が枯れるかもしれぬ程の声で怒鳴ると、ふう、と一息ついては、リュウキに向き合う。
「……リュウキ。本当にごめんなさい。私は、あなたの想いを知りながら無視してしまった。……だから、償いになるか分からないけど、私“達”にできる事があれば、なんでも言ってちょうだい」
「……待て、モモカ。わた」
「私“達”、でしょう?」
モモカの表情は笑みだ。だが、目が笑っていない。今まで見たことがない妻の表情に、リュウゾウはすっかり縮こまった。この時点で、どうやら立場が反転したらしい。
その光景にリュウキは呆然としていたが、なんとか持ち直しつつ確認するように恐る恐る声を掛けた。
「……ほんとに、いいのか。母さん」
「ええ。なんでも」
「……サッカー部を、一から立ち上げる。その為に今、仲間達が古い体育倉庫を部室にする為に掃除してるんだ。それが終わった後、ロッカーとかの備品が、欲しい」
「まあ、そうなのね。……分かったわ。手配しておくわね。あと、古い備品を廃棄するためのトラックも入れた方がいいかしら」
「別にそこまで────」
その先を、モモカは人差し指でリュウキの口元を抑えて止める。その目は、柔らかな母のものだった。その奥にはリュウキへと明確な愛情と……リュウキへと何も出来なかった罪悪感を同居させて、リュウキを見据えている。
「遠慮しないで。……この程度で償えるものじゃないと分かってる。だから、あなたは精一杯サッカーをしなさい。備品、あなたやお仲間さん達のユニフォームやスパイク。それに移動用のバス等のお金も全部、私達が負担するわ。……頑張ってね。リュウキ」
その言葉に、思わず泣きそうになったが、グッと堪える。その空気感に半ば諦めたような、複雑な表情を浮かべるリュウゾウはどう声を掛けるか迷い、結局飲み込んだ。
────この日から、紅家は家族の形を取り戻し始めた。少なくともリュウキは、そう感じている。
その事実を受け止めるように、リュウキの口角が微かに持ち上がったのを、母だけが気付いていた。
父が息子の表情変化に気付けるようになるのは、もう少し先になるのだけは、間違いない。




